46.悪意と礼儀
熱が完全に下がって、体力を戻すのに4日は引きこもっていた。その間に、リドクリフ様と国王陛下の間で婚約許可の契約書は結ばれてるし、アーレン伯父様は一度見舞いに来てくれたが、そのまま帰ってしまうし。
逆にルドガー伯父様が、これ幸いにと私のもとに毎日通う。むしろ、泊まっていくこともあるレベルでよくソングライン邸に顔を出す。
そして、その度に何かしらプレゼントをくれるのだ。最初の頃は私だけだったが、3日目あたりくらいからルーナにお菓子のお土産をくれるようになった。
餌付け、なのだろうか……。
熱が落ち着いた頃から、ずっと疎かにしていたピアノの練習とギターの練習を始める。そして、溜まっている課題もやっていく。
そうして過ごした4日間。そうやって、時間を潰した4日間。
私はやっと、馬車に乗ってリドクリフ様と一緒に城門を潜り抜けていた。王都に来てから5日目だ。随分と熱が続いたと思ったが、元々季節の変わり目には体調が崩れやすかったのだ。春から夏に変わるこの季節に、長距離移動で今までに接したことのない赤の他人たちがいる屋敷への滞在。精神的にも体的にも気を張っていたのだろう。
アーレン伯父様が馬車から出た直後にぶっ倒れたということは、リドクリフ様相手に安心しきってしまったということだ。だから、体調崩しやすいところに更なる負荷がかかったのだろう。普段は2日目にはピンピンとしているのだもの。ただの疲れからと医者からも診断を貰っていた。
今後は、慣れない土地には長く居座るのはやめておこうと固く決意しながら、馬車は王城の停留所に停まった。
普段、リドクリフ様が私を抱き起して馬車を降りるが今日はきちんとしなくてはいけないので、リドクリフ様のエスコートで馬車を降りた。
その途端、辺りの空気がざわりと沸き立つ。
――普段から王城には人が多いだろうが、今回に限っては尚更なのだろうな
一定の距離を保った距離で貴族が見定めている。聞こえるか聞こえないかの距離でささやく言葉たち。それには、悪意と好奇心が混ざっていた。
「あれが噂の」
「ソングライン公爵様の婚約者様なのね」
「まだ、5歳というのは本当だったんだな」
「まさか、公爵様がそういう性癖をお持ちでいたとは」
「いやいや、あのご令嬢はかのエステマリア伯爵家の生き残った御令嬢だとか」
「そうなるならば侯爵様は慈悲で彼女を婚約者にしたということか」
「父親と同じように婚約者を裏切りはしませんこと?」
「侯爵様、おかわいそう。あの娘が我儘でつなぎとめたに違いないわ」
「愛らしい見た目をしてお母さまと同じ汚らわしい血が流れているのね」
「フィリップ様もあの女狐にかどわかされたのだから――」
ざっとまあ、こんなところだろうか。ここで品定めされているだけで、親の過去や諸々を知らされそうだ。嫌だ嫌だ、私が耳にしたくないタイミングで親の過去話なんてしてほしくない。私は、ギャラリーたちのひそひそ声に立てていた耳をそっと下した。
陰口も悪意も耐えるようにはする。それでも、浴び続けたいものでもないし、向けられるそれらはとても痛くて嫌だ。できればそういうものを浴びない世界にずっと引きこもっていたい。そう、エステマリア領とかに。それか、ソングライン公爵家のタウンハウスに。
私は、着飾ったドレスの裾をぎゅっと掴んで絶えた。今日は侍女のルーナも来ていない。後ろには、ハルシュタイン氏しかおらず彼が周りに睨みを利かせているが、効果があるのは一瞬だ。群れで襲ってくる虫たちに拳を振り上げるとそこからわっと避けるような。それですぐに形成してまた襲ってくるような。そんな悪意。
病み上がりだというのに過酷な環境だ。だからこそ、私は隙を見せたくなかった。
リドクリフ様が私の後見人として、恥ずかしくないようなマナーを。王家の人たちも納得させるような威厳を。私は、ゼビエ侯爵元夫人にどのような姿になりたいかを聞かれた時にそう伝えている。5歳であろうとも、5歳だからこそ私は前をしっかり歩く。
噂の話を聞いてもまっすぐと見据えて歩く子どもの姿に、大人たちは動揺を隠せずにいる。ひるんだところから、私は王城へと足を踏み入れたのだ。
「こんにちは、リアラ・エステマリア伯爵令嬢、僭越ながら本日の謁見の場までは私がご案内させていただきます」
廊下を歩いていると目の前にルドガー伯父様が登場する。今日の道案内役らしい。人目があるため、礼儀正しく丁寧なお辞儀をしてくれる。
「ごきげんよう、ルドガー・アルテンリヒト様。わざわざのお迎え感謝痛み入ります。王城は不慣れな場所でしたので、お迎えに来ていただき安心いたしました」
遠くで見ていた貴族たちが私たちのやり取りを見てほぉっとため息を零す。
「リドクリフ様も、スティルス様もお久しぶりでございます。本日はよろしくお願いいたします」
ルドガー伯父様に、同じように丁寧にお辞儀をするふたり。やはり、周りに貴族の目があるということも含まれるが正式訪問ということでマナー通りの挨拶を通す。そうして、私の歩幅に合わせて男3人が歩き出した。私も、前を向いて歩きだそうとするが、ここまで見ていただいた方々に礼儀をもって退場させていただきたい。
くるっとその場で半回転すると、遠目で見ている貴族たちに深く深く丁寧なカーテシーを見せる。そして、たっぷり数秒としたあとに最大限の穏やかな笑顔を向ければ、誰もが口をつぐんだ。そんな人たちに興味がないというように、ドレスの裾を揺らして、少しだけ先を歩いていた、男性3人のもとへと歩き出した。




