18.新しい授業のカリキュラムと語学の先生
「本当に君は……――」
ステーキ肉を咀嚼している私に、じっと注がれる視線を感じる。口の中でとろけるくらいに美味しいお肉のはずなのに、咀嚼回数がただただ増えていく。
それでも、流石に咀嚼できるところがなくなるほどに細かくなるとごっくんと飲み込まなくてはならない。口の中がきれいになったのを確認して、今度は区切りをつけるように水を口に含んだ。
「今は、やりたいことがとっちらかっており口頭でお伝えするのは少しだけ難しいので、また後日にでも一覧化してお渡ししたいと思っています」
私の言葉に、納得したように閣下が分かったと頷いたのを見て、少しだけ安心した。ここで洗いざらい吐き出せと言っても、何が実現可能で実現不可能で、実現できてもすぐにできてすぐにできないかなどが取れない。それに、閣下の性格上私の提案をしっかりと明文化させたいだろうし。昼間に、メモを取り始めているのを見るに有力な内容なのだと思ってくれているはず。
私はうんうんと頷きながら、話が随分とそれてしまった気がするので、一度軌道修正を試みよう。そう、授業カリキュラムの話だ。
「あの、ゼビエ前侯爵閣下に領地経営についてお教えを願うというお話なのですが…………」
私と閣下のお皿の上にはメインディッシュはいつの間にかに消えていた。次の食事がサーブされる間に、お互い飲み物を口にしながら、話を切り出す。
「ちょうど、歴史の授業の後に領地について勉強をしたく思っており、新しい授業をお願いしようと考えておりましたので、お願いしたいと思っております。併せてなのですが、外国語も勉強したいと考えております。こちらも家庭教師を手配はしていただけたりしますか」
「え、ああ。もう、外国語に手を出すのか。構わないけれど、希望はあるかい」
流石の閣下も驚きが隠せないのか、飲んでいたワインを落としそうになっていた。そりゃぁ、子供から追加の授業をお願いされるとは思わないだろう。
「出来れば、外国に出品をしています大店に出入りしていた商人がいいです。若くても若くなくても、男でも女でも。ある程度交渉していた人がいいです」
外国語を学ぶとなると、国から出て本場を体験している人がいい。それに、商人ともなるとその地域の特産品などの知識。国の性格を肌で実感しているだろう。人の性格がどのようなものなのかも実感しているだろう。きっと、元外交官だった人たちを雇った方がいいのだろうが、それだと家庭教師代金が更にかかる。申し訳ないが、商人であれば少しは抑えられる気がするし、一緒に商売のノウハウも教えてもらえれば一石二鳥だろう。いや、商売人だからもしかしたら逆にお金がかかるのか。
私の告げた条件で私自身が悩みだす姿をじっとまっすぐに見つめる視線。はっと慌てて思考を止めると、要求しすぎたと思い、少し行儀悪くわたわたと手を振る。
「あ、あの、難しければ――」
「なんでまた商人なんだい」
私の言葉を遮るように、閣下が言葉を覆いかぶせた。私は、言いかけた言葉を飲み込むと、忙しなく振っていた手を膝の上に着席させる。すると、見計らったように、食事がサーブされた。
「ここが、貿易の街でもあるからです」
私はサーブされたデザートに目をくれずにまっすぐと閣下を見つめ返す。まるで、オーディションで面接をしている気分だ。
「先ほど私は、この領を文化の発祥の地にしたいとお伝えしました。それと同時に、ここは貿易が出来る地でもあると実感しています。港のある街は大きな船着き場があり、漁船と一緒に大型貿易船も泊まっていた。外からも文化はやってきて、逆にここからも文化は飛び立っていく地。商売と文化は切って離せません。大きく貿易が出来る土地の商売人は、この土地に長くいることはないと思います。海を渡った先にある土地で交渉をします。それをするためには、言語をはじめ、その土地の土地柄や住んでいる人種の性格、傾向などをよく理解しているはずです。そういうのを肌で感じて取引をしているはずです。外交官の方々とは別の角度で必要なものを見ているはずです。本以外に学んだ内容。私は、そのノウハウが欲しいのです。言語と同時に商売についても勉強したいのです」
緊張する。面接官ににらまれている気分だ。閣下の後ろに立っているハルシュタイン氏も真面目な顔で思案顔をしている。
目の前のデザートに口をつけていないのに、お肉のお陰かお腹が既に重たくてもたれている。
「君の希望は分かった。しかし、私には商人のつてがあまりなくてな。少し時間がかかる。すぐには手配が出来そうにない」
閣下の言葉に、私の案に了承したとのことで、私はぱっと表情が明るくなった。
「お食事中の会談に一介の使用人が口を挟むことをお許しください」
私が、時間がかかっても構わないと言おうとしたとき、後ろに控えていたルーナが頭を下げながら口を出した。
少しだけ震えているように思える。それくらいに緊張しているのか。私は不安にルーナを見た。
「許そう。君は確か、リアラ嬢の侍女かな。どうした」
閣下は、そんなルーナを見つめている。冷ややかな目ではなく、淡々とした普通の視線だ。怒っている様子もない。それに私は安心した。
「寛大なお心感謝いたします。お嬢様の語学の教師の件でございます。私の家は、海を渡る商会を営んでおります。私は幼い頃からこの地を離れることはございませんでしたが、弟のエルガー……今は庭師見習いをしております彼が、幼い頃から両親に連れられ、あちらこちらへと旅に出ておりました。その甲斐あってか、この国を除いて5か国は言語が話せるかと思いますので、彼を推薦させていただいてもよろしいでしょうか」
え、エルガーそうだったの。確実に年が私に近いよね。あの若さでこの国の言語含めて合計6か国語も話せるバイリンガルなの。ハイスペック過ぎるでしょう。
「昼食後に、リアラ嬢が書庫と温室の件で話を持ち掛けてきた少年のことかな。君はその少年の姉だったのだね」
「はい」
「分かった。探す手間も省けたところで、技量を確かめたい。明日はそれの準備をするから明後日のお昼に執務室に来るように伝えてほしい。時間は折って伝える」
「ありがとう存じます」
そうして、やっとルーナは折っていた腰を基に戻した。その顔は、どこか緊張から抜けた表情をしている。安心した様子に、私もやっとデザートに手を伸ばした。
一口メモ:リドクリフ編
女性という生き物が苦手




