74.この世界の宗教は
案内されたのは、食堂だ。やはり建物はとてもぼろぼろだが、掃除は行き届いている。物が少ないためか、整頓もされている。見た目はあれだが、清潔感があって不快な気分にならない。
私は、勧められた椅子に腰をかけると奥からアリア様が現れてお水の入った木のカップを持ってきてくれる。それを1度、メルべる様が口をつける。少しギョッとするが、そうか毒味かと納得するとそのまま回されたそれに私は口をつけて一気に飲み干した。
井戸水から汲んだから冷たいとは言っていたが、確かにとても冷たかった。そしてとても美味しかったし、飲みやすかった。生活魔法で冷やしてもくれたのだろう。ずっと喉が渇いていたからか、体に入ってきた水がすぅっと浸透する感じ。冷たい水が体を癒していく感覚。生き返るというのはこういうことだ。
私は、とても安心しては、ほっと息をつくと目の前のクラン様もアリア様もほっとしたご様子。確かに、見た目幼い私が飲み物も飲まずに話っぱなしで数時間いたら心配になる。私みたいな年齢の子ども達が多いこの教会だとなおさらなのだろう。
「ありがとうございます。美味しかったわ。では、私はここら辺でお暇させていただきます。また、近いうちに来るかと思うけれどその時はよろしくお願いいたします」
まとめた話も終わったのだ。長居は無用。私は、飲み干したカップをテーブルに置くと、椅子から飛び降りる。
「もう帰るのか?」
「帰っちゃうの?」
食堂の入口から私をここまで案内してくれた男の子と私くらいの女の子がひとりひょっこりと顔を出す。
少年はいつからか私が本当の雇い主側なのだと気がついたのだろう。どこからかは分かっていないが、視線がメルベル様ではなく私に向かってた。少女はどうだかわからないが、ただ同じくらいの歳の私を気にしたのだろう。少年にぴっとりと引っ付いてじっと様子を伺っている。
「うん。今日はもう遅い時間だからお爺様が心配しちゃうの。今日は帰るから、また、別の日に来るわ。あと、クラン様とアリア様とは君たちの雇用の件も話ししておいたから、あとで聞いてちょうだい」
穏やかな表情を意識しながら、私よりも年上の少年と同い年くらいの少女に向かって言葉を告げると彼らは素直に頷いた。ハンス少年は大変物わかりがいい。その少年とは別に、隠れていた少女が体を乗り出して私に近づくと、おもむろにぎゅっと手を握ってくる。
「あのね、あの。ありがとう」
突然の言葉に目を丸くする。手を掴まれたことはどうでもいいのだが、この幼い少女からお礼を言われる筋合いがなさすぎて何にお礼を言われているのか皆目見当もつかないのだ。
「ここ、きれいになるってエレナお姉さんから聞いたの。きれいになって、ごはんもしっかり食べられるようになるって。だから、ありがとう」
可愛らしい笑顔を向けられるとそれにつられて私も表情が穏やかになる。どうやら、私たちの会話を盗み聞きしていた子たちがいたらしい。しかも冒頭の方から。エレナお姉さんがどの人かは分からないが、例えその人が悪意あるような人でも、聞かれて困るような内容は一切ない。それに、盗み聞きしていたことに驚いているのは、私よりもクラン様とアリア様だった。ふたりは目を一瞬丸くして、そのあとに呆れたようにため息をついていた。
「お行儀が悪いことを。申し訳ございません、後程きつく叱っておきます」
アリア様が私に謝罪をするが、それを私は首を振って阻止する。
「確かにお行儀は悪いわ。でも、気になってしまうじゃない。今まで辛い思いをして過ごしていたのだもの。叱ることはよしてちょうだい。代わりに優しく悟ってちょうだい。私にはそれくらいしてもかまわないけれど、他のお客様はもっと怒る方はいるから。そうすると、罰を与えざるを得ないことだってあると思うしね。ついでに、あの応接間は少しだけ壁を厚くして防音にするようにお願いしておくわね」
私は、目の前の少女の頭を撫でた。何日もお風呂に入っていないからふけが出ているし、少しべたつくけれど、気にせずに撫でた。きれいな小麦色の髪の毛はとても綺麗で、手入れをしたらもっときれいになるのだろうなと思う。
浄化する魔法があるように、体を綺麗にする魔法だってあるが、魔法は体力と比例する。ご飯をまともに食べられるような環境じゃなかったから、魔法も最低限しかしてこなかったのだろう。それこそ、お湯を温めるとか冷やすとか、何十人もの子どもに体をきれいにする魔法を使っていたら、見ただけで細いクラン様とアリア様はぶっ倒れてしまうだろう。本当に申し訳ないことをしていた。
目の前のこの人たちが、まずはしっかりと体力をつけてもらうように、食事を美味しく食べてもらえるように、私は帰ったらすぐにお爺様に報告しないとならないと強く決意した。
少女の自己紹介もままならないまま、私は食堂を出て帰路へつく。厳かな教会を通り抜けるとき、ふとこの世界の宗教はどんなものなのかを確認していなかった。神父やシスターがいるのだから現世のキリスト教に近いものなのだろうか。宗教や政治は癒着の元となるだろう。あまり深くは関わりたいとは思わないが、今後関わっていかないとかもないのだろう。歴史の授業に入ってくるだろうからその時にしっかりと確認をとればいいのだ。
私は、教会を出ると目の前に停まっている馬車に目を丸くした。
ライラックの商店街は人であふれているから馬車は通れないがここら辺は街の端っこ。更には、建物はすくないから道も広い方だ。商店街を抜けるときに住宅が密集した個所を抜けたけれど、基本は馬車が通れる道もある。
だから、私の目の前に馬車があってもおかしくはないのだ。
「出てきたか」
窓から顔を出したのはスヴェンダお爺様だった。どうやら、帰りが遅い私を迎えに来てくれたのだろう。教会に着く前あたりからエミルに伝言を頼んだが、まさかお迎えに来てくださるとは思っていなかった。
私は、そんな心配性な祖父についつい破顔して、従者に促されて馬車に乗り込んだ。




