87.年末のパーティー
「年末パーティー?」
私は、エミリア叔母様の手を握りながらブーゲンビリアの街を歩いていた。賑やかになり、治安維持もしっかりとしているとは言え、私たちは貴族。しっかりと護衛を確保しながら、歩く姿は普通の街の住民からしたら異様な光景だ。
私の護衛にはメルベル様が、エミリア叔母様にはアルテンリヒト家から連れてきた護衛を。建物のあちこちには隠れている騎士の人たち。私服警官みたいな感じがして、少しだけ心が踊っている。不謹慎だけども。
「そう、毎年王都で王家主催のものが開かれるのよ。既に社交界デビューの果たしている成人のみが参加。たいていは異例さえなけれは、その家の家長夫妻が勤めるの。だから、アーレンお兄様達が参加するのだけど、それとは別に領主たちの年末会合が行われるわ。アルテンリヒト家が管轄している領地の領主やその継子方を呼んで行われる、年末の報告会みたいなものよ。毎年の決算は一応読んでるけれど、改めて数字に関する内容を確認する会議があるの。その後には勿論アルテンリヒト家主催のパーティを催すわ。それこそ、分家筋の親戚も集まる大きなものなのだけれど、それを取り仕切るのは、毎年お父様だったの」
時折、屋台で物を買ってはつまみ食いをする。そして時折ウィンドウショッピングをしながらエミリア叔母様は年末の話をしてくれていた。
アルテンリヒト領の領都みたいに大きなお店も、有名なブディッグも、貴族向けの通りもない、ただのごった返した市場は叔母様向けでは無いはずなのに、彼女の横顔はとても生き生きとしている。もっとこう、叔母様くらいの年齢の貴族はテナントを構えたきらきらとしたものを好むと思うのだ。こんな風に、泥臭い人間の生活を表したような市場ではなく。私はこの市場は好きだ。人が多いし、人の生活がよくわかる。領民の顔が明るいというだけで、私の胸の内がスッキリとするのだ。
今日の2人の装いは、裕福な商家の娘風だ。だから、後ろに護衛がいても何も不思議では無い。それに、私もいる。お陰様で私の顔を知ってる人たちは1度頭を下げたあと、にこやかに手を振ってくれる。貴族であることはバレバレ。それでも、この格好をしてるから大目に見てくれている。何かあったら後ろにゴツイふたりがいるし、逃げ場となる細道にはそらぞれ私服の騎士たちがいる。逃げ場などを全て塞いでるからか、おそらく治安はいつもよりはいい方だ。
そんな出店たちを見ながら、冬に行われるという催しの話を聞いていた。
発端は、冬はどう過ごすのかというところだった。今の所、特に何かをするとかを考えていなかった。なので、いつも通り過ごすつもりだと話したところ、エミリア叔母様から先ほどの話が出たのだ。
「王都で行われる年末のパーティーは王家主催。そうなると、王弟であられるリドクリフ様も参加されるはずよ。そして、領主たちの年末会合には前アルテンリヒト侯爵であるお父様が取り仕切っていたわ。もしかしたら今年からマルエル兄様が取り仕切るかも知れないけれど……もし、お父様が取り仕切るのだったら、お父様は一度アルテンリヒト領へと戻らなくてはならないわ。もちろん、夜会もあるもの、お母様も一緒に戻らなくてはならないはずよ。そうなったら貴方どうされるのかしら……って思って」
なるほど、子どもひとりをあの大豪邸に残すというのが、エミリア叔母様的に不安だということだろうか。まさか、そんな心配を彼女にしてもらえるとは一切想像していなかった。
それと同時に特に問題もないように思える。
邸にはしっかりと人員は配置されているし、何よりも大人も多い。領で雇っている騎士も変わらず邸へと配置してもらっているし、何よりも国内最強と言われている魔法使いのハンネ先生もいるのだ。
私も私で今更留守番が出来ない年頃ではない。むしろ、貴族社会というのはそういうこともあり得るのではないか。良くラノベでは両親不在描写は良く見かけるのだ。何も心配するようなことはないだろう。
「問題ないと思います」
私は屋台で買った串肉に齧り付きながら、サラッとした感想を述べた。
その返答に驚いた顔をしたのはエミリア叔母様だった。
「寂しいとかは、ないの?」
それを言われてしまえば寂しいの一言だ。実際に、その旨の手紙を、昨晩リドクリフ様に書いて、今朝方送ってもらったし。だからと言って、その寂しいを解消するためには、いて欲しい人が隣にいないと意味がない。
それは、周りにどれだけ私をひとりにしないように気を使ってくれる使用人や先生達や友だちとはまた違うのだ。
口に含んだお肉をごっくんと飲み込んで、チラリとエミリア叔母様を見上げる。その瞳からはどこか慈愛に似たものが含まれており、本当に心配をしてくれているのだとその表情ひとつでわかる。だからだろうか、ふっと力が抜ける。同時に、ふっと口から笑いが漏れてしまい、くすくすと肩を揺らして笑った。
「ちょっと、私は本当に――」
「――わかっています。……ありがとうございます、エミリア叔母様」
「……っ、わかっているのならいいのです。それと、前々から思っていたのだけれど、私のことは叔母と呼ばないでくださらない?まだまだ若い年齢だというのにそう言われてしまうと老けた気分になるわ」
ああ、まだ10代だったな、この人。確かに、10代でおばさん呼びは私でがされても嫌だ。
「わかりました。エミリア……お姉様……?」
「ええ、それがいいわ」
私の言葉に満足そうに口角を上げると扇子を広げて口元を隠す。お姉様は元来とてつもない美少女なので嬉しそうなその笑みをひとつ浮かべるだけで、周りの屋台のお兄さん達がどこか落ち着かなくなっている。
おかげで、少しだけ警備をしている騎士たちの空気がピリついていた。
本人は気がついていないけれど。恐ろしいかな、美形一族。
「んっん……私が言いたいのは」
私は咳払いをひとつして場の空気を引き締めさせると、改めてエミリアお姉様に視線を向ける。
「寂しいと思っても、私にはもうそれを言える相手があまりいないですし、寂しいと思う相手がそばにいなければ、どれだけ周りに囲まれていてもやはり寂しいですから。誤魔化せないですよ。寂しいのは」
落とした言葉に、エミリアお姉様は何も言わない。私が言わんとしたことを理解しているのだろう。少しだけ視線をそらしたということは、そういうことだ。私には親がいない。だが、この年までは育ての親を本当の親だと思っていたし、一緒に育っていた兄は本当の兄だと思っていたので、それ自体は寂しいとかはなかった。
しかし、真実は残酷で。結局は育ての親から離れるという事実が、当初は一番寂しかったのだ。それを補ってくれていたのがリドクリフ様で。その人がいないと寂しいという感情が埋まるはずがない。だが、私に我儘は許されていてもそれを発した時に受ける影響を大きくかんがみた時、あまり表に出していいものでもないのだ。
だから私は、エミリアお姉さまには素直に吐露した。彼女の内容的には、冬の会合についてくる気はないかというものなのだろう。アルテンリヒト家に行けば恐らく人は多い。同年代の子どもたちもそれなりにいるだろうから、気を紛らわせることだってできる。だが、エステマリアからアルテンリヒトまで馬車でもそれなりにかかる。私はまだ体が小さいのであまり長旅をしたいと思っていない。そこにリドクリフ様がいない長旅は、退屈で寂しさを募らせるだけだとさえも思える。
出来ないのだ。
中継地点で受ける冷たい視線にきっとひとりでは耐えられない。それは、寂しいを通り越して痛いから。きっと祖父母が守ってくれるのだろうが、ケアまでは難しいから。私はそんな敵意に向き合えるほどに強くはない。それだったら、出来るだけ邸から出ないようにしたほうがいいだろう。
「私、お姉様の気持ち分からなくもないんです。その、リドクリフ様に対してのあの苛烈になってしまうあの感じ」
何せ、前世では恋人が浮気したことによる自死だ。あの時の記憶は正直値薄れつつあるが、あの時の感情は、エミリアお姉様の苛烈な感情と似たようなものなのだろう。
許せない。
どうして。
いつから。
この感情とともに溢れる寂しいを受け止められなくて、私は前世を絶った。
苦しいを抑えきれなくなるのは、恐らくどんな姿であってもそう。
「私は強くないので、お姉様含めた身内がいても、恐らくは悪意や敵意に立ち向かえそうにありません。恐らく、これはリドクリフ様じゃないと駄目なんです。この寂しいを受け止めてくれるのは彼だったから、私はこうやって道を歩いてる気がします。だから、年末の会合は私は自分の領で大人しく過ごすことにします」
「…………そう……わかったわ」
私の手をそっとすくう姉様の手のひらは柔らかく、そして大きい。それは、一重に5歳の私の手が小さいからだろう。
「初対面でああいう態度をとってしまったから、少しは姉らしくいたいと思ったのだけれど。ふふ……あなたはすっかり大人なのね……それを言えるというのもまた、強さよ。5歳だって言うのに、背伸びしすぎなのよ、あなた。リドクリフ様以外への甘え方も覚えておきなさいな、まだ小さいんだから」
そう言って穏やかに笑う姉様はとてもとても綺麗だと思た。
実はこの作品を期に自分もギター始めました。習い事や部活などで音楽には触れてきてはいますがギターは難しいですね。今はFコード弾けるように練習中です




