65.大量のお土産と期待の産業
去り際に、お爺様と御婆様からお土産たくさん買って部屋に届けているからよかったら見てねって嬉しそうに言われた。そして、私はリドクリフ様に抱えられたまま、自分の部屋へと戻ったところだ。
「お爺様もお婆様も買いすぎよ……」
部屋を埋め尽くされた箱、箱、箱、箱。更に入りきらなかったのか、隣室にまで浸食している。隣室は特に何もなくてほぼ物置となっていたが一応は人が寝泊まりできるように整られる部屋だ。そこにまた、詰め込まれている箱たち。私はお爺様と御婆様が乗ってきた馬車の形を思い出したがこれらが入るところなくないか、と混乱していた。
「またすごい気合入れて買ったんだなぁ」
ルーナが目録です、と言って丸められた長い1枚の羊皮紙を手渡してくれている。
本に、服に靴に宝石にぬいぐるみ。勉強用の筆記用具にetcetc。流石の私もドン引きしている。なんなら、服の比重がとても多い。これから冬に入っていくから、衣替えも兼ねてなのだろう。しかも、あの人たちの経験則から私が成長しても大丈夫な大きさで仕立てている様子。これは、親ばかならぬ爺バカ婆バカとなるのだろうか。私以外にも孫なんてたくさんいるだろうに。ルーナは目録を渡し終えてからは荷物の片付けを手伝い始めた。ユリアとエリシアも忙しそうに動き回っているが、箱を開けて喜んでいるのは私よりも彼女たちだ。
服を開けては、わくわくしている様子。私よりも女の子だなと思いながら、私は目録に視線を向けた。このお土産の数に、愛されているなとは思うし、同時に有難くも思う。
そうやって、上からじっと眺めながら、ふと目が留まったのは植物の種たちだ。随分と品種がある。
「ルーナ、エリシア、ユリア。これってどこにあるかって検討ある?」
忙しそうに動き回る彼女たちを呼び止めると、彼女たちはピタッと動きを止めて私の手元にある目録に視線を向けた。そして、確かそれは隣の部屋にあると言われたので、これの中身確認をしたエリシアを先頭に私とリドクリフ様は移動した。
「何かあったのかな」
「植物の種が数種類用意してくださっているみたいで。あと、よくよく目録を確認すると、植物に関する学術書や図鑑があるようです。これらをセットにハンゼン様たちにお渡しして研究に使っていただけないかと思いました」
リドクリフ様も成程、と頷いて一緒に部屋へと入る。
すでに、どこにあるのか把握していたのかエリシアはこれです、と部屋の一角から箱を取り出した。その箱をぱかっと開けると、綿の上に丁寧に寝かされている種や球根たち。それらをリドクリフ様が受け取って、同時に植物に関する書物たちも準備してくれる。流石に、リドクリフ様が荷物持ちというのもいかがなものだろうということで、エリシアはすぐにエミルを呼んでくれた。
それらをエミルに渡すと、私たちは温室の方へと向かったのだ。
「何故植物の種や球根などをお土産にされたんでしょうね」
歩きながらエミルが気兼ねなく私に確認してくる。その顔は本当に不思議そうで、そのとりつくろわない姿に小さく笑ってしまう。
「お爺様は期待しているのよ。私たちが今やっている産業に対して」
それを聞いて初めてエミルは納得した。ハーブティーを特産にしようとする動きについては屋敷にいる人たちは全員知っている。なんなら街の人たちも知っていたりする。既に手に職がある人たちは参戦は難しかったが、新しい試みを聞いて最初は不安と期待と半分半分な様子であったが、いまでは街では気楽に安く購入できるものとして親しまれている。本当は、レシピをしたためて売りたかったが、平民の識字率は低い。読み書きがあまり得意じゃないのを知っているし、読める文字も怪しいところがあるので、それは出来ていない。だから、彼らが少しでも親しみよく飲めるようにブーゲンビリアの街限定で卸している。加工できる人数が多くないので、ライラックにまでは手を出せていない。それでも、噂が噂を呼んでわざわざライラックからブーゲンビリアに飲みに来る人も増えれば、加工作業に人手が足りないらしいという噂を聞きつけて就職希望者も増えている。
今は作業が、屋敷で行われているので作業に加われない人たちもいるが、工場が出来れば近くに宿舎もつけて生産ラインを確保するつもりだ。
今ですらこんなに盛り上がっている代表産業のひとつなのだから知らない人はまずいない。それに、そうやって雇用が増えたことで、ブーゲンビリアにも人が増えて活気がある。王都から戻ってすぐに、一定額支払うことで乗れる辻馬車の運行もスタートさせたからか、お互いの街間での人の運びもスムーズになった。
行政街で、ライラックのような賑わいはなかったブーゲンビリアも、たった1か月半で随分と人が増えてにぎわった。治安維持のために、エステマリアにいる騎士や衛兵の人たちも増やそうと思ったし、同時にお給金を増やした。それも一重に、ハーブティー業の売り先がほとんど貴族だからなのもあるし、民間の人たちが買ってくれた売り上げで財政は思った以上に潤わせているから。
そうやって生活水準が少しずつ上がっていくのを見ると私は素直に、頑張ってくれた甲斐があるなぁっと実感する。
そんなことをしみじみに思いながら、私たちは温室の前に来ていた。
「ハンゼン様いますかー?エルガー先生?アイゼンー」
温室の中に入りながら声を上げて呼ぶと、奥からひょっこりと顔を覗かせる影がある。
「あれ、リアラじゃんどうしたの」
気さくな言葉は本当に高位貴族令嬢だったのだろうかと疑いたくなるくらい。ハンゼン様が白衣を翻して駆け寄ってくる。鋭い目つきのまま、目の下にクマが出来ているのであまり良く眠れていないのだろう。
「ハンゼン様。きちんとお休みはとっていらっしゃいますか?」
本題に入る前に気になったことをじっとりと見つめると、ハンゼン様は苦笑いを浮かべて視線を向ける。彼女は、思っている以上に研究熱心な人な為、食事と睡眠を削る癖がある。ただ、薬を扱うということで、衛星概念はしっかりとあるのか1日1回のお風呂だけはしっかりと入っていたし、服は常に綺麗にしている。2、3日、寝ない食わないはするが、そこだけは徹底しているのか、会うときはいつも身ぎれいで不快感がなかった。
それはいいのだが、ハンゼン様はまだ若いのだ。だから、眠れていない彼女の現状がとても気になってしまう。勿論研究に費やしている時間は雇用時間内だから、お給料は出ているしこちらも減らすつもりはない。残業代だってしっかりと出す予定だが、それでも体に良くない現実があるのだ。体調が良くないとぐっとパフォーマンスが出来ない。どう見ても彼女は今体調は良くない。
「ハンゼン様、目の下にクマが出来ておりますわ。いつも言っておりますがしっかりと適切な睡眠をとっていただいて、しっかりと休んでいただかないといいものは作れませんよ」
これはハンゼン様に会うたびに私が言う小言だ。本人もそれを理解しているのか少しだけ申し訳なさそうにしていた。
「あとでハンネ先生にこのことは報告させていただきます」
私は腕を組んで胸をそらしながら言い切ると、ハンゼン様はがっくりと諦めたように肩を落とした。
一口メモ:結局ハンゼンはハンネに弱い




