42.半日の馬車旅
少しだけ真面目回です
アルテンリヒト侯爵邸を出てから北へ馬車で半日程度。王都は、思っているよりも目と鼻の先にあるもので、その間の馬車道は整っていて揺れが少ない。
私は、リドクリフ様の膝の上に座っている状態なので、アルテンリヒト侯爵邸へ行っている最中よりも楽だった。
アルテンリヒト侯爵邸に向かう際中よりもお尻は無事だ。エステマリア領を出て8日が過ぎた。そうして、今日は元々予定になかった王都へと向かうこととなった。婚約の話と言い、王都行といい予定外の話が続きすぎて、少しだけ息が苦しく感じる。
広大で豊かなアルテンリヒト領。農業と酪農がメインで、特に緑豊かな野菜畑が良く見える。
向かいに座っているアーレン伯父様が私をじっと見つめた後に、大きな掌が私の頭を撫でてくれた。
『馬車の中でただ領を見つめているだけでは面白くないだろう』
そういって、伯父様はアルテンリヒト領について説明してくれた。
海に面した縦長のこの王国。海に面している南西を領地としているアルテンリヒト侯爵領はとても広く、またそれぞれの地方に貴族を置いてその貴族たちに領地として管理をしている。エステマリア領もそのひとつだ。
地方貴族たちの納める税は全てアルテンリヒト領が集約して王都へと提出している。主に農産業が盛んで、海に面しているエステマリア領などは漁業も盛んだ。実際に、エステマリアの屋敷で出る料理は海産物が多い。リドクリフ様と食べたりするときはお肉になったりするが、私はこってりよりも口当たりのいい魚料理のほうが好きだ。魚のフライとか、出してもらえたらいいのになと思うが、私の前世はもっぱら料理をしていなかった。
家事は得意じゃなかったので、お金が出来てからはハウスキーパーに頼んでいたくらいだ。食事に関しても、通称コンビニ貴族だった。サラダと、チンするだけの総菜と外食。家を飛び出してから手作りなんてしたこともない。それでも、時々気が向いたら食事を作ったりしたが、大抵は卵かけごはんとか、そうめんとかそういうのばっかだ。ねばねばが体にいいと聞いてからは、山芋を毎日擂って納豆とオクラと混ぜて食べていたくらい。そんな程度の料理スキルしかないので、食の改善なんて見込めないだろう。
まあ、ハーブティーとかは私が要望して、その我儘が通ったという感じなので、私は特に関わっていない。頑張ったのはエルガーとアイゼンだ。
話は戻るが、アルテンリヒト領の殆どは農業と言っていい。今も窓の外に流れる野菜畑に納得がする。
南西に位置するということもあり、比較的に温かい地域だ。茄子に、トマトに胡瓜等々、品目を上げると際限がなく。
それらを酢漬けにされたピクルスが毎食付け合わせで出てくるのを思い出す。子どもにはあまり人気がなさそうだが、前世で結構好きだったので今でも割と好んで食している。
そういう加工品も含めて、このアルテンリヒト領では特産としており、品質が高く、買い手も多い。エステマリア領は割と南に位置するが、最南端に位置する地域ではサトウキビを栽培しており、これがまた高価格でアルテンリヒト領の税収の殆どを担っていると言われている。
領地自体はそこまで大きくはないが、領全体が砂糖生産に力を入れているので裕福なのだとか。
エステマリア領は、土壌も豊かで農作業も酪農地としてもとてもよく、貿易するための船着き場まであり外国人含めて商人の行き来もよくしていた。
だが、それはライラックの街だけでブーゲンビリアを通りすぎていた。商人は、「時は金なり」を地で這うような人たちばかりなので、エステマリア領に長く滞在することもなく、1日だけ休養を取るとすぐに次の街へと向かうばかり。
更に、豊かとはいえ、今までこれといった特産品がなかったので、税収は下降することはなかったが上昇することもない腹這いが続いていたとのこと。
『フィリップは兄弟の中でも2番目に頭が良かった。私よりもね。常に学校では成績優秀者として、国王陛下と女王陛下といつも成績を競い合って仲が良かったのだがなぁ……。なんでああなってしまったんだろうか』
スぺニア語で零れた本音を誰が拾うこともなく、アーレン伯父様は切り替わっていく外の風景を少し寂しそうに眺めていた。恐らく、父に期待していたのだろう。エステマリア領の開拓を。更なる発展を。それだというのに、蓋を開けると火の車にしてしまった。その元凶は――――考えないほうがいいんだろうな。
少しだけ重たくなった空気が嫌だ。
アルテンリヒト領に来てからわかる、父の一面。
父の元来の生真面目さと努力家というのを見せないでほしい。私にとっては知らない人なのだ。知りたいとも思っていない。勝手に教えてくるのだ。私という存在を目の当たりにした身内が、どれだけ父が本当はいい人だったかを。
私は、元来からの屑であってほしかったと思っていた。そしたら、簡単に恨めるから。私という存在がありながらも、断罪されるまで領をほったらかしにした両親を、最後まで恨めるから。だけど、元来からの屑人間であればあんな豊かな領を与えることも伯爵という爵位も渡さないだろう。そんなこと分かっている。
私は、リドクリフ様の上で身を乗り出して窓に手を伸ばした。一気に窓を開けると、ぶわっと生ぬるい風が押し入ってくる。少しだけ湿ったようなしけた空気が一気に爽やかな風に支配され、雰囲気が一変した。
吹き込んだ空気は暖かくて、眩しいほどの日差し。いつの間にか、長袖から半袖へと変わっていた。ふわふわとした感情のまま過ごしたこの約3か月。私は、夏が来たのだと、今やっと自覚した。
一口メモ:リアラがエステマリアの屋敷に来たのは3月中旬です。そこからだいたい3か月が経過しているので、実は7月に入ろうとしています




