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07.月一の路上ライブのお誘い



 演奏し終わったギターを店主に返す。店主は購入しないのかと少し寂しそうにすれば、それを受け取ったが、従来の弾き方を目の当たりにして少し安心もしているようだ。



「買わなくていいのかい?」


「欲しいですけど。領民のお金は無駄使いできないですから」


「…………」



 私の言葉を聞いた閣下は、ギターを片付ける店主の背中をじっと見つめ、おもむろに立ち上がると、



「マスター、それ買います」



 と突然声をかけてきた。さすがの私もギョッと目を見開いて、立ち上がった閣下の裾を引っ張る。



「いい、いいです」


「普段から何か欲しいなんて言わない君があんなに目を輝かせて、手に持って、馴染んだ様子に安心して、気持ちよく歌ってたんだ。確かに領民のお金で暮らしてる僕らは無駄使いはよくない。けど、使わなさすぎるのも良くない。ここの領は君の領地だ。お金を落としてあげるのも大切なことだよ。それに、その楽器を買うくらいでは予算を揺さぶられやしない。安心しなさい」



 大きな手のひらが、柔らかい金をくしゃりと掻きを隠すために。



「おや、お嬢さんはここの領の領主なのかい」


「領主候補ですね」


「では、元伯爵様の……」


「……」



 店主の声にびくっと肩を揺らした。罵られる、そう思うと閣下の言葉で熱くなった目頭が一気に冷める。もともと隠すように足に顔をうずめていたが、更に閣下の足で顔を隠す。それでも、一向に罵る声が聞こえない。恐る恐る顔を上げれば、穏やかな店主と目が合う。私の顔が不安そうにしていたのか、店主は優しい笑顔を向けて私の頭をよしよしと撫でてくれた。それに安心し、隠れていた私は素直に出てくると、店主はさらに表情を緩ませた。



「お代は不要です。ただ、今後のメンテナンス代金を支払ってもらうのと、月に一回だけ、この店の前でそちらの楽器を使って歌ってくれはしませんか」



 私は驚いたように目を開いて、固まってしまった。



 要はストリートライブをしてほしいと言われたのだ。前世でデビューまで沢山ストリートライブをしてきたので、対して問題ない要求だが、ギター無料で貰える代わりにストリートライブをするとは、あまり聞いたことがない。そして、私が主に歌うのはJ-popでこの国の音楽とはかけ離れているのだ。現に、ふたりの前で歌ったら驚かれたのは記憶に新しい。



 私が驚いて返事を忘れていれば、店主は申し訳なさそうにして「無理でしょうか」と少しだけ肩を落としてしまう。私は言葉を上手く浮かばないので、首を横に大きく振っては、手遊びをする。



「そう言っていただけて、う、嬉しかったので……その、いいのですか?」


「ええ、貴女様がしても宜しいと受けてくださるのなら、私はとても嬉しいですよ」



 柔らかな笑顔は、なんだか親戚にいるようなお爺さんみたいで。それが嬉しくて、嬉しくて、つい頬を緩ませてしまう。



「では、月に1度、店先で歌わせて頂きたいです」



 恥ずかしそうに店主を見上げると、何を思ったのか鼻ごと口許を片手で覆って天井を煽っている。それを、白けた視線で閣下は見つめているが何も言わない。たっぷり数十秒だけ謎の仕草を見せた後に、精神統一をするように深く深く深く息を吐くと、何もなかったように整った笑顔を見せてくれる。



「とても光栄なことです。是非ともよろしくお願いいたします」



 私と店主との会話が終わると、閣下は店主と今後の話も含めて話を詰めるので、店から出ないように少しだけ待っててほしいと伝えられた。私は素直にそれに頷くと、店内を歩いて回る。ガラス張りのショーケースには、ヴァイオリンや金管楽器がところ狭しと並べられ、それらは全て、平民じゃ手が出ない値段だった。ここの街は、オフシーズンに貴族たちが旅行でよく来るからなのか、こういう高価な楽器を置いているのだろうか。そう言えば、先ほど閣下と外を歩いていた時にちらほらとお土産屋さんも含めてジュエリーショップや高級な洋服店などもあったような気がする。



 ここは、王都並みに栄えているのを、地面を踏みしめて実感していた。それをどんな風にして崩壊寸前まで持って行ったのかと、小さいながらにも逆に疑問に思ってしまったのだ。ここには、木管と言われていた楽器がほとんどない。今後このショーケースに木管楽器も増えてくるのだろうか。少しだけ楽しみに思いながら、今度は楽譜が置かれている本棚に向き合う。



 ほとんどが3拍子でできているワルツの楽譜だ。しかも、たいていは弦楽器。ピアノの楽譜もあるが、やはり弦楽器と合わせることが前提のものがほとんどだ。その中でも、しっかりとピアノソロの楽譜もある。私はそれらをいくつかピックアップして中を確認する。前世で弾いていた曲は一曲もない。知らない曲ばかりだが、音符を追っかければだいたいメロディーが思い浮かぶ。とても綺麗な曲ばかりだった。



「その楽譜はまだ早いんじゃないかな」



 後ろから至近距離で声が聞こえたため、驚いて楽譜が手から滑りそうになった。それをしっかりと受け止めながら振り返ると、思っていたより近い距離に閣下の顔があったのでぴたっと動きを止める。そんな私のことなど気にも留めないように、私の手から楽譜をするりと引き抜くと、元あった場所にそれを戻し、別の楽譜を持ってきてくれる。それは、確かに私くらいの歳の子どもが弾けるほどに簡単なものだった。



「貴族の子どもたちが君くらいの歳に絶対練習する楽譜だよ」



 なるほど、確かにこの年の子どもなら音符をおっかけるだけでもやっとだろう。手も大きくないので和音も弾けない。オクターブで弾くことも一苦労だから、それを知って出してくれたのだろう。



「それでしたら恐らくリベルティア先生がお持ちでしょうね」



 私の音楽を担当している家庭教師の名前を告げると、閣下もそれはそうかというように手に持っていた楽譜をあっさりと本棚に戻した。



「リアラ嬢がさっき邸宅で弾いていた曲は、この曲よりも数倍難しいもので、7歳の上級者な子が弾くようなやつなのだけれど。この楽譜をを知らないということは、先生、才能見越して飛ばしているね」



 ぽそりと零した閣下の声は、高い位置で零されて私のところまでは届かなかった。

一口メモ:ユリア編

Q.将来の夢は

A.玉の輿

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