23.滞在先と可愛らしい訪問者
部屋を出たら、私たちを待ってくれていたのか先ほど案内をしてくれた執事だった。
部屋へとご案内しますと、腰を折ると私は何も言われずに閣下に抱っこされた。背後の扉はしっかりと閉じているが、まだ近くに私の様子を見ている人たちがいると思うと落ち着かない。それでも、閣下は私を下ろす気がないのだろう。執事の背中を追いかけている。
その様子を、ハルシュタイン氏は変わらず悔しそうに後ろで見つめており、その様子を微笑ましそうに執事は笑っていた。ハルシュタイン氏の感情がいつも読めない。
私たちがこの屋敷にお世話になるのは7日間ほどだ。あまり長く滞在したくはないし、短すぎるとそれはそれでだめらしい。打倒な日にちが7日間だったのだ。
あちらこちらと同じような廊下を歩いているように見えるが、その足取りはしっかりとしており、気が付けば私たちは本館の3階にある客室に通された。
「同階には、エイマー様ご家族、ルドガー様、フィレンカ様ご家族がご滞在しております」
今あげられなかった名前のアルテンリヒトの人たちは、代わらず別館で過ごしているとのこと。今、羅列した人たちはもう家を出ている人たちのため、今回はお客人としての対応とのこと。そして私も、もちろん外から来たということで客人扱いだ。部屋は3階の階段を上がって左手。4部屋あるうちの真ん中2部屋だ。左右に、フィレンカ叔母様ご家族とルドガー伯父様がそれぞれ滞在しているとのこと。階段上がって右手はすべての部屋が、エイマー伯母様の家族が占拠しているとのことで納得した。フィレンカ叔母様のところはまだ幼い息子さんしかいないため、家族一緒の滞在のことらしい。
それを聞いた私はなるほど、と大きく頷いた。
フィレンカ叔母様の部屋の隣が私の部屋で、ルドガー伯父様の隣が閣下の部屋だとのこと。この両室は扉で続いているというのも確認をしてくれている。
「ご配慮を感謝していますと、アーレン殿に伝えておいてくれ」
閣下がどうしてか安心したような表情で執事に伝えると、執事もにっこりと満面の笑顔を向けてくれた。そして、2階にはハルシュタイン氏の滞在部屋を用意しているとのことで、今度はハルシュタイン氏を伴って執事は私たちの前から去っていった。
私は、閣下にまた後でと伝えると当てがわれた部屋の扉を開ける。
とても広い部屋というわけではない。それでも、一人部屋というと広い方だろう。調度品は品があって落ち着いており、部屋には不自由なく家具が置かれていた。天蓋のついたベッドに、鏡台と丸い可愛らしいテーブル。そこには一人用のソファが用意されていた。壁紙は落ち着いた色合いの、淡い青の花が散らったデザインを見て、品の良さを感じる。左手には閣下の部屋に繋ぐ扉が見え、右手にはお手洗いとシャワー室があるようだ。ここ一部屋をとっても、前世の高級ホテルの一室のようだという感想を持ってしまった。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
中では、すっかりと荷解きを終わらせて私を待ってくれているルーナがいた。私の顔を見たからなのか、少しだけ穏やかな表情を見せてくれた。それだけで私も安心した。
「ただいま、ルーナ。荷解きしてくれたんだ、ありがとう」
「とんでもございません。お嬢様、お疲れでしょう。お茶をご用意されますか」
「うん、お願い。ルーナが準備している間に、エルガー先生からの課題を進めようかなって思うんだ」
「かしこまりました、先にそちらをご用意いたします」
ルーナがそう言って、私の私物をしまった箇所へと向かう。その背中を眺めた後、ゆっくりと一人用のソファに腰を下ろした。弾力があって、とても座り心地がいい。馬車の長距離移動は、閣下とハルシュタイン氏が一緒だったから楽しかったが、やはり各所の中継地では息の詰まる生活がかなりストレスに来ていたのだろう。
座ったとたんにどっと疲れが出た。それを誤魔化すように何かをしないと、晩餐までに寝てしまいそうだった。ご家族で滞在をしている夫人たちも多く、子どもたちの時間を考えると、早い段階から晩餐を行うだろう。今回は私のための顔合わせもあり、それぞれの家族もいるので、人数も多く、予めパーティー形式で開かれるというとは聞いている。私はそういうのに参加を勿論したことがないので、どのようになるかは分からないが、一通りのマナーはゼビエ夫人に叩き込まれている。下手はしないはずだ。
ルーナが、課題として渡してきた本と翻訳用の辞書。馬車の中で少し進めていた翻訳が書かれている紙をテーブルに並べてくれる。
「それでは、お茶を準備してまいりますので、少しの時間席を外させていただきます」
そう言って部屋を後にしていく。それを見送って、私はテーブルに並べられた勉強道具を開いた。もう、ほとんど翻訳は済んでいるのだ。これを分かりやすいようにあとは文章に並べるだけである。
そう、意気こんで勉強にのめりこんだすぐだった。
コンコンと部屋をノックする音。ルーナがもう帰ってきたのだろうかと思って、持っていたペンを置く。
「どうぞ」
と返すと、扉がかちゃりと開かれた。そこに立っていたのは、クールな表情をした長身の男性と、腕に抱えられている幼い子ども。男性は、銀色の長い髪の毛を後ろに一つにまとめている。
澄んだ青い瞳をしている紳士はパッと見て、物語に出てくる氷の貴公子という風貌だ。そして、その男性に抱えられている男の子は、男性と同じ色合いの髪の毛だが、瞳の色が私と同じで顔の造りはとても可愛らしく、氷の貴公子を体現している男性とは似ていない。むしろ、先ほど顔を合わせたフィレンカ叔母様のおっとりとした顔にそっくりだ。
私は突然の訪問者に驚いて、椅子から飛び降りるとカーテシーをする。それに、慌てて男性が手で静止してくれた。
「突然の訪問で申し訳ない。息子のエストニック様が君に会いたいと言っていたので、不躾なものとなってしまったが許してほしい。私は、フィレンカ・ユージェニーの夫。ルベリオ・ユージェニーだ。ここ、アルテンリヒト領とは燐領になるユージェニー侯爵領の領主をしている。そして、こちらが息子のエストニックだ」
見た目は冷たそうな貴公子は、思っている以上に物腰柔らかでとても丁寧だった。挨拶をしながら、腕に抱えている息子のエストニック様を床に下すと、エストニック様は父親の真似をするようにぺこりと頭を下げる。が、まだ丸っこい体だからかとても不安定だ。
「え、えしっ……エシュトニック・ユージェニーでしゅ」
Sの発音があまり得意ではないのだろう。上手に自己紹介が出来なかったが、可愛らしい姿なので満点。問題ない。
一口メモ:フィレンカ編
名前:フィレンカ・ユージェニー
性別:女
年齢:20歳
アルテリヒト侯爵家の宝花と言われるほど可愛らしく可憐なお嬢様だった。




