31.可愛らしい天使のお泊り
パーティーは子どもたちは18時にはお開きだった。
エス様と踊って、飲んで食べて。時々、紹介をしてもらった子どもたちと軽く喋って、男の子とは同じように踊ったりとして、とても楽しい時間だった。18時になると、片親が幼い子どもたちを抱っこして部屋を退散する。だいたいはお母さんたちで、お父さん側はこれからまだ話すことがあるらしい。私は、閣下が抱えようとしたところをルドガー伯父様が抱き上げてきた。
「僕も、明日は早くから王都に帰らないといけないから今日はここまでにするよ。リアラは僕が責任をもって部屋へと連れていくから、リドクリフ様は安心してお父さんや兄さんの相手をしていてください」
そういわれた閣下の絶望した顔が今にも忘れられない。彼ってこんなにも表情豊かだっただろうか。先に部屋にあがるので、少しだけサービス精神で閣下におやすみのキスを頬にすると、元気を取り戻したように、紳士たちの会話に戻っていったが、その時の周りからの視線がものすごく痛い。結局、エミリア叔母様からは挨拶がなかった。遠くて敵意をむき出しに睨まれているのは分かっていたが、隣に婚約者である男性がずっと手綱を握っており、私に近寄る様子がなかった。
お爺様とお婆様は先に他の家族を優先してくれていたのか挨拶はしてこなかった。だが、遠目で見る優しい視線に、時折視線が重なると細める目許を見てこの人たちには敵意がないということを肌で実感している。明日こそはちゃんとお話ができるといいな。
ルドガー伯父様に抱っこされて、フィレンカ叔母様とエス様、エイマー伯母様とその子ども達とともに部屋のある3階まで話しながら帰った。階段で、ウィントルソン一家と別れて、ルドガー伯父様が名残惜しげに私を部屋の前で別れてくれる。エス様に限っては、私と離れたくないと駄々を捏ねてはフィレンカ叔母様を困らせてしまうので、なかなか部屋に帰る様子がない。
「叔母様」
ぐずる様子に、私は、これが得策かは不明だが、そっとフィレンカ叔母様に声をかける。フィレンカ叔母様は、エス様をあやしながら私に視線を向けてくれた。
「ルベリオ様と、フィレンカ叔母様のご許可をいただけましたら、こちらの滞在中は私がエス様と一緒に寝てもよろしいでしょうか」
「けれど。それだと、リアラが大変じゃないかしら」
「寝るときだけですわ。まだ子どもですもの、心配するようなことはないですし、なにより、私たち子どもがいたら休まらないことだってあります。子どもがいたらできないことだってあると思うんです。二人きりで長らく語り合ったりだとか。私は、私しかいませんもの。迷惑とか大変とかないですし、何より弟が出来たみたいで私とっても嬉しいです。いつも一人で寝ていますし」
まあ、この移動中は毎日閣下と一緒に寝ていたとは言えないが。
しかし、最後の一言がクリーンヒットしたのだろう。フィレンカ叔母様の顔が少しだけ哀れみのこもった瞳が向けられた。いや、両親がいないのは仕方ない。伯爵邸でも閣下と同じベッドで寝るわけにもいかない。だけれど、やっぱり広いベッドに一人は時折寂しくなるのは事実だ。
「私の我儘とはなりますが、折角仲良くなったエス様と、私。この滞在中だけでも一緒に寝たいです」
ダメでしょうか、と手を組んで見上げると、諦めたようにため息をついた。
「リアラには負けますわ。ふふ、こちらこそ滞在中はエストニックと一緒に寝てあげてちょうだい」
静かに事の成り行きを聞いていたエス様は嬉しそうに、叔母様に抱き着いている。
今は、正装をしているので、しっかりと寝る準備を調えたら部屋に連れてくると言って、すっかりとご機嫌になったエス様を連れてフィレンカ叔母様は部屋へと入っていった。私も、ルーナに迎えられながら部屋に戻ると、寝る支度へと入った。
湯を浴びて、寝る前に落ち着くためのハーブティーをゆっくりと飲みながら、出来なかった課題を進めながらエス様の来訪を待っていた。エルガーに貰った課題が終わりを見えたところで、部屋にノックが響いた。ルーナが扉を開くと、すっかりと疲れてぐでんぐでんになってフィレンカ叔母様に抱きかかえているエス様と、それに苦笑を零している叔母様が立っていた。
「すっかり疲れてしまって、ぐでんぐでんなのだけれど、リアラのところに行くと言って聞かなくて。ベッドに下したらそのまま寝てしまいそうだけれどもいいかしら」
私は、やっていた課題をテーブルの端にまとめて、フィレンカ叔母様の元へと行く。
「すっかりお眠なのですね。問題ないです。私も、やりたいことを終わらせたのでいつでも寝られますから。エス様、一緒に寝ましょうね」
「あいー」
返ってくる声は、もうとろけていて半分夢の中だ。それでも、私のところに来たいと言ってくれたのがとてもうれしい。フィレンカ叔母様を、部屋に招き入れて、ベッドの上掛けをまくると、叔母様はそこにエス様を下ろす。そして、そっと私は布団をかけると、すぐに意識を手放していた。今日は、たくさんはしゃいでいたのだとフィレンカ叔母様が言っていたので、思った通り即落ち3秒だった。
すっかりと寝息を立てている姿に微笑ましく見つめて、フィレンカ叔母様と顔を見合わせて笑いあった。
「叔母様、ルベリオ様が帰ってくるのにまだ時間がありましたら、少しだけ私とお付き合いしていただけませんか。ルーナにリラックスするハーブティーを淹れてもらうので。と言っても私も20時には寝なくてはいけないのですが……私が寂しいのでそれまででよろしければ」
私がおしゃべりに誘うと、フィレンカ叔母様は嬉しそうに笑った。
そうして、叔母様を一人用のソファに座るように促すと、テーブルの上に転がっているスぺニア語の宿題を見つけて目を丸くしていた。
「まあ、リアラはもう、スぺニア語をやっているの?」
私は、部屋にある椅子を引っ張って丸テーブルの前に引っ張ってきながらフィレンカ叔母様と向かいに座れるように配置した。
「はい。こういう外国語は早い方がいいって聞いたことがあったので、率先して閣下にお願いさせていただきました。と言っても、スぺニア語を習い始めてまだ1か月ほどですが」
照れたように笑って答えると、ルーナがハーブティーを淹れてくれる。香る爽やかな香りにどこか落ち着く。カフェインの入っている紅茶は体に悪くて飲めなくて、試行錯誤してルーナにはハーブティーをいつも淹れてもらっている。
「随分と達観しているとは思っていたけれど、貴女って本当にすごいのね」
フィレンカ叔母様も、ルーナに淹れてもらったハーブティーを口にしながら私への称賛の言葉を並べてくれる。素直に嬉しくて照れてしまい、どんな表情をしたらいいのかわからず、つい照れてしまった。
「すごいかは分からないですが。エステマリア領は海がありますから。外国から来る人も多く、領主がお客様の言っていることが分からないというのは、とてもまずいことだと思っています。その為には、今からでも思いついてやれることはしたいなって……」
遅いタイミングから始めた言語学は地獄。私は前世で学んでいるのだ。なので、早いうちに学んで、語学ペラペラ人間になっていかないと、将来、辛い思いして言語を覚えたくない。なんて、言えないのでそれっぽく話して誤魔化しておいた。




