62.夜の食事でのこと
最初にリドクリフ様と晩餐をした時以来、リドクリフ様は何を考えたのか一緒にご飯を食べるようになった。
朝は8時に、昼は12時に、夜は17時には食堂に顔を出してくれる。幼い体の私ひとりでは寂しかった食堂も、向かいにリドクリフ様がいるだけで、寂しさがなくなった。
食堂の雰囲気も、賑やかになった気がするのは、使用人が増えたからなのもあるだろうが私の気持ちが満たされたからなのもあるのだろう。普段忙しくしているリドクリフ様とゆっくりと話が出来る時間ということもあり、1日の成果や報告事はこの時間に伝えていることが増えた。
時折、お茶会のマナーの授業でリドクリフ様が相手してくれたりするがそれでも、基本はゼビエ夫人が殆どだ。まぁ、私が考えた事業のせいでリドクリフ様もハルシュタイン氏も忙しくしているのは分かるので、我儘は言えない。
だから、毎食の1時間は他愛もないコミュニケーションの時間となっている。
「明日、アルテンリヒト前侯爵夫妻が到着するよ」
私はアクアパッツアを口にしながら突然告げられた言葉に、動揺から咀嚼回数を増やしていた。
「明日は到着早々ということもあって引継ぎは行われないけれど、明後日から1週間で冬に備えての引継ぎを行うんだ」
口に含まれているものを喉に通さないと口を開けないので、ただただ増えた咀嚼で口を開けない私に代わってリドクリフ様が追加で言葉を投げてくれた。
ようやく、ごっくんとお腹の中に食べ物を押し込むと私は次に手を出さずに、一度だけ手を休めた。
「そうなると1週間後にはリドクリフ様は王都へ行かれるのですね」
なんだろう、口にしたとたんに少しだけ心がすぅすぅとするのは。
まだ半年。もう半年。色々な出来事があって濃密だった半年。すっかりといつも屋敷にリドクリフ様がいる生活に慣れていた。最初は、警戒していたが今ではすっかりと隣に彼がいることに落ち着いていた。お父さんのようなお兄さんのような。私の保護者は、血のつながっていない小娘をこうやって見守ってくれたのだから、感謝しきれないものがある。
「寂しい?」
私が次の言葉が出てきていないで思いふけっているからなのか、リドクリフ様がからかい半分の表情で聞いてきた。
寂しいのか、と言われて心がすぅすぅする感覚に納得した。
「はい、……とても、寂しいです」
「…………っ」
「あ、そうです。リドクリフ様」
私の言葉に返事が返ってこなかったので、数秒だけ静かな空間となった。とたんに、ふと思い出したことがある。それは、婚約者問題だ。私は一応リドクリフ様の婚約者だが、リドクリフ様にいい人が現れれば婚約解消となる契約もしてある。そのことを忘れてはいけないのだ.
「もし、王都で気になる方が現れたら私のことは横に置いてしっかりとアタックしてくださいね」
すっかりとしんみりとした空気を打破しながら手を止めていた食事を進めた。
そのあっさりとした対応に、リドクリフ様は少しだけがっかりとしたように肩を落として、私に続いてご飯を口に運ぶ。
そうして他愛のない会話が続きながら、しっかりとデザートまで堪能する。食後はお茶の時間で、私は冬に向けて新作として出された香りが甘く柔らかでミルクと相性のいいハーブティーを口にしていた。ハーブティーの生産は思っていた以上に、薬師の皆さんが盛りに盛り上がってくれていた。その中でも、唯一監修はするが政策に携わらず化粧水の研究だけをするのがハンゼン様だ。ハンゼン様は、薬にも毒にも知識が富んでいるためか、集まった薬師たちに随分と慕われていた。特にエルガーが懐いている。
ことあるごとにハンゼン様の手伝いに行ったり、分からないことを質問したりと、よく親鳥の後ろについてくるひよこのようにも見えた。ハンゼン様も、とても面倒見が良く、口も目つきも悪いが教え方も上手で手を抜かない。相手の言葉を否定せずに最後まで聞いてから意見を聞くので、この屋敷の薬師たちは彼女に師事を受けることが増えた。
一度、仕事量の多さに給料を上げようと相談をしたところ、
「いいよ、そんなの。研究費だって馬鹿になんねぇじゃん。それに、あたしに怖がらずに教えを請いてくるのってのも珍しいし、この状況を意外と楽しんでるよ」
そういって私の頭を数回撫でたので、恐らく子どもは嫌いではないのだろう。第一印象があれだったので少しだけ驚いた。
そうして、研究メインだがなんだかんだで新作を作るときにはいろいろと意見を口にしているらしく、それで出来上がった新作のひとつが今口にしているこのハーブティーだ。
あまり多くは作れずに販路も決まっていなかったが、リドクリフ様の裁量で街に大きめの温室と生産工場が冬に建つ見込みだ。すでに、人員の募集を呼びかけており、応募を来た10歳の子どもから良い大人たちまでがちらほらと名乗りを上げている。今は、その人たちが通いで屋敷に出入りをして、そのノウハウや手順を確立させている期間だった。その間も、日当ではあるがお金を払っているので、皆してかなり真剣にとりかかってくれている。
販路の方は、ルーナとエルガーの実家であるケネディック商会が取り持ってくれている。
すでにリドクリフ様がいる間に、私の目の前で締結され、今ある分は私の顔見知りのお貴族様ご用達で売れていた。
ユージェニー侯爵家のお茶会とアルテンリヒト家のお茶会で出されたのが功をなして、今では予約制となっている。
それと同時に、折角栽培し始めたのだからハーブを使用したもので他にないかな、とかそんなことを思って、
「石鹸……」
ハーブティーの優しい香りを嗅ぎながらふと思いたった言葉を零すと、向かいのリドクリフ様が怪訝な顔をする。同時に、後ろで仕えていてハルシュタイン氏がどこか楽しそうに表情を歪めていた。
一口メモ:ハンゼンは実は子ども好きだし、可愛いもの好き。
リアラを一目見た時から可愛さに打ちのめされている




