84.何者であっても身内であること
――き、きまずい
初対面時、あんなにトゲトゲしていた人が目の前にいて萎縮しないわけがない。というか、エミリア叔母様はお爺様とお婆様とお茶をしてたんじゃないの?なんでいるの?というか、ハンネ様、この状態で私たちふたりにしないで欲しい。
ルーナが警戒してはくれるが、所詮は立場が許してくれないことも多いだろう。それでもルーナは私を守ってくれる。それは彼女から感じる信頼は毎日ひしひしと伝わるので自信がある。ルドガー叔父様との結婚式を見届けるまでにその体に傷1つつけて欲しくないんだけれども。しかし、目の前にたつエミリア叔母様はひとりだ。
たとえ親戚の家だと言ってももう少し連れてきた使用人立ちを仕えているばかりと思ってたが。今彼女は、ハンネ先生が詰んでいた花たちと戯れている。その姿は年相応だ。
あまりにも、構えていた時に想像していた悪役の彼女の姿とは掛け離れていて、私は言葉を選べずに、最後に先生が私に渡した黄色い花を見つめているしかなかった。
「あのふたりは相変わらず足踏みをしているのね」
そんな私に対してエミリア叔母様は、先程ハンネ先生が手に抱えていた赤い花をつつきながらぽつっと言葉が零れていた。思わず零れたのか、居心地の悪いこの空気に耐えられなかったのかは分からないが、彼女が言葉を零してくれたおかげで会話が出来る。
「足踏みはしているけれど、進展がないというわけではなさそうですよ」
「それはとてもいいことなのだけれど……。あの二人は貴族社会でも有名ですから……どのような気分なのでしょうか。自身がお慕いしている方から同じ量の愛が返ってくるというのは」
落としてきた音は、どこか切なくて寂しそうだ。幼い私ですら、その言葉の心理も感情もくみ取れてしまう。叔母様がお慕いしていた相手から、同じ量の愛が返ってくることは今後ないことを分かっているからこその言葉なのだろう。なんだろうか、少しだけ申し訳なさにこみあげてきたそれは、固くて苦しく感じる。
「リアラ」
呼ばれた声に視線を向けると、私と同じ瞳の色が交差する。その瞳から感情をとることが出来ない。だが、恨みも怒りも感じられない。静かに凪いでいる海が広がっているだけだ。それが声に乗っているから、呼ばれたというのに下手な感情が湧かなかった。憎悪もなければ、彼女から肉親に向ける愛情も感じないのだから。ただ一人の人として向き合っている声音。
「貴女をただの5歳児だと思っていないわ。お父様やお兄様たちと渡り合える知識を持っている。まるで、貴女には大人の思考が植え付けられているような」
「……」
「表情の変化もしないし、言い返しもしないのね。私は貴女が何者かなんてどうでもいいの。お父様も、お母さまも、お兄様たちやリドクリフ様たちもきっと似たようなことを思っている。ただ、貴女は間違いなくリアラ・エステマリアであり、アルテンリヒト家の、身内という事実。そして、貴女がこのエステマリア領を育てているという事実だけ。それだけで十分なのよね」
感情の乗っていなかった声音も、瞳も突然に優しく揺れた。きっと、私と接している大人たちは等しく疑問に思っている。私の持つこの発想力。子どもは時折無邪気に願いごとのように伝えてくるだろうが、それを実現するために領地経営をしっかりと学ぼうだとか思わないだろう。私と同じ5歳児は将来の夢を夢見る年頃だが、同じようなことが出来たるかなんて愚門なのだ。前世の5歳だった私が、同じ発想で物事を口にしたり、同じようにギターを弾けたり、ピアノを弾いたりなんてきっとできない。出来たらそれこそ天才児だ。
テレビにネットにひっぱりだこだし、前世だったら多くはなかったが少なくもなかった気がする。もう少し上の年代だった気はするが、天才な子どもたちはいたのだ。だが、この世界はそういう情報伝達するものが少ないから、噂は回ってもあくまで噂で留まる。
それに、天才児は少なくとも子どもらしさも残っているはず。会ったことはないが。
こんなに子どもらしさを捨てた5歳児がいたら、周りの大人たちは鈍感すぎなければ色々と気になってしまうだろう。それに目を瞑りながら、しっかりと話を聞いて、私のやりたいことを調えてくれる環境である。それをする理由がエミリア叔母様は教えてくれた。
私が、アルテンリヒト家の血筋をもって、身内であること。
恐らく、私も、私がこのエステマリア領の領主の子どもじゃなければ、少しだけ大人びただけの無邪気な子どもで終わっていた。実際に、平民として生きていた時期は、少なくともその型で終わっていたのだ。親の手伝いをして、近所の子たちと遊んで、兄にひっついて回っているだけ。そこら辺にいる、聞き分けのいい女の子だった。だから、お母さんもお父さんも違和感を持たずに育てたのだろう。その時期にももう、記憶はあったがそれを発揮する場面は特にないし、私自体、よくあるラノベ小説の主人公のような特別な知識もないから実力を発揮させることも、見せることもなかった。
環境の末の今の私があるのだと思うと、結局、最初から私は貴族娘になることが決まっていたのだろう。
「何者でもなく、迎えるべき身内であるリアラに対して、初めて会った時は随分と酷い言葉を言った自覚もあるし、放った自覚もあるわ。これは私自身の満足によるもので、貴女が受け取るかは別として言わせて頂戴。
リドクリフ様が好きだった。それは今もそう。今だって、好きよ。お慕いしているの。ずっと……ずっと。初めてお会いした時からずっと。そんな彼がずっと貴女につきっきりで羨ましくて、妬ましくて醜く嫉妬してしまったわ。本当にごめんなさい」




