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83.赤と白と黄色い花


 部屋を後にした私は意味もなく庭を歩いていた。落ち着きがないと言われてしまえば落ち着きは無いだろう。歌って気分はスッキリしたのだが、それでも落ち着きなく動くのは、あの親子の様子を見てしまうと自分自身が異分子に思えてしまうからなのだろうか。



 ここは私の家だというのに少し情けない。



 だけども、いいなぁ、って思ったのも事実で、その無意識に思った、いいなぁって一言が自分にとってはかなり衝撃的だった。ないものは無いで、あるものはある。そんな当たり前のことを、この精神年齢上理解してるのに。



 庭を歩いて分かる。頬を撫でる涼しい空気に少しだけセンチメンタルになってしまうのだろうか。どうやら、5歳児の身体が精神に引っ張られてしまうのだろうか。アイゼンが植えてくれた花たちを眺めながら頭を整理しようとする。



「リアラ嬢」



 ぼんやりと過ごしていれば、少し低い声で呼ばれる。振り返ると、キャスケットを被って日除け代わりにしている、ハンネ先生がそこに立っていた。今日は授業はないはずなので、その服装は、普段の魔法使いという格好ではなく、とてもラフなものだった。



 北側に比べるとこちらは比較的温かいからなのか、初冬と言えども服装は秋服である。王都で暮らしていたハンネ先生は、分かりやすくまだ厚着をしていなかった。



「ハンネ先生。本日は授業はなかったかと……」



 というか庭に、基本日差しを避けて引きこもりなハンネ先生がいる方が不思議である。



「ハンネ様はハンゼン様へ毎日お花をお送りになられておりますので、今日もそれの花を摘みに来られたのかと」



 後ろからにゅっとアイゼンが現れれば驚きのあまり、少し飛び上がってしまった。



 そうか、ハンゼン様に。へー、ほー、ふーん。自然と頬が緩まるのを誤魔化すように両頬を手で抑える。



「アイゼン殿……」



 決まりが悪いのか、咳払いをするとアイゼンは、ニヤニヤと口許を緩めながら「それでは、なにかありましたらお呼びください」と告げると再び庭の整備に引っ込んでいく。



 エルガーが抜けた後に、邸の人員改革により募集した結果、庭師も随分と増えた。アルテンリヒト邸よりは小さいこの庭でも、子どもが一周するのに疲れるほどだし、ガゼボだって存在する。ガーデンパーティーが出来る大きさには変わりなく、一般家庭にしてはかなり広い。そんな庭をアイゼンは父や母が亡き後、5年間はひとりで面倒を見てくれたのだ。増えた庭師に、最初嬉しい悲鳴を響かせて、当分の間はてんやわんやとしていたが、今は割と落ち着いて時間が余ったのかこうやって庭に私たちがいると時折ひょっこりと顔を出してくれることもある。



 少しでも時間の捻出が出来たのなら良かったと、消えていった箇所を数表見つめた後に、私はハンネ先生に向き合った。



「毎日送ってるんですね」



 口許がにやけて仕方ない。



「…………」



 決まりが悪そうに私から視線を逸らしながら、ハンゼン様に送るものを選んでいた。赤い花と白い花が多いのは2人の色だからだろうか。



――なんだ、まだまだ好きなんじゃん



 きっかけは何だったのかは想像はつくけど、真相は分からない婚約解消。それでも2人か2人を思い過ぎた結果だったのは想像に容易い。



 今2人は、2人の世界でのめり込むものがあるから今のままの距離だが、思いを丁寧に渡すことはこの男は忘れていないのだろう。だから、ハンゼン様も待っているのだろうな、と思いながら私はハンネ先生の隣に並んだ。



「エミリア・アルテンリヒト侯爵令嬢を見かけた」



 ポソりと聞こえた言葉にちりと視線を向ける。ハンネ先生は、変わらず花を選びなが言葉を零してくれる。



「リドクリフ様には病的な執着を見せるとはこの世界では有名な話だがそれに目を瞑れば優秀だとも聞く」


「はい。私はどちらかというと前述していただいた箇所のエミリア叔母様しか見たことがなかったので、正直に優秀な方だと聞いてピンと来ません」


「目に映るものだけが真実であるわけがない、とは言わない。だが、様々な角度でものを見ることをお勧めする。


 アルテンリヒト家の者は例に漏れずに優秀だ。特に、今代当主のご兄弟は男も女も全員はみ出すことなく。君の父上だって、暴君で愚かだった過去でしか見られないが、彼の者を普段から知るものは、君の親族を含めてきっと眉を寄せてしまうくらいに予想だに出来なかったことであったくらいなのだ。それでなければ、領土のある伯爵の位など与えることもないだろう。


 君の祖父はそこまで愚かな者でもない。むしろ、彼があそこまで厳格だったからこそ今のアルテンリヒト家があるのだろうから」



 赤と白で出来上がっていく花束を眺めながら、ひとつ、毛色の違う黄色の花を1本、選ぶ。それを剪定すると私に向けられた。



 普段はとても静かで、語りすぎない先生だと言うのに、今日はよく喋ってくれる、なんてぼんやりと思えば目の前に差し出された黄色の花。



「君はとても優秀だ。実年齢5歳にして、かなり歳を重ねたような見解をする。それだと言うのに時折年相応な見方や言動もする。まるで、体と精神がちぐはぐで、精神が体に引っ張られているかのように。だから、私か言いたいことも君は理解できると踏んでいる」



 貰った花をじっと見つめながら私は先生の言葉を静かに受け入れていた。普通5歳児なら分からないと喚くのだろうが、私はその説教を理解しようと静かに思考を巡らせる。



 エミリア叔母様は何を思って今回訪問したのだろうか。その意図をしっかりと考えていなかった。前回の、ただ嫌な叔母さんという印象が強すぎて近寄りたいとも、関わりたいとも思わなかったから。



「さて。私は、これを持ってこれからハンゼンのところに行く。なにか伝言などはあるかな」


「いえ、ないです」


「そうか。さて、長らく話込んでしまい申し訳なかった。エミリア嬢」



 そう言って振り返ると、そこにエミリア叔母様がいて、流石の私も驚いた。静かに瞠目していればエミリア叔母様はスカートの裾をつまんで綺麗な礼を見せる。



「とんでもございません。私こそ、ハンネ様と姪の会話に割って入ってしまい申し訳ございません」



 落ち着いた口調も、その対応も。なんだか、皆から聞いていたエミリア叔母様の優秀な部分をしっかりと映し出しているような姿に、少しだけ凝り固まっていた印象が解れていく。それと同時に、今までものすごく警戒していた私がばかみたいだとも思ってしまうので、自然と視線が地面へと落ちていった。



「いや、大したことを話していないよ。君は、ほんとリドクリフ様が絡まなければまともなのだな」


「ふふ、それは褒め言葉として受け取っておきますわ」



 そこ、突くんだと思いながら一瞬だけ重くなった空気に更に首が上がらなくなる。



「ハンネ様も、ハンゼン様が絡んでない時は理想的な紳士ですわね」



 確かにハンゼン様絡むとハンネ先生精神年齢が小学生にまで下がってる気がするが、叔母様は格上の彼にそれを告げていいのか。



「褒め言葉としてもらっておこう。さて、私もそろそろ用があるのでね。1度、前を失礼するよ」



 少し棘のある応酬だったが、最後に零れたハンネ先生の言葉は少し優しいと思った。大きな手のひらが私の頭をひとなですると、エミリア叔母様に軽く礼をとって花束を手にして立ち去って行った。



1口メモ:なぜ、リアラがスティルをハルシュタイン氏と呼ぶか


リア「ハルシュタイン様」

スティル「(嫌そうな顔)」

リア「……スティルス様」

リド「(嫌そうな顔)」

リア「……スティルス……お兄、様?(これはさすがに違うな)」

スティル「(神々しい満面な笑)」

リド「ぜっっっっっっったいにだめ。もう、ハルシュタイン氏でいいよ」

スティル「雑すぎませんか?!」

リド「聞こえないよー」

リア「……、ハルシュタイン氏」

スティル「はいっ!!!(満面の笑顔)」

リア「(これでいいんだ……)」

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