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70.初めての生徒



 最後は来てくれた皆に、今人手不足で仕事が溢れてる人がいたら領主邸で募集かけていることを流すと、それはそれで瞬く間に噂として広がる。こうやって、人手不足なハーブティー生産に今働けてない人が働けるようにして欲しくて噂を流して人手を増やそうとしていた。



 本日も大盛況で30分くらいのライブが終わると、この街も賑やかな日常に戻る。先程MCで宣伝した八百屋さんも魚屋さんも、お土産屋さんも、まるで吸い込まれていくように人達が入っては満足げに買っていくのだ。宣伝効果なのだろう。その背中を見ながら、散らかった店先を片付けていく。



「今日も大盛況でしたね、リアラ様」



 楽器屋の店主さんが顔を出してくれながら、片付けを手伝ってくれる。



「本当にありがたいことです」


「最近ではギターのことを確認する人たちも増えてきているんですよ。楽器に興味の持たなかった庶民の皆さんが、ギターの実際の値段を見るとやはり高いと思うと同時にまだ手が届くだろうかと仕事を一生懸命し始めたりしています。ただ、問題なのがこれを弾ける人間が現状貴女しかいないことなんですよね……」



 なるほど。遠回しに、売りたいけれど売れないという話か。そして、皆が買う準備を始めているから早急にどうにかしたいのだろう。



「いつまでに教本の準備をしたらいいでしょうか」



 まずは元を作って、写本は他に出来ないかと思いながらとりあえずはいつまでに準備が出来ればいいのかを確認したかった。それに嬉しそうな表情を見せる店主さん。冬には少しでも準備いただけると嬉しいですよ言われる。とりあえずはビジネスになるので、後日改めて領主邸に来てほしいと伝えると緊張した面持ちで勿論と頷いていた。折角なら写本をきっかけに文字にも触れてほしいと思う。見てまねて書くとなれば子どもでも出来るのではないだろうか。いや、子どもは文字が安定していないから難しいのだろうか。こういう時、印刷機能があった前世がとても便利に思える。便利に思えるというより便利だったと改めて思うのだ。便利なものに慣れ過ぎて、なんでもないこの世界はやはり不便に思う。



 新幹線があれば、一週間かかる王都までが数時間で着くだろうし。マイクがあれば風魔法をわざわざ仕込まなくたって簡単に音は通る。だが、前世だってないものばかりだったから何でもあるまでに時間はとてもかかったし、発明だってたくさんされてきた。だから、歴史の教科書に載る偉い人たちはそれだけの価値があるのだ。この世界が、前世みたいにいろいろと便利で溢れるまであと何千年かかるのだろうか。もしかしたら、魔法があるからもっと早いかもしれないし更なる飛躍があるかもしれない。そう考えると、今は不便でもいいのかもしれない。



 すっかりと元あった状態になった店先を見て、私は満足げに腰に手を当てていた。



「リアラ様」



 そんな私の後ろから静かに声がかかる。ふっと振り向くと、今日一日私の傍を離れずにしっかりと護衛をしてくれたメルベル様が立っていた。感情の読めない瞳が、少しだけ熱をもって揺れている。高い位置の顔を見上げては次の言葉を待つ。何か言いづらそうに少しだけみじろいでいる様子に、更に疑問がわく。お手洗いに行きたいのだろうかと思考が回り始めた時だ、ゆっくりと頭を下げられた。



「先ほどの楽器の弾き方と歌を私にご教授願えないでしょうか。勿論授業料はお支払いします。金額はご相談させていただければとは思いますが……」



 私は突然の申し入れに随分と驚いていた。どう見ても、武術一辺倒のしっかりとした体躯で長身。イケメンだが、強面寄りの彼だ。音楽なんて無縁に見えてしまっていたから。



 大きい彼が小さい私に頭を下げているのはとても目立つ。すっかりと人通りが戻った店先で頭を下げられると悪目立ちするのだ。私は、両手を慌てて振って、



「あ、頭を上げてください、メルベル様。私はあまりこういうので目立ちたくはありませんから」



 彼の視界に移りこむようにしゃがむと、少し困ったように眉を寄せて頭を上げてくれた。その顔は、少しだけ不安そうな表情をしていた。リドクリフ様もそうだが、大きい男の人が、少し不安そうにしている姿がちょっとかわいく思ってしまう。成人したいい大人を可愛いというのは大変失礼かもしれないが、耳の垂れた大型犬に見えて仕方ないのだ。許してほしい。とりあえずは、お金を払ってもらうというよりは他の形で返してもらえればと思って考える。




 結局、楽器を購入するのは彼本人なのだ。ここでも痛い出資だろう。楽器は安くない。私が使用しているギターだって珍しい楽器だから前世よりもかなり高い値段で買う必要があるのだ。それを購入すると、授業料を払うというのはやはり痛い気がする。



「あの。お教えするのはいったん置いておいて、何故メルベル様はギターを弾きたいと思ったのですか」



 そこが気になった。今まで音楽に興味がなさそうな彼が音楽に興味を持った。間違いなく私のライブがきっかけだろうが、それ以上に彼に触れた何かが知りたい。こういう人に響く何かを感じてくれていたのなら、前世音楽家だった私の魂冥利に尽きるというものがある。 半年くらい、路上ライブをしたがこうやって指示を請う人はいなかった。一重に私の正体がしっかりしていなかったからなのと、やはり大半は行動を起こすよりは享受する方が多いからだろう。だからこそ貴重なのだ。



 期待で胸がドキドキする。どういう感想をくれるのだろうか。じっと、まっすぐに見つめると、照れているのかたじろぐばかりで口を開くのが遅い。



「リアラ様と、観客の距離がとても近くて。誰もが期待通りのものが来ると分かっているような期待に満ちた瞳がリアラ様に向かっているというのに、プレッシャーを感じないで楽しそうに歌い切るその姿と、盛り上がる全体的な空気感がすごく眩しくて。流石にあそこまではいかないでしょうが、例えば身内同士とかでも、そういうので場を明るく出来ればと。俺はこういう顔ですから、すごく怖がられやすくて……」



 確かに、メルベル様は控えめに言ってもユーモアあふれる雰囲気はない。精神年齢20超えだから保てているが、実際の5歳児だと彼が上から見つめるだけで泣き出してしまうだろう。そんな人がギターを弾きながら歌を歌う。少しだけギャップが生まれるだろうが、それがまた近寄りやすくなるかもしれない。



「分かりました。最初から断るつもりはありませんでした。ただ、理由を聞いてもっと協力させていただきましょう。いいですよ、私がお教えいたします。ただ、授業料の代わりに私の専属護衛騎士となっていただけませんか。いつもリドクリフ様が絶対に隣にいたのですが、こう離れてしまった途端に人が増えてしまうので、身動きがとりづらくて。そこに、メルベル様のような方がいらっしゃれば私はとても安心できますから。それを貴方から受け取る授業料といたします」



 胸をそらして得意げに言い切ると、メルベル様は白い歯を見せて笑みを浮かべていた。



 この人、地がイケメンだから柔らかい笑顔を向けられると破壊力やばいのよ。

一口メモ:メルベルは顔が怖すぎて子どもたちを怖がらせるが、子どもが好き。

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