54.私の理想
青年をナンパした通りより大きい道にある、少し小洒落たカフェのテラスに私たちはそれぞれ相対していた。
青年とリドクリフ様は紅茶を。私はオレンジジュースを頼んだ。氷が高価で普通の喫茶店にはないが、生活魔法で器を冷やすことは出来るのか、出てきたオレンジジュースのカップはとても冷たかった。
「えぇーっと、名前は?」
恐る恐る紅茶を飲む青年に、私は話を切り出す。
なんであんたがと思ってるのだろう訝しげな表情をする青年だが、根は素直なのだろう。
「エルヴィン」
ぶっきらぼうに名前を答えてくれるのでそれだけで問題ない。意思疎通がちゃんと出来るというか、取ろうとするその姿勢は大事だ。それが例え相手がちびっ子でも。
「そう、エルヴィンね。私の名前は、リアラ。リアラ・エステマリアよ」
「リドクリフ・ソングラインだ」
リドクリフ様の言葉を聞いた途端青年は、猫背気味の背筋をピンと伸ばした。流石は元王族だ。庶民にまでしっかりと名前を轟かせていた。ソングラインという、姓も含めてだろう。
「え、あ、え、王弟でん……」
「すまないが、今日は非公式だ。そこまで大事にはしたくないからそれは内密に」
人差し指を立ててお茶目にウィンクするリドクリフ様。それに、ノックダウンするエルヴィン。おいおい、蕩けた顔すんなよ。そういうのは、ジャンル違いだぜ。
私は、内心面白くないと思いながら、オレンジジュースを口に運ぶ。
「リドクリフ様、薔薇を咲かせるならよそでお願いします。お止めはしませんが、間近で見ると複雑なので」
私がしれっと告げると、リドクリフ様はごめんごめんと笑って私の頭を撫でてくる。なんでそんなに嬉しそうな顔をしてるのか、解せぬ。
「それで、えぇーと、リアラ……様?とリドクリフ様は俺に……いえ、私の才能を買いたいとの事なんですが」
エルヴィンは、私の正体が未だ掴めきれてないからなのか、接し方に迷っているようだ。王弟殿下であらせられるリドクリフ様の隣に並ぶ謎の美少女。しかも、主導権はそのお子様が握ってるとなると第三者から見た構造は謎を産むことしかないのは分かってる。
さて、これからは面接に近いよね。私もぴんと背筋を伸ばしながらまっすぐにエルヴィンを見つめた。それに釣られるように、さっきまで威勢のいい表情はなりをひそめて真面目な顔になる。
美青年が真面目な表情になるとこれまた迫力があるな。
「エルヴィン、年齢は?」
「14です」
おう、14歳。もっと年上かと思ってた。
「御家族は?」
「父と母と、兄妹が3人です」
「6人家族で合ってる?」
「はい」
ふむ、と顎に手を当てて考える。
「単刀直入に言うね。エルヴィンはエステマリア領って分かる?」
「いいえ」
だよねー。知ろうと思わないと知りえないような土地ではある。親戚とかいないと外の世界はほとんど分からない。地図だって上手く読めるか分からないもんな。
「ここ、王都から南に馬車でおおよそ5日の距離にある土地。王都からも遠い場所にエステマリア領はあるの。で、この私そのエステマリア領の次期領主なのだけれどね」
そこで驚いた顔をするエルヴィン。やっと、相対している相手がどんな人か分かったらしい。
「そのエステマリア領は何も無くてまだ発展途上なのよ。というのも無いのは文化でね。このエステマリア領は裕福よ。万年人手不足で仕事もできるし。領内に海があるから外国人も多い。今後は色々な事業を展開する予定でこれから潤うと思うの」
そこに自分とは何が関係あるのだろうかという顔をしている。14歳なのだから、こんなに熱弁したところで分からないだろう。だが、掴めるチャンスは掴ませるために私は貴方をナンパした。
分からないを全面的に出したその顔は良くないが、私も領のプレゼンしかしてないので彼のしたいことと上手くイコールに繋げさせていないことは分かっている。
だから、私は続けた。
「その中には貴方がやりたがっている劇もあるわ」
そこで彼の表情が一変する。先程までピンときてなかったと言うのに、変わって真面目な表情だ。
「私はエステマリア領を文化発祥の地にしたい。真新しい流行りの最先端をここにしたいと思ってる。まだ、劇場も劇団も劇作家もいないけれどね。だからこれからなの。もしかしたらそれは同じこの国の人かもしれないし、外国から来た俳優さん達かもしれない。それに、私はここで見れるのは貴族だけじゃなくて貴方たちみたいな庶民も見られるようにしたいの。文化は、たくさんの人達に触れられてナンボ。文化を楽しめる余裕があるのは、それだけ心と生活に余裕があることが前提だと思ってるの。だから、私は領民が気軽に観劇出来るようなそんな余裕のある生活ができる領にしたいと思ってる」
段々言葉に熱が入るが、ここは一般的なカフェだ。声を張りたくなるのを意識して抑えながらまっすぐに琥珀色の瞳を見つめる。
「そこでエルヴィン君。君、私の領で俳優しない?」
結論はそこだ。彼を呼び止めた理由はこれだ。
「あと、君、歌歌うの得意かな?」
何が意を決したような顔をしてくれていたが、次の瞬間瞬きを繰り返す。
「歌?」
そうた歌だ。歌なのだ。この世界には圧倒的にない文化がある。それは、ミュージカルだ。この世界にはオペラはあるが歌劇は無い。オペラは音楽で表現するがミュージカルは、歌って踊って更には演じなくてはならない。だからこそ華やかだ。
「君にやってもらいたいのは、オペラではなくて歌劇。歌う、踊るともうひとつ。演じるが混じった、ただの演劇よりは高度な技術だけれどとても華やか。誰も見たことないようなそれを、私はやりたいと思っているのだけど、君には出来たりするかな。勿論、劇場は出来てないからそれまでに君と他にも探すけど、演者たちはその間に歌と演技の稽古は付けてもらうし、、踊りは申し訳ないけどフリを自分たちで考えて貰うかなとは思う」
どうかな、と熱弁後にエルヴィン少年の顔を伺うと少しだけ不安に揺れてる琥珀。
隣のリドクリフ様は、聞いてないよ、というようにただ呆気に口を開いている。私が豪華なお家を見る度に開いた口が塞がらない私の状態に近いだろう。
後で説明するから、今は面接させて欲しい。
一口メモ:こんなにべらべらと熱をもって話すリアラを見たことがないリドクリフはかなり驚いている




