26.聞きたくない話と晩餐の準備
「そういえばお姉さまはどう思いました?」
浴室で、閣下に抱えられ、エス様を抱えているこの状況はいつまで続くのかと思っていた。一向に変える様子のない、エミリア叔母様に少しだけイラっとしてきた時だ。突然、ふと思い出したようにフィレンカ叔母様にエミリア叔母様が言葉を投げる。
「どうって何がかしら」
「ふふ、とぼけなくてもよろしくてよ。あの、アルテンリヒト家の名汚しの存在のことよ」
棘の含まれる言葉に、胸がどくんっと跳ねた。
「礼儀はなっていたわね。5歳と聞いていたけれど、対応は5歳以上のものを感じたわ。でも、結局はあのお兄様たちの子どもだもの。生意気にもリドクリフ様を従えているだなんて身の程も知らないと思わない?」
ねっとりと張り付く、甘い声。胸に刺さる言葉が、私の心臓を貫いて苦しくさせる。きゅうっと捕まれる感覚が苦しくて、こらえるように無意識に腕へ力を入れていると、
「リア?」
小さく心配そうに私の声をかけてくれる存在が見上げていた。私と同じ、薄い色素の瞳がのぞき込んでくるので、私は彼とお揃いの瞳を細めて弱弱しく笑った。大丈夫だよ、と笑ってエス様の頭を撫でる。子どもは大人の言葉を理解しないと思っているのだろう。恐らく、私がこの部屋のどこかにいるのを確信して聞かせているのだろうな。あのエミリア叔母様は、部屋の状況をよく見ている。
――突然すぎてルーナは部屋にいるし、カップを片付けていないし。ばれているのかな
それだったらこうやって息を殺しても意味がないのか。落ち込んできた感情で、力を込めていた手を解くと、エス様は私の方に体を向けて、ぎゅっと抱きしめてくれる。勇気づけようとしている小さなその存在に、その体温に、私は自然と頬が緩んだ。
「エミリア、言葉が過ぎるわよ。リアラはとても教養が高いわ。それは一重に、貴族後見人として後ろに立っている、リドクリフ様のお陰ということを忘れないようにすることね。リアラは、リドクリフ様を従えているのではないわ。彼女の立場を定石にするために奔走されていらっしゃる。それに応えようと、5歳にしてはあの立ち居振る舞い。既に王家に嫁いでもおかしくないようなあの綺麗な所作。貴女が同じ5歳だった時はそのようなことも出来なかったわ」
扉越しで、フィレンカ叔母様が力強く言い切ってくれた。その言葉に感動できゅんっと胸が鳴る。
「エス様のお母様、とっても素敵な方ね」
小さな声でエス様にそう伝えると、それはとてもとても嬉しそうに満面の笑顔を向けてくれた。
扉越しでもわかる。戦況が良くないと分かったのか、エミリア叔母様は返す言葉がないのか、少しの間沈黙が入る。
「エミリア嬢。まもなく晩餐の時間となりますので、我々も準備を進めたいのですが、一度ご退室を願ってもよろしいでしょうか」
追撃のようにルベリオ様の冷たい言葉。それは、先ほどまで私たちに向けていた温かい声音とは全然違って、見た目相応な冷たく人を突き放すような声音だった。ここにいた私でさえ、ひゅっと息を吸い込んでしまう。あの冷たい美貌で、あの声で、その言葉を告げられたと考えると、向けられた対象者でない私でも、蛇に睨まれた蛙となってしまう。
「そうね、そろそろ時間だもの、1度退室させて頂くわ」
――完全なる捨てセリフじゃん
ガチャっと音を立ててエミリア叔母様が退出した音がする。そして、数十秒後に浴室の扉が開かれる。後ろからは閣下が。正面からはエス様が私をがんじがらめにしている様子に、ユージェニー夫妻は最初驚いて固まっていたが、次の瞬間揃って笑い出した。
エミリア叔母様の件で、フィレンカ叔母様には大変頭を下げられた。私は、フィレンカ叔母様のせいではないと必死で留めると、今度は申し訳なさそうな表情をしては、これからの晩餐会が少し心配だと告げられる。身内のことは身内が良く知っているのだ。私に対しての知見がどうやら先程の、エミリア叔母様のような人たちばかりなのだろう。
私は、出来るだけ閣下と離れないようにする、と伝える前に、エス様から、
「僕がリアの傍にじゅっといて守るから大丈夫」
と力強く宣言してもらった。それに、胸がきゅんとしないわけがない。可愛いは正義である。
ふくふくの頬っぺたを赤く染めて意気込む姿は本当にただの天使である。可愛らしい騎士様が傍にいてくれるとのことで、私は心強いしとても嬉しいですと伝えると、嬉しそうに照れた姿にまた可愛さが爆発した。
後ほど晩餐会で会いましょうということで、晩餐会は幼いエス様も参加されるから早い時間から行われる。大人たちから見たら、おやつの時間帯だろうというくらいに早い。今は14時30分なので、あと1時間と30分で開始されてしまう。私と閣下は急いで自室に戻ると、ルーナにせかされるようにして湯あみから始めた。長旅から直接なので、疲れと汚れをしっかりと落として、お嬢様のためにあつらえましたと表情は変わらないのに弾んだ声で取り出したのは、薄いピンクのドレス。
久しぶりに見る派手なドレスに、中身が大人な私は表情が引きつるが、用意されたドレスを身に着けると、ルーナが喜ぶので素直に着せ替え人形となった。長い髪を、生活魔法のドライで乾かして、丁寧にブラッシングをかけていく。綺麗に艶が出たところで、ルーナはリボンを織り込んでアレンジしていく。どういう構造になっているのか分からないくらいに、編み込みをされた髪の毛を、最後はひとまとめにしてしまうと、綺麗にお団子を作ってくれた。
こうして、綺麗に着飾った私が鏡の前に立って最終確認。改めて、私の顔面偏差値の高さを目の当たりにした気分だ。鏡に映る私は生きる人形だ。きっと、両親も同じくらいに美形そろいだったんだろうなと思いながらも、姿絵ですら見たことないその存在を、少しだけ妄想した。
一口メモ:アルテンリヒト家の特徴編
全員、灰色寄りのとても薄く神秘的な瞳をしている




