32.おやすみなさいとおはよう
静かな寝息をBGMに、私とフィレンカ叔母様と会話が静かに弾んでいた。そうして、20時手前になった時、静かに部屋にノック音が響いた。
それにルーナが対応してくれれば、現れたのはルベリオ様と、閣下が顔を揃えて立っていた。フィレンカ叔母様は、ルベリオ様を確認すると嬉しそうにはにかんで抱き着いている。少女みたいな叔母様はとても可愛らしく、同時にふたりが現れたということは、静かな女子会はこれにて終わりだろう。
私も、閣下の服の裾を軽く引っ張り腕を広げる。すると、閣下は嬉しそうに表情を崩して直ぐに抱き上げてくれた。お酒が回っているせいか、体温がいつもよりも高い気がする。
「閣下、少し飲みすぎではないですか?あまり強くないのですから控えなくてはいけないですよ?」
「うん。ごめん、気を付けるよ」
それでも、飲まないといけない雰囲気はあるのだろう。お疲れ様ですと言って背中を撫でると閣下の力がふっと抜けていた。
「リアラ嬢、エスのことは今フィレンカから聞いたよ。滞在中という期間とはいえ、宜しく頼む」
「はい、しっかりと責任をもって、毎朝おふたりの元へと帰しますのでご安心ください」
「おやすみなさい、リアラ。とても楽しい女子会だったわ。ハーブティーもとても美味しかったから、今度レシピを教えて頂戴」
「はい、フィレンカ叔母様。私もとても楽しかったですわ。明日、ルーナにお願いしてレシピを書いてもらいますね。おやすみなさい」
フィレンカ叔母様が私のほっぺに口づけをくれたので、私もフィレンカ叔母様に口づけを返す。ルベリオ様は、腰を折って私を抱きしめてくれたので、私も背伸びをして抱きしめ返す。そうして、ユージェニー夫妻を部屋へと見送れば、今度は閣下だ。閣下はしれっと私の部屋に入ってきては、一人用のソファに腰を掛けた。
「すまない、君はもう寝る時間だったね。少しの間だけこちらに避難していてもいいだろうか」
私は、ルーナに閣下へ先ほどと同じハーブティーの準備をお願いしながら、ベッドに入る準備をしていた。避難ということは、子どもたちが退散した後に、あの大広間でなにかあったのだろう。扉続きとなっているので、いつでも帰ることはできる。私は、閣下を追い出す理由もないので、その言葉に素直に頷いた。
「問題ありませんよ。部屋の明かりを落としてしまうので少し動きづらいかとは思いますけど。こちらの浴場を使っていただいてもいいですし。ただ、ルーナは下がってもらうので、必要でしたらトーマスさんを呼んでください」
トーマスさんとは、閣下が連れてきた執事だ。この移動や滞在中は、彼が閣下の世話をしている。閣下は、私の言葉に再び「すまない」と謝罪をいれて、一度隣の部屋に続く扉を開けて自室に戻っていった。ルーナは、閣下にお茶を淹れると、それではと退室していく。その間に私は布団にもぐってしまう。そうして入れ替わるようにして、トーマスさんと共に閣下が部屋に戻ってくると、音を立てないように浴室に入っていった。
私は、その生活音を遠くに、すっかりと疲れて体力切れなのか、トーマスさんに「閣下へおやすみなさいと伝えておいて」と伝言を残した途端に私はエス様の隣で寝息を立てていた。
体内時計というのは癖がついているのだろう。まだ、日が昇ってすぐの時間に私は意識が浮上する。
いつもと違う温もりのある布団の中で、一瞬だけここがどこだったかを忘れていた。一瞬で意識が飛んで、深く眠りについた時ほど私は記憶が抜け落ちることが多い。たっぷり数十秒、辺りを見渡して、ここがアルテンリヒト家だったのを思い出す。そうして、昨日の出来事を思い出せばそっと隣をのぞき込んだ。隣で、変わらず可愛らしく寝ているエス様に、ふっと表情が緩まる。まだ肉付きのいいふくふくとしたほっぺをつんとつつくと、うぅーんっと声を漏らして寝返りを打つ。その姿は、とてつもなく可愛い。
私は、完全に目が覚めてしまったのでベッドから抜けて、一度お手洗いに行こうとした。その時に、部屋に静かなノック音が響く。そうして、返事を待たずしてそっと静かに扉が開かれると、きっちりと制服を着こなしているルーナが入ってきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、ルーナ。ふふ、癖ってすごいわね。流石にまだ外を走れはしないから、体をほぐすことだけはしようかしら」
「かしこまりました。では、お水の用意をさせていただきます」
私は、お手洗いに行った後、部屋に戻ると寝巻のまま床にペタンとお尻をつけた。足をぐっと広げて、横に体を伸ばし、前に倒れてしっかりとほぐしていく。体を左右にひねったりなどをしながら、しっかりとストレッチをしたあと、今度はうつ伏せになって腕立て伏せを。そのあとは、仰向けに寝転がって腹筋を。繰り返して、程よい体力つくりをする。一日でも怠ると、こういうのはやらなくなってしまうからね。面倒くさいのはやらなくなったら終わりだ。継続するには強い意志が必要である。すっかりと体が温まって、汗も額にうっすら浮き出たあたりで、私の体力作りは終わり。
ルーナが準備してくれたお水を飲もうと起き上がった時に、ベッドでじっとこちらを見ているエス様に気が付いた。
「うわぁ……エス様、起きておられたのですね。おはようございます」
流石に、静かに起きていたのはびっくりした。くりっくりの瞳をこちらに向けてじっと見つめるだけだから、私は私のことに集中していて気が付かなかったのだ。
そんなエス様は楽しそうに、可愛らしい笑顔を向けて、「おはよう!!」と元気いっぱいに返してくれる。
私は、流石に体を起こしてルーナからお水を貰うと一気にそれを飲み干した。あったまった体に冷たい一杯がたまらない。
「リア、何してたの?」
エス様がすかさず私に質問をしている横で、ルーナがエス様に水を用意してくれた。そして、エス様も寝起きの一杯を飲んでふぅっと息を吐いている。
「体力づくりです。ほら、昨日エス様にお歌を歌ったでしょう?あれ、とっても体力がいるんです。普段はお家で走っているんですが、ここではそれが出来ないのでこうやって走る以外で運動をしているんですよ」
私の説明に、まだ幼いエス様にとってはピンとこないのだろう。「ふーん?」っと首を傾げて頷いていた。その姿がとても可愛らしくて、ついついその柔らかい髪の毛を混ぜるように撫でてしまった。




