17.初めての晩餐
少し綺麗に着飾って、私は食堂にある普段自分が座っている席に腰を掛けた。まだ、閣下は来ていないのかいつもと変わらない食堂の風景だ。
私は、いつも世話をしてくれている執事のエミルが準備された椅子に腰をかけると、いつも通りにありがとうと伝えた。すると、まだ幼さの残る若い執事は顔がいいのを知っているのか、とろけた笑みを向ける。いい子だと頭を撫でたくなるのをぐっとこらえながら、私は閣下を待つことにした。
別館の食堂は広いが、家族たちが過ごすように作られている程度なのか、本館の食堂に比べてそこまで広くないとルーナに聞いているが、幼い私にとってはとても広い。テーブルも、6人かけくらいの広いテーブルは、幼い子どもひとりが座るにはとても寂しく感じる。使用人たちは同じ部屋にいるが、彼らはあくまで仕事をしているのだ。レストランに行って、給仕を行っている店員に一緒の席でご飯を食べましょうなんてお願いしないでしょう。キャバクラでもホストでもないのだ。それに、キャバクラやホストは別で給仕が存在するし、スナックは給仕をしているという雰囲気でもない。寂しいからと彼らの仕事の邪魔をしてはいけないのだと、受け止めては彼らの給仕を素直に受け入れて学んだマナーを惜しみなく発揮しても、見ているのは彼らだけで褒めてくれる身内もいない。
これで中身が同じ5歳児だったら寂しくて暴れていたか我儘をぶつけていただろうが、しっかりと大人な私はそういうのも絶えられた。それでも、今日、閣下と食事ができると聞いて浮かれないはずがないし、心が弾まないはずもないのだ。閣下が到着するまで、少しだけ心がそわそわとしている。その様子を、後ろで控えていた使用人たちは、どこか微笑まし気な視線を向けていることに気が付かなかった。
私が席について、少しだけ時間が経ってから食堂の扉が開いた。お昼間に顔を合わせたころから変わらない姿の閣下が、ハルシュタイン氏を引き連れて入ってきた。ハルシュタイン氏は、閣下の席を引き彼の世話をかけはじめる。閣下は私から見て向かい席に着くと、背筋を伸ばしてしっかりと私に顔を向けてくれる。そして、その瞳に私を映すと穏やかな表情を浮かべてくれるのだ。
――こんなの、年頃のご令嬢が見ればそれだけで勘違いしてしまうだろうな
そんな一瞬の所作を受けるだけで、鼻血を出して阿鼻叫喚になりそうだ。幼い私だからこそ向けられるのだろうけど。これで下心があればそれはそれで大問題だ。閣下への解像度が変わってしまう。
閣下が席に着席したのちに、食事がサーブされていく。会話を閣下には職に合わせたワインが用意されており、私は幼いのでお水が準備されている。私はそれに口をつけながら、サーブされてきた食事をマナーを守りながら食事を進めていく。ある程度食事が進みながら、特に会話もなかった。いつも思うが、私も閣下もどのように会話を始めたらいいのか分からないという関係だ。どちらか一人が口を開けばどんどんと会話が続くのだが最初の一歩が思っている以上に重たい。
エミルがメインディッシュをサーブしてくれる。それに、ナイフとフォークを当てた時だ、
「君のマナーは本当に5歳児なのかと疑ってしまうね」
正面からやっと声が届いた。視線をあげると、私のお皿より大きなお肉のステーキを、細かく切って口に運ぶ閣下が目に入る。そして、咀嚼しながら私に視線を向けると、美味しいねと重ねて言葉を貰う。
「お褒めにあずかり光栄です。私のマナーが良くなったとのことで、きっとお教えくださったゼビエ前侯爵夫人のお陰ですね。次回のマナーの授業時に、閣下に褒めていただいたことを自慢させていただきます」
にっこりと満面の笑顔で応える。
閣下も、無言だった緊張がほどけたのか、ゆるく口角が上がった。
「私からも伝えておこうかな。ゼビエ前侯爵夫妻も、残りの余生としてこちらにそろって来ていただいてとても感謝しているよ。どうかな、前侯爵閣下に領地経営を学ぶというのは。本当は君が7歳になった時に始めようと思ったんだけどね、君の意識が高いおかげか思っている以上に授業の進む速さも速い。それに、君はきちんと領地のことを視野に入れているところも考えると、領地経営は早めに初めても損はないと思うんだ。君の理想も、ロトリフス子爵令嬢から聞いているよ。文化の街にしたいんだって?このエステマリア領を」
閣下はワイングラスを持つと、中に入っているワインを一度グラスに沿ってくるりと泳がせた後に、しゃべりすぎたというように口に含んでいく。
会話が増えたためか、食事のスピードが一気に遅くなる。私も、カトラリーを置いて真似をするように水を口に含む。
「はい。文化が発展するというのは、領に余裕があるからだと思っています」
私は、元々文化も文明も発達していた世界にいたから、この言葉が正解かは分からないけれど、
「音楽も、演劇も、本も、貴族のもの。それは、民間の人たちに余裕がないからだと思っています。楽器を買うお金もない。観劇を見るお金がない。本を買うお金もない。更に、それを楽しむという時間もないです。農業も、酪農も、早い時間に起きて、遅い時間に寝て、畑や動物のお世話をしていきます。ほぼ、毎日が稼働時間で休みがないので、まずそれらを楽しもうという思考にならないと思います。更に、本というのは識字率を上げないと、そもそもが持っていても意味のなさない物となると思っています。だから、本というものに関心を持てない。なので、そういう問題をひとつずつ潰していって、何年かけても構いません。最後は領民みんなが文化というものに触れられる余裕を持って暮らしてほしいと私は思っています……あくまでも、理想論ですけど」
力強く啖呵を切った言葉だったが、最後は少しだけ自信がない。私は、語尾をしぼめた後に細かく切ったステーキ肉を口に含んだ。
緊張で咀嚼回数が増えた気がした。
一口メモ:エミル編
名前:エミル
性別:男
年齢:18歳
やわらかい茶色い髪色。アーモンド形のぱっちりとした目許。18歳にしては幼く見えられるとのことでことで時折落ち込んでいる。




