78.リアラ・エステマリア伯爵様
リドクリフ様が王都に発って2か月。少しだけ、寂しさに慣れてきた。そんな冬の初め。
澄み渡る青い空は、夏に見上げた色よりも薄くて、それでいて太陽の日差しを強くしているように思える。頬に触れる風はとてもではないが冷たい。既に袖は長くなって、全体的に布領も増えたドレスを身に着けている。そして、ルーナによって飾られた私は、一緒に飾られているお爺様とお婆様ととともに目の前のガラス張りで出来た巨大な建物を見上げた。
「おお、壮観だな」
ブーゲンビリアの街の外れ。郊外にこの建物を建てた。それは、一重に敷地をとるからが理由で、更に私が考えた案をとるのであれば更なる増設が考えられうような場所だ。私が植物園にしてしまおうと提案した時にはこの温室は既に外側が完成していたが。元々は、この隣に図書館を建てたいなとか思っていた。
その理由としては、研究に本はつきものだ。近くにあればロスが少なくなるからだ。しかし私の何気ない発言のせいで、この地は後ほど植物園に変わる。図書館は学校の敷地に繕うと思う。更に学校と呼んでいるが、実質は公民館的な建物にしようかとも思っている。授業は午前だけだから、それが終われば他の人たちも使える施設にしてしまうのだ。使うときは前もっての予約制で。そうしたら、エルヴィンやステラ様の演技稽古だってできるだろう。それらを詰めるのは今日が終わったあと。
本日、夏から手を付けていた、追加の温室とハーブティー量産工場がやっと出来上がったから。そして、工場と温室は別々の場所で建てられているから、今目の前に建っている更なる増設予定の温室を見上げて、私もお爺様もお婆様も声を感嘆の声を出していた。
私が暮らしている邸ほどの大きさではないが、それでも、圧巻するほどに大きかった。建物半分上部と、天井は全てガラス張り。下半分は煉瓦を組まれて綺麗に作り上げられていた。両開きの大きな扉をくぐって中に入ると、そこは広い花壇となっていた。人が通れるように整えている道はあるが、殆どがふかふかな土で花壇を作成されている天井を覆うガラスで陽が降り注いでとても幻想的だった。ただ、まだ花壇には何も植えられていないため、土肌はしっかりと露わになっているので、ここに色とりどりの花々や薬草たちが植えられると考えるととてもわくわくして仕方ない。今邸で植えているものをこちらに移す予定ではある。
出来上がったばかりのこの建物の奥に進むと、薬師たちの調合室がある。研究室と仮眠室もつけている。仮眠室は実質ハンゼン様の部屋に近い対応になるだろう。しかし、仕様するのはここに努めている薬師たちなので、ここら辺は薬師たちの意見を取り入れて中を設計している。薬棚が壁一面にある部屋は、素人の私でもわくわくとしていた。
「お嬢様」
そして扉を開くと、既に薬棚へもってきていた薬草や薬剤を分別して入れている白衣を着た彼ら。その一人に交じっていたエルガーが私を見つけた。そして、ぱっと表情が明るくなる。
「お越しになられたのなら声をかけてくだされば宜しかったのに」
エルガーは8も年下の私に敬意を忘れない。それが、例えスパルタな外国語の授業を行っている時でさえも。それは一重に平民であろう彼へここまでいろいろと勉強が出来る環境を整えたからだろう。しかし、よくよく考えると彼らの家は商家をしている。しかも、海外にも顔を持つ大店だ。私が何かしら準備しなくても、エルガーは親に伝えるとその場を調えてくれそうだったなと、今にしてそう思う。
だが、13歳の彼はなんだかんだと奉公に出されているのだ。きっと、そこは平民の思考なのだろう。10になれば、見習いとしてその専門職の下へと徒弟へ入るのが常だ。私の邸にだって、雑用に10歳の子どもがいたりするくらいだ。優雅に学業に勤しめるのは、貴族くらいなのだろう。それも、大まかに見えてきた学園の全貌。学園に入学するのはたいていが男。しかも、既婚も存在しているような世界だ。義務的ではなく権利なので、学園に行かないこともあるのだから、この世界での学校というのはあくまでも、必然的なステータスではない。
だからこそ、彼らの両親も姉弟たちを奉公に出すことをためらわなかったのだろう。あくまでも、私の憶測でしかないが。
「エルガー先生。ごめんなさい、ついつい見入って奥まで入っていたら気が付けばって感じだったの。どうかしら、新しい職場は」
「すっごく素敵な職場です。先輩方もとても感謝しておりましたよ」
周りを見渡すと表情の明るい薬師たち。彼らは、エルガーの言葉を肯定するように頷いている。それだけで良かった、と心から安心した。
新しいところに新しい者たちって、私でも心が躍るもので、それは彼らも同じようだ。
「何か新しいものや欲しいものなどありましたら、気軽に相談してください。予算は勿論ありますが、出来るだけ用意するようにします。設備に不十分は嫌ですから」
私のひとことで、わぁっと嬉しそうにはしゃぐ薬師たち。そりゃ、最新機器とか出たら気になるよね。私だって、最新の楽器やそれに付随する機材が出たら欲しかったもの。
「リアラ」
子どものようにはしゃぐ薬師たちの姿をほっこりと眺めていると背後から声がかかった。そちらに視線を向けると、これまたわくわくが隠しきれていないハンゼン様が立っている。目つきは悪いが、その表情はとても穏やかで嬉しそうだ。
「ありがとう」
小さな私に腰を深く深く折って頭を下げるハンゼン様に私は慌てた。こんなに丁寧にお礼を言われるとは思わなかったからだ。だけれど、貰える感謝の気持ちは素直に受け取るべきだろう。喉にぐっと力をいれて、意識をして口角を上げる。
「これからも、ばしばしとよろしくお願いいたします。ハンゼン所長様」
私の言葉に、頭を下げていたハンゼン様は豪快に笑った。彼女が本当に公爵家令嬢なのだと思えないくらいに、それは一定の人から見たらはしたないそれ。だが、そういうのを気にしていない私たちから見たら、とても気持ちの良い笑い方。
「これからも、ばしばしと働かせていただきます。リアラ・エステマリア伯爵様」




