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68.いつもいた人がいなくなる瞬間



 夏とは違って少しだけ涼しくなり始めた秋の空がとてもきれいに澄み渡っていた。



 濃い青というよりは、淡い青が印象的で。浮かぶ雲は変わらず白くて綺麗な日だ。



「ううぅ、半年ってあっという間だな……」



 リドクリフ様が王都へと旅発つ日。玄関ホールでリドクリフ様は人目も気にせず私から離れようとしなかった。かれこれ見送りにきて1時間は経っている。既に出立してもいいような時間ではあるが、一向に私から離れないので、ともに王都に戻る人たちもそれぞれに別れを惜しんでいる。いつの間にか玄関の広間にルドガー伯父様とルーナまでもいない。こういうところは無粋に考えない方がいいと思って、私は目の前で離れない情けない姿をさらしている大人をなだめている。



「半年なんてあっという間なのですよね。なら、すぐに帰ってこられますよ」



 背中に手を回しながら、初めてこの屋敷に来た日を思い出していた。



 あの当時は、何もかもが大きくて、何もかもが豪華で、何もかもが広かった。



 半年。たったの半年。されど半年。私は成長している。子供の成長はあっという間だというが、本当に半年だけでもかなり成長していた。それでも、それは僅差程度だろう。それでも、春に着用してた服はぱつぱつで、履いていた靴は窮屈になった。食べる量も増えて、走れる距離も増えた。



 あんなに広かった玄関ホールが広く感じなくなったし、高かった玄関の扉も今では気にならなくなった。股下2メートルとか思っていたリドクリフ様の足の長さも、少しだけ短く感じる。何よりも、周りの人たちが怖くなくなった。



 両親のことを聞いて、両親たちのしたことを知って、私はこの屋敷に来ることが怖かった。親が憎ければ子もまた憎しという。そうやって周りの人たちに無条件で恨まれていると思っていたから。それを払拭してくれたのは紛うことなく彼なのだ。



「リドクリフ様」



 離れようとしない彼の頬に口づけをしながら呼ぶ。すると、先ほどまで強い磁石でくっついていたのが嘘のようにあっさりと離れてくれる。



「やっと顔を見られました。ずっと私を抱きしめてくださるから、全然お顔が見えなかったんですよ」



 真正面にとらえた、吃驚しているリドクリフ様ににっといたずらっ子のように笑って見せると、少しだけ泣きそうな顔をしている。永遠の別れでもないのに、こんな顔をされるとは思わなかった。



「リア……絶対に手紙書くから。君も、逐一、考えたことや増えた案件とかあったら漏らさずに書くように」



 先ほどの表情が一変して本気の目だった。なんで、さっきまで甘い空気になっていたのにこうも破壊してくれるのだろうかこの人は。



 両肩に掴まれた大きな手が痛くはないのに力強くて、彼の本気度を伺う。



 いうて、そこまでではなくないか?



 新事業として、ハーブティーの特産化は今現在進行形で進んでおり、大量生産に向けての工場と新しい温室とは冬の初めに施工完了予定となる。それに伴って、従業員の領も一緒に建ててもらっている。



 そして、その次に施工のお願いしていたのは、大図書館を作ってほしいという依頼。これは、民間の人たちにも本を読めるように屋敷にある書庫の本も全て一括として管理してもらおうと思っている。世界中の本を集めてそこに収めたい野望もあったり。領民は全員が全員本を読めるわけでもないので同敷地内に学校も作りたいということで、今お爺様と話を進めていた。それを冬に施工開始しても1年くらいはかかるだろうと思っているでしょ。あとは、リゾート地の開拓と、別荘地の開拓。この間ぽろっと出てきた植物園建設……。



――ん~?あれれ~……



 脳内で指折り数えていれば、半年では確かに急ピッチ過ぎるくらいにいろいろと提案しすぎたかも知れない。これは確かにリドクリフ様もけっそりだ。



「て、手紙は書きます……その……他のことはやりたいことを詰め過ぎた半年だったので恐らく当分はないかと……」



 ……たぶん。



 ぜひ、この言葉に納得してほしいという気持ちで言葉を投げてみたが、納得してくれそうにない様子。じっと見つめてくる若草色の瞳がぶれない。



「約束します。冬の間は、これ以上の提案は出来るだけ控えるようにします」



 がっくしと肩を落とす。お手上げだというように手を軽く上げると今度はリドクリフ様が子どものように笑った。大人っぽい顔が砕けた瞬間しか味わえないこの胸の高鳴り。これだからイケメンはズルいのだ。なにせ、それで悔しいなという感情が流されて仕方ないなって感情にされてしまうから。リドクリフ様はつくづく私に甘いところがあると思ったが、それはお互い様のようだ。



 私の、表情を見て満足したのか最後に額に唇を落とす。そして、力強く抱きしめるとしっかりと温もりを回収したリドクリフ様は立ち上がった。その顔は先ほどまで駄々を捏ねていたなさけなさがにじみ出ていた大人とはずいぶんと違って、しっかりと貴族の顔をしていた。



「さて、そろそろ出ようかな。また春に戻ってくるよ……次戻ってくるときは、リアラはどれだけ伸びているのかな。楽しみだね」



 その瞳はとてもやさしくて。単身赴任で離ればなれになる父親がいたらこんななのだろうかと思わせてしまう。



「10メートルとか伸びているかもしれませんね」


「ふ、ははは、私よりも随分と高い。それは期待しないとね」



 いつの間にか、個々で別れを惜しんでいた人々も玄関のホールに集まっていた。ルドガー伯父様も、ルーナもいる。ふたりとも随分とすっきりとした顔をしているので、何かあったのだろう。後で話を聞いておこう。あまりじゃじゃ馬娘になるのもいかがなものだが、知りたいものは知りたいのでここは素直に確認するつもりだ。



「それじゃぁ、お見送りありがとう。王都に来た時は、私の邸においで。ルリアもケンドリッチもリアラが来るのを首を長くしてまっているからさ」


「王都に行くつもりはありませんけど、行った時はお邪魔させてもらいます。……いってらっしゃい……リドクリフ様」


「…………、いってきます。リアラ」



 いってらっしゃいに、いってきますと優しい声で返してくれる。それだけでどこか安心した。



 今日から、リドクリフ様たちがいない半年が始まる。


 

一口メモ:王都で来年の冬からエステマリア領にいたいと兄王に直談判しだすリドクリフ様

     そして、泣き出す兄王をあやさなくなるのは目に見えてわかりますよね

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