99.おまけ:h03
前回から随分と間を空けてしまい申し訳ございません。ハンネとハンゼンの話でした。次頁は自分が忘れがちになるという戒めをするため、登場人物をまとめさせて頂いてます。
ハンゼンは己に用意されている部屋の前で、静かに息を整えていた。
トクトクと早くなる心臓は、これから行うことを考えて緊張してるからなのか。それとも、普段着慣れない服を着用してるからなのか。
ハンゼンは後者のせいにして、ハンゼンは自室を後にした。
エステマリアに来てからはズボンとシャツと白衣を着ることが多く、こんなにレースがふんだんにあしらわれたワンピースを着用したのは本当に久しぶりの事だった。まだ、王都の令嬢時代は数少ないお茶会に出ていたのでまだ機会はあったのだが。ここの未来の領主はまだまだ幼い。そのため、そういうお茶会は未だ開催されていない。だからこそ縁遠く、だからこそ今の自分にはとても似合わないと思ってしまう。
しかし、お陰様で研究に集中ができて、ハンゼンとしては充実した5年間だった記憶が強い。最初は幼い雇い主に不安が強かったが、今となってはそれは杞憂でしかなかった。恐らく王都で暮らしていた時よりも楽しい日々だ。それは一重に近くにハンネも居たからなのだろう。ハンゼンとハンネも研究に没頭して、プライベートで会うのはあまり多くはなかった。ただ、マメ男なため、ハンネから送られてくる毎日の花束と、眠くなった時にハンネの部屋に押し込められたりだとかした。会う機会は婚約者時代よりは多くはなかったが王都にいた時よりは近かった。
意識しないはずがないのだ。
幼い頃から同じ公爵家の近い年齢同士として顔合わせが多かった。幼かった頃は、顔合わせれば喧嘩などはなかったが、馬が合わなかったのは自覚がある。だが、唯一自分のしたいことを理解しては黙ってそばに居てくれて、気分もささくれ立つことはなかった。他の令嬢よりは毛色の違うハンゼンのことを親ですら距離を置いたと言うのに、彼は何も言わなかった。
そんな彼も人間らしくない色合いをしているせいか、彼らの親からは随分と過保護に育てられていた。そんな扱いもせずに同世代の友だちとして過ごしたことによってなのか、ふたりが性に意識し始めた辺りから、揃って意識しはじめた。
ハンネはとても綺麗だ。白く輝く髪に薄ピンクの瞳に、日差しに当たるだけで荒れてしまう肌はとてと透き通っていて、それだけで神秘的に見えるし裏では彼を神聖視している者もいる。大人になるにつれて、それが洗礼され、随分とした美丈夫になった。これが、彼の弟と同じ色をしていたら今頃結婚して子供が出来てたほどにモテていただろう。
だが、そうはならなかった。なんだったら、早い段階からハンネとハンゼンは婚約者となった。それは単に歳の近い爵位の合ったからなのもあるが、傍から見たハンネとハンゼンは思っている以上にお似合いだった。ハンゼンの兄にも、ハンネの弟にも、婚約が決まった途端に2人揃って祝われたくらいには透け透けだったらしい。ハンゼンの両親は、異端なハンゼンに不安を覚えてたため安心し、ハンネの両親は過保護からの安心だったのを今でも覚えている。
それだと言うのに、婚約破棄なんてことをしたので両親はとうとうハンゼンの存在を見ることはなくなった。唯一家族と呼べるのは兄くらいだろう。そんな兄も基本は外交官として国にいないので、ハンゼンは更に孤立していったのだ。それをすくい上げたのがリドクリフだった。彼にエステマリアへと来ないかと誘われた時は、「どこに行っても孤立することには変わらないのなら親から離れても特に問題ないだろう」そんな気持ちだった。
それがどうだ。今、ハンゼンの周りには彼女を師として仰ぐ人や、先生として尊ばれる存在として親しくしてくれる人達が多い。更には、ハンゼンの手を取ってくれる相手だっている。そしてその中には、勿論ハンネだっている。
感謝しているのだ。心から。愛しているのだ。ずっと。
商品開発に、新しい知見に、忙しくててんてこ舞いだったのは事実だが、それを理由に心の奥底に押し込めていた感情を無視していたのは自分だ。決着を付けよう。いや、素直になろう。なんたって、ハンネが先に素直になってくれたのだから。
ハンゼンをせかす事もせずに、ただただ5年間、近くで待ってくれたのだから。
ハンゼンは、温室の近くに建てられている研究者たちの寮から、エステマリア邸に向かう道かながら花屋に寄った。
「おや、…ハンゼン先生」
花屋の可愛らしいお姉さんが柔らかな笑みを浮かべて近寄ってくる。普段着ないような服装をして一瞬ハンゼンが分からなかったのか、名前を呼ぶまでに数秒あった。
「なにかお探しですか?」
可愛らしく首を傾げるお姉さんに、ハンゼンはしどろもどろとする。花なら温室にあるものを選んでもいいのだが、どうしてもこういう時はそれではないと思った。だからこそ、花屋に立ち寄ったのだがどう言ったらいいのか分からずに言葉が紡げない。そんなハンゼンの様子を不思議そうに見つめていたお姉さんだが、何やら察したのか手をポンッと軽く叩いた。
「ああ、そういうことね。ふふ、少し待っててください」
何がそういうことなのだろうか。しかし、何かを確信したように嬉しそうに笑ったお姉さんは、店の奥に引っ込んで数分後。腕には大きな花束が抱えられていた。しかも、白を軸にして時折淡い薄桃色が混ざってある花束。それをハンゼンに差し出しながら、
「頑張ってください。応援しています」
そう言って綺麗な笑顔を向けられた。ハンゼンはその一連の流れに、目の前の彼女に悟られていると思えば一気に頬が赤くなった。しかし、それを受け取らない選択はなかった。
「ありがとう……頑張るよ」
かの鳴く声より小さな音で言葉を零しながら丁寧にお姉さんから花束を受け取った。
改めてきちんと気持ちを伝える。
それはこんなにも感情を高ぶらせるものだったとは思わなかった。2人が自覚してる時には既に隣にいて、思いを告げなくても分かっていたことだったから。こんなにも緊張するとは知らなかった。
綺麗に舗装された石畳を歩きながら、賑やかな大広場を横切る。子どもたちが元気に駆け回り、屋台は声を張り上げる。観光客も多く、人が多いのにハンゼンはどこかひとりのように思えてしまう。
――早く、早くハンネに会いたい。会って、伝えたい。この溢れそうで潰れそうで苦しい感情を――
そう思えば思うほど足の歩く速さは上がった。
人混みに消えたハンゼンの背中を花屋のお姉さんだけが穏やかにみつめていた。ふたりの行く末を祈りながら。
ハンネとハンゼンが並んで花屋に来たのは、あれから少しした後だった。




