19.私の持っている地雷原
甘いクリームの味を堪能しながら、私はデザートを味わっていた。
閣下には、私とは違ってどちらかというと塩気のあるものが乗っている。ワインに合わせているのか、閣下が甘いものが得意じゃないのかは不明だ。
「リアラ嬢」
それを口に含んだ後に、ゆっくりとワインを味わいながら私は閣下に呼ばれる。
「はい」
「君の領地経営と今後の方針についてはまた一覧化したものを渡してくれると聞いて、この話はいいのだが。恐らくそれを聞いた君の祖父や伯父から面会の要請が来ると思うんだ。そうなると君はアルテンリヒト家に行かなくてはならなくなるかと思ってね」
「…………はい」
私の両親の実家かなと思うと、少し以上に心がずんっと重しが乗った気がする。心なしか返した返事が、私の感情を体現しているようでデザートに突き刺していたフォークをそのままに皿の上に置いてしまった。閣下も私の気持ちを察してしまったのか、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「君の両親の話を少ししようか」
そうして、閣下は私の両親の話をし始めた。どうして私が両親がいないかの話は、ここに来る前にしっかりと育ての両親から聞いているのでそこを省くとして、彼らの出自の件だった。
父は、このエステマリア領含めて広大な範囲を領地としているアルテンリヒト侯爵家の3男坊だったということ。元々、現王妃陛下と婚約者だったが、貴族学校の時に大々的な婚約破棄事件を起こし、私の母親と結婚をしたと。その際に祖父から元から約束していたエステマリア領を承り、エステマリアの称号をもらったのだとか。
そして、それからは私も知っている限りだ。
私は、食事中のマナーも忘れて顔を両手で覆い背中を丸めてズーンっと落ち込んでいた。
恥ずかしい。彼らたちの子どもとして、とてもとてもとてもとても恥ずかしい。王妃陛下のお話は、アンダーソン元夫人から話を聞いている。人徳があり、知的でしっかりとした方。そんな方を婚約破棄してまで結婚したかったのか。おバカなのか。それも、学校の卒業パーティーで大々的に婚約破棄宣言イベントをしたと聞いて。阿呆なのか。恥ずかしい通り越して、王族に顔向けできない。閣下も含めて。
「そ、その節は……両親が大変ご迷惑を……」
目の前のデザートなんて食べられない。いつもまっすぐとらえていた閣下の顔でさえまともに見られない。私は、テーブルに突っ伏する勢いで頭を下げたものだから、閣下は慌てて席を立ってしまった。
「気にしなくていいよ。私は、兄上たちとは学年が違ったし……兄上はずっと恋焦がれていた義姉に結婚を申し込むことが出来て婚約破棄宣言様様だと声高に笑っていたよ」
「いや、もう、本当に申し訳ございませんでした。国王陛下と王妃陛下にはいつの日か面会が叶うのでしたらしっかりと謝罪させていただきたく」
「いや。兄上たちも娘の君にそこまでを求めていないとは思っているよ。とりあえずは伝えておくけど」
もう、その話を聞いただけでお腹がきりきりと痛くなってきた。そして、目の前の閣下は私の両親を断罪した本人で、また閣下にも後処理である私も含めて、大変ご迷惑をおかけしているのだと思うと、本当に申し訳がなくなる。
「閣下も、こんな私の貴族後見人となっていただいていると聞いております。お忙しい身というのに、本当にお手数をいつもおかけしております」
私は再び頭を深く下げると、閣下は慌てたように手を振った。ハルシュタイン氏も目を丸くしている。二人してどうしたらいいのか分からないのか顔を合わせて見つめ続けた後に、閣下が席を外してこちらに来る気配。本来、食事中は席を立ってはいけないのだが、今は私と閣下だけだからか彼はそのマナーを崩した。
「そんなことを考えなくていいよ。今になってしまえば、私はむしろ役得をしている気分だ。君の成長は著しい。1か月でこんなにも成長するその姿。しっかりと自分の責任を理解しているその姿勢は、むしろ好感を持てるほどだし。面倒だとさえ思わないよ。むしろもっと、子どもらしい我儘を希望したいのだけど」
頭を下げた私の頬っぺたを両手で包み込んで、そのままそっと頭を上げさせる。自然と重なる瞳は優しくて泣きそうになった。この方はとても優しい。頬から頭に移った手は、私の頭をなぞるように、優しく撫でてくれる。
「これからも期待しているよ」
「はい、誠心誠意努めさせていただきます」
私は力強く頷くと、うんうんと頷いて席に戻っていった。感情がジェットコースター過ぎて少しだけ落ち着こうと閣下が席に着いたと同時に水を口に含む。
閣下も、一区切りするようにワインを口に一口含んでいた。
「さて。話がまた逸れてしまったけれど、その、君の父方のご実家の件なんだけれど」
今、このエステマリア領を運営しているのはアルテンリヒト前侯爵閣下と、目の前にいらっしゃるリドクリフ・ソングライン公爵閣下だ。閣下は、春から秋の頭までの領地経営をしたのち、残りの秋から来年の春の頭まで王都に戻って今度は王都の仕事をしなくてはならないらしい。引き継ぐのは、前侯爵。私のお爺様にあたる。お爺様は領地経営をする間はこの館にお婆様と一緒に来られるのだそうだ。引継ぎ自体はこの屋敷で問題ないが、恐らく私の話を祖父経由で現侯爵閣下が耳にすれば私に会わせろという話になるらしい。
そうなると、侯爵閣下がこの屋敷に来るよりも私があちらに行く形になるだろうと。そうなった時に、私はアルテンリヒト家の人たちに攻撃の的になるだろうとのことだ。何せ、問題の多い両親だ。そりゃあ、飛んで火にいる夏の虫だ。私に向けてくる悪意は計り知れない。閣下はそれを心配しているようだ。
祖父母がどこまで私を擁護してくれるかは分からない。ルーナが付いてくることは前提であるが、一介の侍女が侯爵家の人たちにたてつくことも出来ない。そこで抑止力である、閣下がいた方がいいという提案だ。
「もう。先に報告がてら今回の話を向こうに聞かせてしまい、私がいる間に連れてくるようにと仕向けさせ、私と一緒に挨拶に行こうという流れなんだけど」
どうだろうかと、可愛らしくはにかむ閣下に、私は、次の瞬間にはお願いします、と頭を下げるしかなかった。
一口メモ:リドクリフ編
リアラと並ぶと親子に見られてしまうのが少しショック




