55.世界は広いのだ
説明し終えてから沈黙が流れる。私は、熱弁しすぎたので喉を潤すためにジュースを飲む。何か頼もうかなと思って、店員さんを呼ぼうと手を挙げかけた時だ。
「なんで、俺なんだ」
向かい側から聞こえてくる声。私は挙げかけた手を下ろすと、こちらを睨むように見つめてくる琥珀を見た。
「なんでって、君が俳優になりたそうにしてたから」
特に理由はない。俳優になりたい彼と、俳優を探していた私。需要と供給がたまたま重なっただけなのだ。
「価値を見出して君にしたとかそんな5歳の私が分かるはずないじゃない。ただの5歳児だよ?歩くのにも、婚約者に抱っこさせてもらってるくらいに何も出来ないのに。君に何かを感じるとかそんなはずないでしょ。たまたま私は俳優にしたい人を探してて、たまたま君が他の劇団員から追い出されるのを見た。それだけよ。価値を見いだして欲しいならその後の自分の実力の身につけ方じゃないの?」
なんか、隣でドン引きした瞳を向けてくるリドクリフ様はガン無視をする。
私の言葉に半分ショックを受けている様子に、14歳の夢見がちな少年には酷なことを話したのだろう。
「夢は大切よ。持つことにもそれに向かって叶えることにも、努力は必要なの。夢を持ってても、現実はそれを叶えてあげられるほど優しくなくて、気がつけば、夢は夢で終わって、自分の中で崩れていく。夢を持ち続けるのは才能。そして、夢を叶えるために努力をするのもまた才能。そこに、何かしらの縁があって叶えるきっかけがある時、それは、運命なんじゃないかしら。貴方の運命は、どのタイミングなのかしらね」
前世の私がそうだったから。長い路上ライブ経験を得て、私を欲しいというレーベルがいたからああやってデビューしたのだ。そこが大きくても小さくても必死でしがみつくことを選ばなくては。
私は言い終わると、挙げかけていた手をしっかりと挙げてウェイターを呼ぶ。すかさず現れたウェイターに、私はアップルパイを。リドクリフ様はタルトを頼む。ついでに、エルヴィンにも聞くと、エルヴィンは私と同じアップルパイを言ってきたので追加で頼んだ。
少年が悩んでるのは一重に、歌劇という未知なるものによる不安だけではないだろう。馬車で5日かかる未開の地。そこに行くことで家族から離れることに不安になってるのだろうな。なんて、アップルパイが来るまでの間、オレンジジュースで間を持たせる。
14歳と言ったら奉公に出ていてもおかしくない年齢なのだ。それをこの歳までここにいるということは、他に理由があるのだろうなとぼんやりと思ったが、あくまで憶測なので下手なことは言わない。
もしかしたら何も無くて、劇団に入りたいからここにいることだってある。子どもは無限の可能性なんだからさ。
「エルヴィンは文字は読める?」
「いえ……」
「なら、文字を読めるようになるところからだね」
「エルヴィンの知ってる神話は?」
「それは――」
そうして、のんびりとした空気でお互いの頼んだものを食べ切る頃には、すっかりといい時間だった。
「3日後には私たちはエステマリアに帰るから、それまでに答えは決めてくれると嬉しいなぁなんて」
どうやって連絡を取ればいいのか分からない。どうしようか、なんてリドクリフ様を見ると、そこはこちらに投げるのかと呆れた笑いを浮かべている。
「3日後の12時までに、商店街横の馬車置き場に立っていれば拾うように手配しておくよ。もし、そこにその時間までに私たちがこなければこれで、エステマリア領までいけるはずだ。逆に君がそれまでに来ないと決断したのであれば、それは生活費にしてくれて構わないよ」
そういって、どこから出したのかいびつに膨れた袋を取り出した。それを、テーブルに置くと、中で金属音がこすれ合う音がする。これ、お金だと思ってはっとする。
「リドクリフ様、ここで大金を出されては周りの人に彼がお金を持っていると思われて襲われてしまいますよ」
慌ててリドクリフ様に耳打ちをすると、そこでリドクリフ様も気が付いたのか慌てて出したものを懐にしまうが、時すでに遅しである。ちらちらとカフェの中でも外でも私たちの様子をうかがっていた。恐らく、少年にお金を渡すと途端に周りに囲まれてしまいそうな雰囲気だ。私とリドクリフ様はしまったなぁーという表情を浮かべていると正面からふっと小さく笑い声がした。
「し、失礼しました……おふたりともとてもよく似ている表情をされるので」
楽しそうに笑い出したエルヴィンは、お腹をかかえて少しだけ前かがみになる。そんな少年をしり目に私とリドクリフ様は顔を合わせてしまった。
ひとしきり笑って落ち着いたのか、エルヴィンはどこかすっきりとした表情をしている。
「俺にはお金がないですよ」
突然切り出した言葉とは裏腹に、どこかしっかりとまっすぐに私を見つめる視線。私は、その表情で満足した。にっと口角を持ち上げてはまっすぐと座る。
「私の屋敷の使用人になればいいわ。衣食住は保証するもの」
「額もなければ文字も読めません」
「それはこれから学べばいいのよ。屋敷にはいろいろな人がいるもの。私を見てくれている家庭教師の先生だっているわ。望めば文字を教えるようにお願いします」
「俳優になりたいと言っていたけど、演技力もない」
「それはあなたの練習次第じゃないかしら。そうね、月に何回か読み聞かせをしてみたらどうかしら。文字を学んで、絵本で子どもたちに読み聞かせ。読むことを、口に出すことを、感情をそれで覚えたらいいんじゃないかしら。私も一緒にするわ。それに、劇場を作って実際に劇団を立ち上げて、劇場で劇をするとなるともっともっと劇に関わる人たちを呼ばなくてはいけないから、その中に上手な人がいればその人を手本にしたり教えを請いて自分で学びに行く。これってすごく大事よ。私はこの通り恵まれた環境だもの、それは座ってでも受けられるわ。でも、あなたはそうじゃない。自分でしっかりと足を動かして学びに行きなさい。劇場を造るのだって何年後になるかも分からないのだもの、私の家で働いてお金をためて外に出たっていいの。だって、まだ若いんだもの。その土台は私が作ってあげる。あとはエルヴィン、貴方次第よ。どう?エステマリア領に来ない?」
私は行儀が悪いのを分かっているが、立ち上がると大きく手を広げ言葉を大げさに伝えた。身振り手振りで、表情も大きく変えて。普段は使わない言葉使いで。この世界は広いのだと、少年に知ってもらいたくて。劇団は王都だけではないのだ。彼が私の領でまずは足掛かりにしてくれるのであれば、私は惜しみなくその努力と粘り強さという才能を買おう。
差し出された私の小さな掌に、エルヴィンの大きな掌が重なった。
一口メモ:その後のふたりの会話
リド「リアラにあんな演技力あると思わなかったよ」
リア「そうですか?」
リド「普段もあれくらい、はっちゃけて喋ればいいのに」
リア「いやですよ。あれだけで、半年分の元気使い果たしましたから。リドクリフ様がエステマリア領にいない間に元気充電しておきます」
リド「…………そっか」
リア(なんでこの人嬉しそうなんだろう)




