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93.犬も食わない親子喧嘩


「聞いていない!!!!」


「手紙に記載していたかと思いますが」


「こんなに近いって聞いていない!!!」


「……………………」



 メルベル様が私とリドクリフ様の間に挟まれてなんとも言えない表情をしている。とても気まずいを通り越して発言権を持ち合わせていない状態だ。アコースティックの大きなボディを抱きしめて、普段大きな体を縮こまらせてしまっている。崩れることの無い無表情だというのに、表情豊かに困っているを表していた。


 何故、こんな事になってしまったかと言えば、数分前に遡る。


 本日は、メルベル様のギター練習日だった。私がいつも通りに教えていた時に、難しいコードに当たった。誰もが挫折すると言われているセーハである。人差し指で全部の弦を抑えながら他の指で必要な弦を抑える。まだ、習いたてな事もあってこのコードを教えて無かったのだが、渡した教材を毎日丁寧にしていたメルベル様は予習でやってみたところ早速つまづいたという。


 だから教えるために、私が彼の隣に来て、指のポジションやネックの持ち方を指導していたところに、たまたま部屋に来たリドクリフ様が居合わせた。しかも、ノックもせずに扉を開いたのだ。


 知らない他人から見たらピッタリと引っ付いて手と手を重ねてイチャついているように見えなくはない。だが、リドクリフ様にメルベル様のことは前もって話をしていた。護衛として雇ったことや、ギターを教えてることなど。確かにこんなに体を寄せてとかは言ってはいない。そもそもが、ギターを教えるくらいはそんなに近くにならない。指運を覗き込んで教えたりするくらいだが、残念ながらそれはお互いが同じような身長背格好による。大人同士ならそれくらいでいいだろう。それでも覗き込む事もあるから頭を寄せることはあるのだろうが。私の場合は体が小さい上に、見えづらいのでしっかりと体を寄せるしかない。


 それがいけなかった。リドクリフ様は顔を真っ青にすると無言で大股で近づき、私とメルベル様を引き剥がしたのだ。そこからは、冒頭に戻る。言った、聞いてないの水掛け論になっている。



「そもそも、私はこの男を知らない」


「あれ、まだ紹介していなかったですか?彼は私の護衛の――」


「そんなことは言ってない!!!!私は!!!リアラの護衛として彼を!!!認めてない!!!」



 その言葉にピキっと私のこめかみが動いた。



「リドクリフ様」



 私の平坦な声は静かだと言うのに、その言葉に孕んでいる雰囲気でリドクリフ様がピタッと動きを止めた。どうやら踏んではならないところを踏んだと思ったのだろう。



「ノックもせずに部屋に入ってきた上にメルベル様を認めてない、ですか?私的にはノックもしないでレディーの部屋に入るリドクリフ様よりも、今も静かに私たちの応酬を見届けてくださるメルベル様の方がお行儀が良い様に思いますわ」


「リ、リアラ……?」


「リドクリフ様が不在の時に決まったことをあれやこれや言われたくはありません。出てってください」


「リア――」


「練習の邪魔です!!!!出てってください!!!」



 私の言葉を合図にルーナがリドクリフ様の首根っこを掴まえて、扉の外へぴょいと放り投げた。ルーナのどこにそんな力が入ってたのかは分からないが、しっかりと扉を閉めて鍵をかけると外でリドクリフ様が暴れる。



「リアラーーーー!そんなつもりじゃないんだよぉーーー、聞いてよーーー!!」



 どんどんと扉を叩く音をBGMに私は再びメルベル様と向き合った。



「騒がしくてごめんなさい」


「いえ、あの、いいのですか。王子様なんですよね?」


「今は公爵閣下ですし、ここではいいんです。私の――……父親なので」



 父親と言っていいのか分からない。だが、私はそうであって欲しいと思っている。実際は契約上でも婚約者ではあるのだが、それを言ったら言ったでメルベル様には大混乱を起こすだろう。そちらの方が不憫でならないので、父親だと告げる。しかし、言い慣れていないので、父親の部分は照れが生じてしまう。普通の声量より少しだけ小さめに言ってしまった。



「リアラーーーーーーっ!!!!!!」



 しかし、そんな部屋の状態など知らないので、外で暴れるリドクリフ様の叫びが閉じた扉の向こうから響く。離れていた数ヶ月で随分と堪え性がなくなっていないか、あの人。



「……すみません、これ以上はレッスンになりませんね。振り返りレッスンは後日しますので今日は1度締めましょう」


「それがいいな」



 流石に練習続行の目処が立たないと察したのかメルベル様は早かった。私の言葉に瞬時に頷けばギターケースにギターを収めはじめた。



「セーハは根気です。正直に1回教えただけでは取得は無理でしょう。すぐに覚える人もいますが大半は挫折される指運になります。今日教えた手首の角度や、指の配置などを意識しながら人差し指にどの弦が当たっているかを考え練習してください。もうあとは、感覚としか言えないので。課題曲に出してますtab譜は基本セーハを必要としないコードを使用してますので、曲の練習はそれで行ってください」



 片付けをするメルベル様の背中に言葉を投げると、それを静かに頷いて聞いてくれる。この生徒は随分と真面目である。だから、是非とも壁を蹴破って欲しい。これを超えた先にはもっと弾ける曲が増える。基本、誰もがこの指運を使ってるようにも思えるし、私も使っていたし。



「リアラーーー、頼むよぉーーー、開けてくれよぉーー」



 20歳だと言うのに、娘に籠城されて泣きじゃくる父親の元に早く行かなくては。こんな犬も食わない親子喧嘩の渦中からいい加減メルベル様を解放しなくては可哀想だ。



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