79.立派な領主
からからと馬車の車輪が回る音がする。
整備されているが、コンクリートのように平らな道はない。全て石畳で、普通に歩くとかなり不安定。こんなところをヒールで歩くと簡単に足を持っていかれる。それでも、この道はブーゲンビリアの大通りのひとつなので、しっかりと道が整備されている方なのだ。そして、でこぼことされているからか、車輪から伝わる衝撃はそれなりにあり、馬車自体が少しだけ縦に跳ねる。それも、もう慣れた。固い椅子でお尻がダイレクトにその衝撃を受け止めるのは慣れないが、この揺れには慣れたのだ。流れる窓の外を眺めながら、先ほどのハンゼン様の言葉を思い出す。
――リアラ・エステマリア伯爵
普通、私に称号はまだつかない。伯爵令嬢である。あくまで伯爵家の娘さんっていう立ち位置だったのが、公爵家のご令嬢からしっかりと称号をつけて呼ばれた。たったの5歳の少女がそう呼ばれる。しかも、本家である侯爵家の前当主夫妻の前で。それだけでも何か意味があるのだろうかと思ってしまう。お爺様もなんだか先ほどから静かで、私の横顔をじっと見つめているばかり。何を考えているのか分からないし、何を言いたいのか分からないので視線を合わせようと思えなかった。
そうこうしているうちに、馬車はブーゲンビリアの街を横切って、目的地へと着いた。新しい温室研究施設とはちょうど真反対に位置して、森に近い立地に建てた、ハーブティーの量産工場だ。
私は、建物の前で止まった馬車からゆっくりと降りると、目の前に広がる拾い施設に、ここでもついつい感嘆な声が漏れた。
「リアラ様」
お出迎えに来てくれたのは、40手前の男性。日に当たってきらきらと当たるシルバーグレーの髪は綺麗に整えて、アイスグレーの瞳がとても涼やかだが、雰囲気はとても柔らかい。笑う顔は、息子のエルガーそっくりだ。
「お出迎え感謝いたします。オリバー殿」
愛想のいい笑顔を向けると、目の前に建つ男性、オリバー・ケネディックは深々と頭を下げてくれた。
ここの協同経営をしてくれることとなった、ケネディック商会の会長さんだ。ルーナとエルガーのお父様でもある。こうしてみると、確かに二人にとても似ている。今日は後ろにルーナは従えていないので、娘さんとの久しぶりの再会とはならずに申し訳ない。エルガーは温室施設の方に出ずっぱりで、そちらとも今日は顔を合わせていないだろう。
やはり父親で、子どものことが気になるのか一瞬だけ、オリバーの視線が私の背後に移ったがいないことを確認するとすぐに視線がこちらに戻る。一応、今日はルーナも来るかと聞いたのだ。ルーナは珍しい満面の笑顔を向けて気持ちの良いお断りの言葉を貰った。なんとなくだが、ルーナは家族と距離を置いているようにも思える。エルガーは同じ邸で働いていたこともあって割と近いとは思うが、オリバーが関わると殊更遠ざけているのだ。かなり前に家族の話をしていたことがあるが、彼女にとって家族は仕事を優先する人なのだろう。エルガーは彼らについて海外をあちこちに飛び回る機会があったが、ルーナは物心ついたころから家でほとんどひとりぼっちだったと聞く。それでも、ルーナはもういい年をしているから親と顔を合わせると険悪とはならないだろう。
ただ少しだけ、間が持たずに気まずいだけ。それを知っているから、今日の同伴はルーナの意思を尊重した。
私だって、お爺様やお婆様に会うのきまずかったもの。それが実の親だったら尚更だろう。
本日は、オリバーに工場内案内をしてもらって、従業員に挨拶をする。その中に孤児院にいた子ども達がいたので、彼らの近況を確認。そして、最後は応接間でお爺様とオリバーが難しい話をして終わりだ。この工場の経営もそこからの販路などを全てオリバーに任せている。父親としてはどうかは分からないが、彼の商戦に対してのそれは評価できるものだとルーナが言うから全てを彼に任せていた。それに、子どもで、更にはそういう面で無知な私が口や手を出したところで失敗するだけだから。そういうのは、ゆっくりと覚えておくとして、今はお爺様にお任せするのだ。
従業員が入れてくれたハーブティーがとても美味しい。楽しそうに話が弾む男たちの横顔を眺めながら私はお婆様とまったりと過ごしてしまえば、今日の訪問は終わった。
「リアラ様。育児を殆ど放棄してしまった私の我儘だとは思いますが、娘と、息子をどうか、宜しくお願いいたします」
馬車に乗る寸前に頭を深々と下げられた。その姿は、しっかりと親だった。
少しそれが羨ましいと思いながら、私は彼に言葉を投げて工場を後にした。
「お爺様」
私は流れるブーゲンビリアの街を眺めながら、向かいに座るお爺様に声をかける。
ブーゲンビリアの街は変わったように思える。行政街なのに、ライラックより人が少なかったのが、夕方になっても賑やかになっていた。飲食店が増えて、お店が増えて、知らない人が増えて。街路は明るくなる。事件や事故がないわけではないので、安全を保障するために時間ごとに衛兵が巡回もしていた。その人たちが、何かの店の店主と楽しそうに笑って話している。その光景が眩しくて、馬車の向こうできらきらと営みが輝いて目に沁みる。
「私は立派な伯爵になれますか」
素敵な景色を目の裏に焼き付けて、お爺様に視線を向けるとお揃いの瞳が丸くなって私を見つめていた。その瞳は、窓から差し込むブーゲンビリアの街の光で彩っていて、普段は色彩が薄いというのにキラキラとして綺麗だった。
そんな色をまとったお爺様が、穏やかに優しく笑う。
「もう、十分立派な領主だ」
その眩しいお爺様の顔に、ちょっぴり泣きそうになった。




