27.伯父という名の危ない人
「とってもきれいに着飾ったね。天から降りてきた天使のように、可愛らしい君をエスコートさせていただく光栄に感謝を」
私に膝をついて、手を取ると指先に唇を寄せる閣下のセリフはたいそう歯が浮くものだった。
――なんか、最初にあった頃よりも閣下は随分と羽目の外してきたように思える
5歳児ながらに、砂糖を吐きそうなセリフに心が跳ねることはなく、内心白目になりながら指先に触れる柔らかい温もりを享受していた。その間に隣の部屋からユージェニー一家が出てきた。
「あらまぁ」
「これは……」
「リアきれー、お姫しゃまみたい」
なんというタイミングだ。夫妻は、口許に手を当てて意味深に閣下を見ている。
ルベリオ様に抱えられたエス様は、父親のルベリオ様と同じ紺色をベースとした、とこどころ銀の指し色を加えられてある上品な洋服を着ている。更には、お揃いに髪の毛を上げて、とても可愛らしい。
先ほどの閣下の言葉にきゅんとはしないが、エス様とルベリオ様のお揃いはとても胸がきゅんとした。
「エス様もお父様とお揃いなのですね。とっっってもお似合いですわ」
うっそりと私が伝えるものだから、エス様も満更でもないのか、えへへと可愛らしく照れてくれる。
ちびっこな私たちの挨拶もそこそこに、そろそろパーティー会場に向かわなければならないと、閣下は私をひょいっと抱き上げる。綺麗に着つけてくれたルーナの気持ちを大事にして、ドレスを崩さないように抱き上げるのは大変そうだな、と思うが、私が歩くとかなり時間がかかるのだから仕方ない。
そうしていざ出発、というところだが、階段へと向かう途中の閣下の部屋の隣に、一行は止まった。そしてその部屋を数回ノックする。
「ルドガー兄様はこういうのあまり無頓着しないのよ。こうやって私たちが迎えに来ないと行かないものだから、毎回同じ階の誰かが迎えにくるの」
そっとフィレンカ叔母様が私に耳打ちをする。なるほど、と納得してノックからたっぷり数十秒。ガチャっとドアノブが回ると、狭く開かれた扉の隙間からフィレンカ叔母様と雰囲気が似ている男性が顔を出した。挨拶の席から言うと、主賓席から2番目に座っていた男性だ。
ふんわりとした金色の髪の毛は、清潔感をもってきちんと整えられているが、面倒くさそうに下がっている目許などを見ると普段からやる気がなさそうな人だな、と子どもながらに印象を持った。
「やだ、兄さま。お洋服また変えていないの?」
「身内の食事会だろう?王城で開かれるようなパーティーでもないのにわざわざ着飾る必要はないよ。ただでさえ、仕事が立て込んでいて忙しいのに……っと……」
フィレンカ叔母様の言葉に、兄弟らしいやりとりをしていたが、ふっと抱きかかえられている私に気が付くと、扉をしっかりと広げた。全貌を全て確認して、納得した。先ほど挨拶の場で着ていた服装と同じなのだ。
そんな男性は、私を捉えるとだるそうに下げていた目許をきゅっと結んで気持ちのいい爽やかな笑顔を向ける。そして私の手をとると、先ほど閣下がしたように指先に口づけをする。
「これはこれは、天から降りてきた天使かと思いました。可愛らしい姫様、改めて。貴女の伯父にあたるルドガー・アルテンリヒトです」
この世界の誉め言葉はテンプレートでもあるのだろうか。さっき一言一句同じ誉め言葉を聞いた気がする。
「兄さま、流石にそれは気持ちが悪いわよ」
フィレンカ叔母様がドン引きしている。
「失礼だなぁ。僕は純粋に子どもが好きなだけだよ。エストニック様も大変凛々しく着飾っていただけたようですね。お父上とお揃いのその姿、とてもお似合いでございますよ」
今度は、抱っこをされているエス様に紳士の礼をしている。ルドガー伯父様はどうやら子どもたちに対してはこれがデフォルトらしい。
私の頭の中に現れたフレーズは、危ない人である。
「お久しぶりでございます、リドクリフ様。御健壮で何よりでございます。陛下も喜ばれます」
そして、流れるように閣下に挨拶をすると閣下は一連の流れをばっちり見ていたからか、笑う口許が少しだけ引きつっている。
「久しぶりだね、ルドガー。兄上と宰相閣下は相変わらずなのかな」
「はい。お陰様で、たいそう色々と張り切っておられますよ。そのせいで私は明日には王都に戻らなくてはならないくらいには」
いつの間にか自然とルドガー伯父様も混ぜてパーティー会場へと向かっていた。その間に、フィレンカ叔母様に耳打ちされたのは、ルドガー伯父様の役職。彼は普段は王都に暮らしており、宰相補佐をしているとのこと。基本は王宮勤めだったため、閣下とは昔から顔見知りだったのだそうだ。私は納得して、少しだけ目の下にクマのある伯父様の顔を見上げる。
年齢を正式に確認していないため、今わかっているのは、フィレンカ叔母様と、ルベリオ様、閣下が同じ歳ってことくらいと、ルドガー伯父様が私の父親の兄であるということくらいだ。髪の毛がふわふわなくせ毛で、童顔が上乗せしてしまっているからか、ルドガー伯父様の年齢は不詳を加速させていた。
「そういえば、宰相閣下が民間の学校を作る制度の提案書に大変感嘆しておられましたよ。流石リドクリフ様ですね。良く思いつかれましたな、と。農作業などをしている子どもたちは立派な労働源のため、午前中だけの授業で午後は家の手伝いをさせるように配慮したらいいなどと。そして習うのは、文字と歴史と計算だけでいいものだということで、そこまで負担にしないようにしたらいいなどと、思いつかないですよ」
「ほう、民間人の学校制度なるものが提出されたのですか」
「ええ、しかも、学校だけではありませんよ。幼い子供たちを守りながら教育をする施設の提案もありました。そこには乳母の役割の女性を先生として周りの働き盛りの女性の幼いお子を預かり面倒を見る。そうすると、繁忙期の時は安全に子どもたちが守れるのではないかという……いやぁ、これは目からうろこでしたね。そして、その間に文字を教えるとのことで。そのまま学校に進んだ子どもたちは、文字を少なく今度は読書の授業に切り替えていくカリキュラムにするべきとのことで、私は聞いた時は、子どもたちの将来が変わるのを見て感動しました」
ルドガー伯父様が熱に語る内容には聞き覚えがある。私は、ふっと顔を上げて男3人の顔を見ていると、閣下が申し訳なさそうにはにかんでいた。
「あ、いや……これを考え付いたのは私ではないんだ」
そうして、閣下の視線が私に落ちる。釣られて男性2人が私にも視線が向く。
私はどう反応したらいいのか分からないから、とりあえず笑って誤魔化した。
一口メモ:ルドガー編
名前:ルドガー・アルテンリヒト
性別:男
年齢:35歳
子ども好きで、時折狂気じみていると言われるが、本当に純粋に子どもが好きなだけ。
子どもたちとどうやったらコミュニケーションがとれるかと考えた結果、手品を覚えた。
アルテンリヒトの兄弟では一番頭がいいため、宰相補佐をしている。




