91.穴があったら入りたい
恥ずかしい。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。
私は羞恥を隠すため、穴の代わりにリドクリフ様の胸に顔を埋めていた。彼の上着は私の泣き後ですっかりと染み付いているが、リドクリフ様は嬉しそうににこにこしてるし、それを見守ってた親族3人も穏やかな笑みを浮かべている。
私があまりにも5歳児らしくないからなのか、5歳児らしいことをしたときの周りの反応があまりにも嬉しそうなのだ。しかも、今回はその引き金がリドクリフ様だった。家族から引き離されて寂しくて寂しくて仕方なかったのだろう。なんだかんだといつもそばに居る彼が居ない事による寂しさを大変こじらせていたみたいだ。本人が現れてギャン泣きしてしまった。子どもが保育園や幼稚園に預けられて、親から離れたくなくてギャン泣きするのと似てる。
精神年齢20超えにとってはこれはかなり恥ずかしい。
そんな私の気持ちなんて知らないのだろう。大人な皆さんは会話を始める。
「エミリア嬢、報せてくれて感謝する」
「……っ、いえ。リアラは……、この子は思っているよりも我慢強すぎるのですわ。大切にしてあげてくださいませ……」
どこか堪えたような声を零すエミリアお姉様の声にそっと顔を向けると、少しだけ喉を鳴らしてしまう。好きなのが堪えきれない乙女の目元になっている。頬をほんのりと染めて、熟れた唇が少しだけ濡れて、少しだけ伏せた顔に長いまつ毛が落ちていた。好きな人を直視できないお姉様。恋する乙女の初々しさと、愛らしさと全てをさらけ出しており、同性の私でさえ、きゅっと胸を掴まれるような美しさを醸し出している。
こんなの、誰だって惚れてしまう。それくらいにお姉様は綺麗だった。恋する乙女というのは瞬間的にいっきに大人っぽく見えるものだ。それを実感させられた。
それだというのに、その憂いた美しさを目の前に持ってしても、慣れているのかとても冷静なリドクリフ様。それはそれで少しだけどうかと思うと腕の中でじっとりと見上げた。
「そうだね。本当にその通りだ。リアラは5歳だと忘れてしまいそうになるくらいに感情を隠すのが上手くてそれに甘えすぎたよ」
優しい声音で落としながら、私を抱き上げてる腕に力が入った。腕の中でじっとりとした視線を向けているとも知らずに。そしてその温もりに絆されて素直に安心しきっている自分も自分で単純だ。
そんなリドクリフ様に、お姉様は少しだけ、まつ毛を伏せて、視線を下げた。彼にどう写ってるかは分からないが色々と思う節はあったのだろう。お姉様は揺れる感情を押さえつけるようにひとつ、深く息を吐いた。その瞬間に、彼女の中で何かを決心したのだろうか。息に乗って飛ばした恋心に踏ん切りをつけ、そして、次に顔を上げれば、真っ直ぐとリドクリフ様を見つめた。その瞳の奥に恋慕を隠し、顎を引き、胸を逸らして、腰に手を当ててふんと鼻を鳴らしている。先程まで見せていた恋する乙女のこの字さえ見当たらない、いつもの自信満々なお姉様になっていた。
その一瞬の切り替えに私は驚いて目をぱちくりとさせる。
「……本当ですわ。私、今回彼女と随分と長く一緒にいたけれど、この子は思っているより5歳児ですもの。そりゃあ、親代わりの貴方様がいらっしゃらなくなれば寂しいに決まってます。大切にしないのでしたら、リアラの婚約を認められませんわ。寧ろ、15歳差ですのよ。ただでさえその差を埋めるように大人になろうとしているというのに。それじゃあ、寂しさを隠すに決まってますわ。むしろ、フィレンカお姉様のところの方がしっくりと来ますもの。えぇ、えぇ、そうですわ。リアラを大切に出来ないような、大人な公爵閣下よりも近い年で、まだリアラに好意を全面的に出していた侯爵子息の方が断然いいに決まってますわ。そうでなくては、私の大切な姪っ子を預けられませんもの」
捲し立てるように言葉を発するお姉様に驚きを隠せないのはリドクリフ様だけではない。私も目を丸くしてるし、何よりもアルテンリヒト夫妻がもっと目を丸くしている。あんなに、熱烈に恋心を全面に出していたお姉様が、あっという間に過保護なお姉様になっている。彼女の心の切り替え方が凄い。
そんな言葉を投げられると思わなかったリドクリフ様は、少しだけショックを受けている程だ。
「え、あ、それは困る」
リドクリフ様の腕にさらに力が入るが、流石にキツイのでぱしぱしと肩を叩けば緩まった。別段困ることでもない。元々リドクリフ様に本当に好きな人が出来たりすればこの婚約は解消する予定なのだ。そんなに慌てることだろうか。
「なら、大切にしてくださいまし。彼女には、私たちがずっと付きっきりでついてあげられませんもの。本当は邸に連れ帰りたいですけれど、それをよく思わない人が多すぎるの。だから、4歳までは彼女の乳母に預けるしか出来ずいたんだもの。お兄様然り、使用人しかり、家臣然り。この子を彼処に呼べるのは、この子を守れる人がいることが前提だもの。私たちだけでば守り通すことが出来ません。この子は、アルテンリヒトの邸にいるよりここにいる方が、彼女を大切にしてくれる人も多いもの、きっと安全に成人できますわ」
私とお揃いの色素の薄い瞳が、とても愛しく細められた。ほっそりとした柔らかな手が私の丸い頭を撫でてくれる。彼女と過ごして、何度とも撫でくれたその掌はとても優しくて温かい。形をなぞるように上から下へを動かすその掌に私はすっかりと安心しきってしまう。きつい香水の香りを付けていた姉様も、ここに来てからは優しい花の香りの匂い袋に変えたのか、香ってくる香りも大人しくて落ち着いてしまうのも要因だろう。
「そうだね。分かってはいたんだけどね、冬は兄上と約束で王都に帰る話していたから。だけど、帰ったら思っていたより私がリアラ不足を感じたし、私も離れられなかった。兄上にはしっかりと話をつけてきたから、今後はこんなことがないようにする」
それは安易に離れないと言われているようで目を丸くする。それに、兄に話をつけたと言っていたが、それは国王陛下相手に約束を取り付けたと言っているようなものだ。
私は慌てて顔をあげた。
「あの、あのあの、そんな、リドクリフ様の兄と言え国王陛下ですよね」
焦る。かなり焦っている。そんな大物に借りを作ってしまったのか。いや、そもそもが彼がここにいる時点で借りを作っているようなもの。そんなこと起きていいのだろうか。こんな、自分の都合に良いことが起こっていいのだろうか。少しだけ、ふわふわとする感情と不安とが混ざった表情でそっと顔を見上げると、リドクリフ様は私に柔らかな笑みを浮かべてくれた。
そんな私たちを見ていたお爺様たちの方から声が飛ぶ。
「それは、たいそう大変だったでしょう」
それを発したお爺様はどこか悟ったような顔をしていた。目を細めて、何を思い浮かべているのか遠くを見つめている。
「ええ、まあ、少し?いや、多少?んー、ものすごく大変でしたけど、兄もよく分かっているので」
控えめに大変だと言えない状態とは。私にとって王様はあの澄ました顔のイケメンの認識でしかない。何をそんなにリドクリフ様を大変にさせたのだろうか。大変だからこそ、リドクリフ様は陛下の要望を聞かざるおえなかったのだろうか。それは、それでどうかと思う。
私は男同士でしか分からない会話に首を傾げるしか出来なかったが、あの大変な陛下を御しここに来てくれたリドクリフ様。今後は冬も帰らなくて問題なくなったと言ってくれたリドクリフ様。ただ、そうなると肝心の婚活は難しくなるのでは?と少し思うところはあるが、ここに来てくれた温もりが私を安心させてしまったのは言うまでもなく。とりあえず、年相応に沢山泣いてしまった私の体力はほぼないのだ。彼の温もりと、落ち着いた心音に耳を傾け、細身なのにしっかりと抱えた危なげない彼の腕の中に身を預けてしまえば、私は親族3人を最後まで見送ることが出来なかった。
タイトルを本当は、初めての恋が終わる時にしようかと迷いました。色々とアウトなので無難に。
昔やってた、一口質問そろそろ再開したいなと思ってます。誰からしようか悩んでます。




