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82.拝啓を書けない


 少しだけ寂しそうに、アルテンリヒト親子のやりとりを眺めていれば、ふとエミリア叔母様がこちらに顔を向ける。その瞳は蔑むでもなく、冷たくもなく、少しだけ気まずそうにしている。彼女は、体をこちらに向けてきた。ゆっくりと丁寧な礼をとってくれた。それに釣られて私もスカートの裾をつまんで同じように礼をとる。



「この度は急な滞在となり失礼いたしました。今日から数日間、お世話になります」


「ご丁寧な礼をありがとうございます。急なものでしたので満足なものを提供出来るかは分かりませんが、ゆっくりとお過ごしください」



 少しの棘を含ませてしまいながらも、軽い挨拶をしたあと、2人揃って礼を解くとエミリア叔母様を見上げた。少し気まずそうにしているのは変わらないその様子で、私にハニカム。



 あれだけ構えていたせいか、そんな顔されたら毒気を抜かれた気分になる。そうして、門の前での軽い挨拶が終われば、アルテンリヒト家よりも少しだけ小さい邸へと案内しては、食事の時間まで解散となった。エミリア叔母様は、久しぶりに会う父母と過ごすとのことで私も誘われたが、私は部屋でゆっくりすると言ってお断りをした。流石に、久しぶりに再開した親子と一緒なんてそんな野暮なことはしない。



 ルーナを連れて部屋に入ると、やっと肩の荷がおりたと息を吐く。初めて見たエミリア叔母様はもっと毒を吐いていた気がするが、今はそんな素振りは見せない。むしろ、どこか憑き物が落ちたような顔。落ち着いているというか、アレが本来のエミリア叔母様なのだろうな。



 そう考えると、恋は盲目という言葉がしっくりとくるのだろう。リドクリフ様がいないから落ち着いているとも思える。



――……リドクリフ様



 その名前を意識した途端にまた胸がすぅすぅする。じんわりと占める感情は会いたいなぁという寂しさ。



――手紙に会いたいと書いたら迷惑かな



 一応は、今日の内容を手紙に書いておかなくてはならないだろう。その際に一言入れてみようかと思ったが、流石の私の我儘に付き合わせる必要は無いのだ。私は、少しぼんやりする頭を振っては部屋の机に頬杖をついた。



 なんか、一瞬にして寂しさが込み上げてはやる気が出なくなった。育ての家からこちらに移ったばからのホームシックに近いようなそんな気分だ。それでも忙しさと、周りの人の多さのお陰でそんな気分もあっという間になりを潜めたものだが、今回のこの感情の治め方が分からないまま、ただ薄ぼんやりと天井を見上げてしまう。



 そんな視界の端に写るギター。そのせいで無性に歌いたくなった。この感情を歌に乗せてしまえば落ち着くのではないか。私は、縋るように手を伸ばした。



 手にしっくりと馴染む木の感触。6弦からひとつずつ音を鳴らして、チューニングをはじめる。前世みたいな便利なチューナーは無いので、音叉を使用して音を確認していった。低ければ締めて、高ければ1度思い切り弛めてゆっくりと締めていく。それを6弦から1弦まで繰り返し3回行うことでピッチを合わせていく。



 片足だけの踏み台に、右足を乗せてギターの高さを調整。そうして何を弾こうかとふと手が止まった。自分のオリジナル曲か、他の人の曲をカバーか。Cのコードを弾いて音を響かせながら思い浮かんだ有名な人の有名なラブソングをそっと口にし始める。



 歌い出したのは、以前星の名前がタイトルになってる歌の歌手が歌った別の歌。前世ヒットソングにもなった、切ない失恋ソング。花をモチーフにしたタイトルを思い浮かべながら、あの少し掠れたたハスキーな男性の歌声で聞くのが好きだった。



 別に失恋をしたわけではない。失恋をするほど、今世では恋愛もしてない。まだ私は5歳で、周りは全員大人。同世代の子どもとの交流は今のところアルテンリヒト家ででしか行われてない。孤児院もあるが彼らとも会うことは少ないので、やはり少し狭い世界だ。



 リドクリフ様は婚約者だが、契約関係でもある。幼い私があの人に抱く感情は親なのだろう。精神年齢は20超えてはいるが、それ以降は重なることはない。同じ歳の子どもたち、いや、子どもと言われる年齢の人たちから見ると、私は大人びて見えるが、精神と体が並行した場合、私の見方は周りとそう変わらなくなる。



 天才、20を過ぎれば凡人とはよく言えたものだと思う。



 そんなもやもやとした感情を吐き出すように、歌う。そうして、出し切ったからか歌い終わるとどこかスッキリするのだ。



 ふぅっと息を吐いて正面をむくと、心配そうな顔をしているルーナがいた。



「お嬢様……どなたかに失恋されたのですか?……っ、もしやメルベル様――」


「――違うからね?」



 ついつい食い気味にツッコミしてしまった。そもそもが私の相手にメルベル様を思い浮かべたのかもしっかりとあとで確認しなくては。



 5歳だが5歳に見えない思考回路、発言含めて、周りの人からは早熟な私が誰かに恋してもおかしくないと思われているのだろな、とも思わなくもない。だからここでしっかりと否定しておかなくてはならない。



「本当に、そういうのはないよ?」



 流石に誤解も誤解だ。それに婚約者がいるのだし、それにそういうのに感情を向けることが出来るような余裕もない。相手もいない。だから恋とかそういうのでは無いのだが、



「ただ、少し。お爺様、お婆様のエミリア叔母様とのやり取りを見て、羨ましいなぁ、寂しいなぁって思って……。リドクリフ様に会いたいなぁって。だから、そのもやもやした気持ちを吐き出したくて。選曲間違えちゃったけど、暗い気持ちも吐き出せてスッキリした」



 なんて事ないよと笑ってみせると、ルーナは綺麗な眉をきゅぅっと寄せた。



「お手紙にその件書きませんか?」


「ううん、いいの」



 更にきゅっと眉を顰めるルーナに苦笑いを浮かべて、私はギターを定位置に戻すと、私は部屋を後にした。



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