49.敏感なお年頃
「ジュード」
フランシス殿下が、末の王子様に咎めるような声を出すと、少年はぐっと唇をかむ。
「だって、こいつの親ってお母様のことを――」
「ジュード!?」
少年が私を指さして、何かを叫ぼうとした途端主賓席に座っている人が、声を荒げて名前を呼ぶ。とたん、5歳の王子様は泣きそうな顔で口をつぐんだ。
「リアラ嬢すまない息子がまさかこのようなことを言い出すとは思わず……」
「なんで、お父様までそいつの肩をもつのさっ!!!~~~~……っ」
何をどう言われたかは分からないが、確かに私の両親の話は5歳児にはかなりショッキングに近いものだ。それを、あえて5歳児に話したやつがいるのだろう。そうして、私を咎めようとした人がいるのだろう。
目の前で、親に怒られて泣きそうになっている子どもを見ると少しだけ胸が苦しくなる。家族も兄弟たちもきっとこの場でどう声をかけていいのか分からない。一応、エンネア殿下が少年の背中をさすって慰めているが、それすらも拒否る。それでも、席を離れようとしないのは王子様の矜持か家族からの肯定を待っているのか。
「席を離れるご無礼をお許しください、陛下」
私が、陛下に視線を向けると陛下は困惑した表情でひとつ頷いた。それを確認しては、ぐるっと長いテーブルを回って少年のもとへと向かう。幼児体系の私にとって、この机は長すぎる。移動中、場にいた全員が私のことを注視していて恥ずかしい。
やっと、席の隣に来ると少しだけ敵意の混じった視線を向けられた。きっと、両親の話を聞いて、そういうことをお母さんにしたのだから、私も同じように何かしてくる。王子様にとって私は敵であるのだと、子どもに吹き込んだんだろうな。私と違って、精神年齢イコール肉体年齢の幼い王子様は信用したのだろう。汚い大人たちはだから嫌いだ。
「お初にお目にかかります。リアラ・エステマリアと申します。ご無礼を承知で、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
ドレスの裾をつまんで、先ほど入り口でしたカーテシーを王子様の前でもう一度する。すると、王子様は少しだけぐっと体に力が入った。
「ジュ……ジュード」
「ジュード殿下とお呼びしてもよろしいでしょうか」
同じ年くらいの少女が、怒りもせず嘆きもせず、泣き出しもせず。それは淡々と挨拶をこなしてくれば、同い年としても警戒してしまうのが分かる。私だったら、私と同じように対応してくる人が来たら確実に警戒する。だから、ジュード殿下が私を盛大に警戒しているのが分かる。それでも、私の問いかけに警戒しながらも頷いてくれたので、安心して表情が緩んだ。
「では、ジュード殿下、わたくしのことはリアラと是非お呼びください」
掴みは問題ない。警戒は見せるが、素直に頷いてくれるジュード殿下は5歳児ということもあって可愛らしい。
母親に似た目許。薄い唇に、幼さの残る少しだけふっくらとした頬。ミルクティー色の髪いろやら優しい緑色やら、真っ白い肌になじんで柔らかい色合いがとても似合っている男の子だ。リドクリフ様も、雰囲気がとても柔らかいから同じ香りがする。
だからこそ、彼に私への悪意をぶつけている人たちがいることが許せない。子どもは、それに影響されやすいのだ。私でさえ、悪意に敏感なのだから。
「では、ジュード殿下、聞かされたわたくしの両親のことに対して思うことがあるのでしょう?それ、わたくしにぶつけてくださっていいですよ。言葉でも暴力でも好きなだけぶつけてください。それを全て受け止めますわ。その代わりこれきりにしてくださいませ。きっとこれからもジュード殿下の周りで、わたくしに向ける憎悪をジュード殿下を通して投げつけようとする人たちは来ると思うのです。それにジュード殿下は心を砕く必要はありません。わたくしの親の話ですもの。貴方様がそうやって苦しい思いをする必要はないのです。王妃陛下を見てください。ジュード殿下を含めました家族に囲われて、今とても幸せにお見受けしておりますわ。貴方様が、その幸せを疑ったら、きっとお父様である国王陛下も、お母様である王妃陛下も、お兄様お姉さまであるフランシス殿下もエンネア殿下も悲しいじゃないですか。だから、今全部吐き出してしまいましょう」
どれくらい私の話した内容が理解できているかは分からない。だけれど、子どもは他人の言葉を完全ではないがだからって全く理解できないわけではないと思う。言っている言葉の意味がとれていないだけで、聞いた内容はしっかりと頭に残るし、聞いていないようできちんと聞いているのだ。だから、とても腹立ってしまう。
そんな被害を受けた幼いジュード様は、心が優しいだけあって私の言葉に耐えていた涙があふれてきた。エス様の子どもらしい声を大きく上げて泣くのではなく、ぐすぐすえぐえぐと嗚咽を漏らして、ぼたぼたと零しては語りだした。
誰から聞いたかは覚えていない。私が訪れると知らせてが来たのが2日前だったとのこと。その時、たまたま中庭に出ていた時だ。10代後半のご令嬢が私の話をしていたらしい。見た目や服装などはあまり見えていなかったが、片側は金色の髪が特徴的だったとのこと。
そして、そのご令嬢方は、私とリドクリフ様の婚約の話をしていたと。そこにジュード殿下がいたのを知っているかは不明だが、その際に「王妃陛下を公衆の面前で盛大に恥かかせた男の娘」と正確に言葉を述べていたらしく。弟であるリドクリフ様のことを思っている国王陛下が可哀そうだとか、そうやってまた王家に対して不幸をもたらそうとしているだとか、の話を聞いたと。
それを聞いてショックを受けたジュード殿下が、それからずっと私から家族を守る方法で悩んでいたのこと。私は、独白のように語るジュード殿下を抱きしめたくなった。だが、立場がそれをさせてくれない。同じ子ども同士でも、王子様の御身はとても尊いものだから。元王族であるリドクリフ様がやたら目ったら私に触れるから、その感覚が麻痺してしまうが、線引きは大切だ。それを知っているかのように、隣からにゅっと伸びた手にジュード様は抱きしめられた。エンネア殿下がジュード殿下を優しく優しく抱きしめる。
「ありがとうね、ジュード。私たちを守ってくれようとしたのでしょう?」
その言葉は、しっかりとお姉さんだった。ジュード殿下のお姉さんだ。攻めるのではなく、しっかりと受け止めて包み込んでくれる。いいも悪いも今はいったん横に置いて、彼が仕様としたことをしっかりと理解して、その行動に向けた感謝を。
その一言で、王家の教育が全てわかる。
私は、この人たちが私の暮らしている国の王族でよかったと、この光景を見て素直に思ったのだ。
一口メモ:子どもは思っている以上に大人の会話を聞いている。ひそひそ話や悪口。そういうのを全てとらえて傷つくのにね、って私の実の姉の言葉を思い出しながら書いていました




