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80.不幸を呼ぶ手紙

以下修正しました。

キャラクター整理も含めて次回登場人物紹介をどこかで挟ませていただきます。


マルエル→メルベル


マルエルは叔父にあたります。


 部屋にアコースティックギターの音が2つ。



 私に教えてもらうメルベル様の音と、メルベル様に教えている私の音。



 マルエル様は、あの後すぐにギターをあの楽器店から買い取った。楽器など安くないからか、結構な金額を支払いましたと真顔で渋く告げられた時はけらけらとお腹を抱えて笑ってしまった。それでも、楽器が購入出来たということは、彼はそれなりにお金を貯めていたということだ。かなりの倹約家なのだろう。休みの日などは何をしているのかと確認すると、ほとんどが筋トレばかりだと聞いた。家で腹筋、腕立て、スクワット等々。街中を巡回がてらジョギングしたりもしていたと言われた時には、それは確かにお金が貯まると思ったし、休みの日くらい休めばいいのにとも思った。



 食事は基本兵舎が出してくれるだろうから、特別に何かを食べたいとかなければ、体のバランスにいいものが出てくるだろう。ストイックを通り越して、無趣味だ。前世に、趣味がないという人を見たことがあるが、なら何を楽しみに生きてきたのだろうかとすごく不思議に思うこともあった。それが今目の前にいる。いや、筋トレが趣味なのだろうかと思ったのでそれを聞いたが、そういうわけではなく、仕事に必要だからやっていたというだけと簡潔に伝えられるといよいよ無趣味な人だと思い知る。



 この世界、趣味というものが少ないだろう。そもそも、趣味にできるほどの娯楽が周りに少ない。楽器は貴族子女の嗜みだし、読書は上流階級の読み物だ。劇も同じに上流階級のもの。そうなれば、平民の趣味は仕事以外にないのだろう。何を楽しみにして生きるのか。それはもう唯一の楽しみと言えば夜の営みが一番上にくるのも納得する。そもそも、仕事がきつすぎて趣味に没頭できる時間があるのかすら怪しいものだ。そんな中で、音楽がひとつの切り口となって欲しいものだ。



 ベーンベーンと弦を弾く音に、ただでさえ険しい顔をしているというのに更に渋くなるメルベル様の表情に私は楽しそうに声を出して笑った。



「心が挫けそうです」



 まだ、練習を始めて1週間とない。既に、楽器の難しさに心がきしりと歪はじめているのだろう。気持ちわかるよ。私も前世、始めたては辞めたいと何度も挫折しかけたからなぁ。ピアノもしかりギターもしかり。でも、諦めずに続けることで応えてくれるのだ。



「早いですよ、メルベル様。音楽と運動は相性だとは思うんですけど、相性が悪くても続ければある程度弾けるくらいにはなります。それは1日2日でできるものじゃないですよ。メルベル様の筋肉だって1日2日で出来たものじゃないですよね。きっと最初は苦しくって大変で何度もやめたいと思われたかもしれないですが、今も続いているということは、諦めなかったということです。それは、今のマルエル様の様子を見ても分かりますから。ギターだって、それに応えてくれますよ。頑張りましょう」



 指が上手く動かない。手首が固すぎて上手く構えるのが難しい。コードの指運が覚えられない。



 それは、最初に当たる壁だ。初心者の壁。それを超えられるのは本当に一握りくらいだろう。前世、ギターは、ピアノほど高くなくて、管楽器ほど高くなくて。高校生が、お小遣いを貯めて、お年玉を貯めて買える値段だ。それは、一重に誰にでも手が届くもので、一重に簡単に諦められるような存在になる。憧れて伸ばした先に、届かなくて辞めた人たちは多い。だけど、今世はそんな安いものじゃない。私がぽんと購入できたのは、私が貴族だからだ。メルベル様は、騎士という花形な職業だが、平民だと聞いた。今辞めてしまえば、高価な買い物をしたばかりに後悔ばかりが残るだろう。それに、私が教えるのだからしっかりと弾き語りが出来るレベルまでもっていってほしい。



「毎日5分から10分の基礎練習が出来ているので、指の動きが最初に比べて随分とスムーズになってますし、構え方も様になっています。大丈夫ですよ。著しくではないですが、こつこつと充分に上達していますから」



 その一言に、あまり変わらない表情が華やいだ。いかつい兄さんの穏やかな表情は心の潤いだ。



 私は、今日の練習はここまでと切り上げて、彼に楽器を片付けてもらった。時刻は、お菓子の時間だった。メルベル様は私の近衛だが、この後は特に外に出る予定もないので訓練所に戻っていいと言うと、メルベル様は一礼をして部屋をあとにしていった。



 それと入れ違いにルーナが入室してくると、少しだけ思いつめた顔をしている。



「お嬢様」



 彼女は、トレーを持って私に近づいてくる。そのトレーの上には一便の手紙とペーパーナイフ。リドクリフ様からだろうかと思って、手紙を持ち上げたがいつもと違う便箋。それに、リドクリフ様からの手紙はつい先日受け取って送り返したのは昨日だ。返事が来るのは早すぎるというものだ。なら、これは誰からか。送り主を確認すると、ルーナの表情が曇っていたのが理解できた。



「エミリア叔母様」



 嫌な予感しかしない。リドクリフ様が好きな彼女がなぜ私に手紙を。開けたくないが、開けるしかないだろう。どう見ても、不幸を呼ぶ手紙だ。内容を確認して、気が付かなかったフリにするかは、お爺様とお婆様に相談するべきだろうか。



 ペーパーナイフで封を開けるのが恐怖でしかない。次第に早まる心音を落ち着かせるように、ふぅっと深く息を吐くて意を決して手紙を開封する。途端、香るきつい香水の匂いに頭が痛くなりそうだった。これだけで中身を確認するのがすごく嫌だ。お洒落だと思っているのか分からないが、送られたこちらからしたらきつい香水は辞めてほしい。私は香りをかぎたくないので腕を伸ばして、手紙から距離を置くと、手紙を読む。



「な、なんてこと……」



 その内容に私は顔を青くして固まる。それにルーナは心配そうに私を見つめている。



「ルーナ、今すぐお爺様とお婆様にお時間を貰えるかしら。これは緊急会議よ。エミリア叔母様が来るわ。しかも、もうアルテンリヒト領を出発してこちらに向かっている様子」



 その言葉に、ルーナも顔を真っ青にさせて、大慌てで部屋を出ていった。



 何かしら対策を練らなくてはならない。私はエミリア叔母様には嫌われているから。せめて、お爺様とお婆様に助けを求めるしか私には出来ない。



 手紙の内容から滞在期間はそこまで長くはない。彼女も私に会いたいとは思っていないのだろう。端々に入るリドクリフ様との婚約解消をするべきだという内容から見ても、この内容を直に伝えるつもりか。この手紙ひとつだけでも私の胃がきりきりと痛みだした。まだ5歳だというのに、すでにストレス性の胃痛とか笑えない。とりあえず、到着予定の日程を確認して、その前には綺麗に整えておかないと、小姑よろしく良くないところをこれでもかとつついてくるに違いないのだ。そんなのは勘弁だし、面倒だ。



 彼女が来訪する前に、いろいろと準備を整えなくては。まずは、お爺様とお婆様に協力してもらえないか、作戦会議だ。



ここまでお読みいただきありがとうございます。かなり間がありましたが、ひとまず4章は終わりです。次は、エステマリア領での冬のお話となります。引き続きよろしくお願いいたします

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