33.朝は閣下と一緒に
7時になると、ユージェニー家の方から使用人がエス様を迎えに来てくれたので、彼にしっかりとサーブし、隣室へ退室するエス様を見送った。そして、入れ替わるように隣室に繋がる扉から閣下が顔を出す。
寝起きで眠たそうにしてはいるが、閣下の服装はしっかりと寝間着から普段着へと変わっていた。
私も、顔を洗って普段着へと着替え、髪の毛もルーナに整えてもらった状態で閣下を迎える。
朝もルーナがハーブティーを淹れてくれるので、閣下と並んで口にする。朝食は8時から。自室で食べると前もって伝えているのでそれまで、ゆっくりと出来る。
「昨晩は助かったよ」
ハーブティーを飲みながら、ほぉっと息を吐く閣下に私は何が?と首を傾げる。
その様子に、閣下は小さく笑った。
「避難所として提供してくれて助かったよ」
しっかりと主語をつけて貰えたので、やっと思い出したように私は両手を叩いた。そう言えば、昨晩少しの間、ここに閣下は避難していた。私が忘れていたが。というより、ベッドに入って即で落ちたので忘れていた。
「閣下は何に避難していたのですか?」
まあ、大方想像はつく。私は、ひとりの女性を思い出しながら外れて欲しいと願う。なにせ、彼女には婚約者がいるのだ。そんな人が、閣下に迫るだなんて、普通に考えても許されないだろう。
もっとほかの理由。閣下と政治的な話に花が咲き、男側がもっと飲もうと部屋へと押しかけてくるパターン。後者の方がまだマシだ。
私は、カップを持つ手に力を入れては閣下の次の言葉を待つ。
「エミリア・アルテンリヒト侯爵令嬢が……ね」
――はい、黒で確定です。お疲れ様でした。
そもそもが、婚約者がいるというのに何やってんねん。私の事、アルテンリヒト家の名汚しだなんだと言って罵る前に、自分の行動を垣間見てくださいな。私の父と同じことしてますが……。
私は、全てを察し、カップをソーサーに戻して深くため息が出る。呆れて物もいえなかった。取り敢えずは、婚約者はいてもエミリア叔母様はこの邸宅にいることは変わらないので、私たちがエステマリア領に戻るまでは付き纏うだろうな。
きっと、アーレン叔父様から配慮して貰えたというのは、この扉続きとなってる事で隣室への避難がしやすくなったことと、両隣りの部屋が常識人(危ないところもある人だが)で固めているため、エミリア叔母様からの猛攻に耐えられるようにしているのか。
アーレン伯父様も、接してて分かるが、かなりの常識人である。
「なんで、エミリア叔母様はそんなに閣下にご執心なんですか?」
顔か?
「一目惚れだとは言われたことある」
顔か。一目惚れイコール面食いだからな。確かに、閣下はとても綺麗な顔をしている。その甘いマスクは、女の子を何人も抱いてでもおかしくないだろう雰囲気を出している。放つフェロモンは猫を誘うマタタビに近い。笑顔を見せればそこら辺の淑女は鼻血を出して失神するに違いない。
私は耐性があるからそんなことはないが、やはり間近で閣下が笑うとさすがに耐性があっても耐え切れない時がある。
それくらいに閣下の顔面には威力がある。それは間違いないが、婚約者が居るのに執心するのは話が違うだろう。
「閣下はなにも悪くは無いのですが、結婚や婚約はしないのですか?」
まあ、あのご執心具合。閣下に恋人の1人や2人や3人いても追いかけそうだ。婚約者がいても変わらず襲いそうだ。それでも、閣下にそういう相手がいるのと居ないのとでは防御力が違うだろう。肉食系って怖いなぁ。
「ああ、色々とあって、歳の近い女性って苦手で」
トラウマになってるじゃん。そもそもが、女性に拒否反応出てるじゃん。
「ユージェニー夫人のように、私に興味のない女性とかは平気なんだけどね……」
なるほど。いかにもな女性は無理だと。それこそ明らかに年が離れている相手がいいのだろうな……そう、
「私とか……?」
いやいや。それはないな。しかし、真面目に閣下の婚約者を選ぶと、達観して安定した年上か、恋愛があまりわかってない年下かになるのかな。と思って顔を上げると、カップを持ったまま目を丸くしてる閣下が私を凝視していた。
そして、ルーナも目を見開いて私を凝視してる。この部屋だけ異様に時が止まってしまったようだ。私何か口にしただろうかと、こてんと首をかしげる。
「君は、それで、本当にいいのかい?」
何かを確かめるように閣下が尋ねてくるので、私は瞬きを数回繰り返した。
良いも何も、閣下の婚約者問題であるので私の許可など必要あるのだろうか。
「何がですか?」
「いや、その、年齢とか」
「歳が近くない人を選ぶんですよね?閣下がその人がいいのでしたらいいのではないですか?」
「…………、わかった。君がそう言うのであれば、話は進めさせてもらうよ」
なんだ、心に決めた人がいたのであれば最初から話を通してしまえばよかったでは無いか。あまりにも年下であれば、さすがにご両親に止められるだろうが歳上であればそうもないだろう。
これで少しは、そういうハニートラップの防波堤になればいいのだが……。
うんうんと、首を縦に振って私ひとりで頷いている中、ルーナは口に手を当てて真っ赤になり、閣下は既に空になっているカップに無意味に口をつけていた。
どうやら、私は自分が無意識に閣下の婚約者候補として自ら名乗りあげていたというのを知るのは、もう少し後である。
一口メモ:カフェインが入っていないものがいいと独自の配合で入れているハーブティーが国内で今後人気が出る。




