12.やりたいことは沢山ある
一通り話し終えて満足した私は、閣下の膝の上でふぅっと深く息を吐いた。お金が絡む理想論だ。正直に、この土地はとても豊かだった。酪農もあるかと思えばちゃんと麦畑もある。海と隣接されているから輸入品も多くて、商売も賑やか。入ってくる税金はとても多いと思ってる。
勿論、備えに貯めておくことは大事だが使うことも忘れてはいけない。私は、今、この領地にどれだけお金があるかの把握ができていない。少なくとも、私がこうやって贅沢な暮らしをして揺るがないくらいにはあるのだとは理解している。理解してるだけだ。具体的な数字は分からない。人件費が世の中で1番お金がかかるから。
「うん。再来年にはそれが実現できるようには動くよ」
「えっ……」
私が思考を回してる間に、閣下も実現可能かの思考を回していたらしい。その計算ができたのか、大きく頷くと、私の頭を撫でながらそう告げてくれた。
「え、叶えてくださるのですか?」
少し目を見開いて驚いてみせると、閣下は勿論だといって頭を撫でた。
「溢れた平民の雇用が出来るし、雇った使用人はお金を使う機会があれば、街にお金を落としてくれるだろうしね。そうしたら生活が豊かになる。まずは、近いところからと考えると、きみの言うこの策はいいんじゃないかな。実現可能かは分からないけど、その土台等を作ってくようにしてみるよ」
ただ、今はいろいろと準備が必要になるか、とりあえずは庭師をもう2人だけ増やすように募集かけておくね。と言って私の頭を撫でた。素直に嬉しかった。
私は、体をぐるっと閣下の方に向くとぎゅっと抱きついた。
「ありがとうございます!閣下。その言葉だけでも嬉しいです」
なんか、閣下が少しだけぎこちなくなった気がする。じっとりとした、冷ややかな視線がハルシュタイン氏から飛んで来てるように感じるが、背中を向けてるので定かではない。
閣下は数回空咳をして切り替えると、私の背中を軽く撫でてくれる。
私はそれを合図にゆっくりと、抱きついてた閣下から離れれば、再び正面を向いた。まだまだ詰めるところはあるのだから。
喋りたいだけ喋ってしまえば満足する。閣下は私がマシンガンのようにこうしたいああしたいを言うので、それをメモっていった。きっと全ては無理だろう。完全ホワイトなんて金持ちがすることだ。いや、金持ちだが。金は湧き水のようには湧かないので私が言ったところからは、閣下に厳選してもらうことにして私は執務室を後にした。
すっかりと長居してしまった。その間閣下の仕事を止めてしまったことを申し訳なく思いながら、私が少しでもお手伝い出来たらなと思ってしまう。まだ幼すぎるし、知らない単語も多いかなと思うとただの足でまといだとも実感した。
部屋に戻る渡り廊下を歩きながら、屋敷を行き来する使用人たちを見る。今は私が幼く、社交などはないが将来的には行わなければならないだろう。
今は閣下がいる。主に私の代わりに領地を経営をしてくれているが、ずっと彼にしてもらうのもよくないだろう。なにせ、私が後継ぎなのだから。この土地のこととかも、もう少しだけ知りたいし。屋敷で働いてくれている使用人の賃金をあげるなら、街に住んでいる人たちの賃金も上げたい。
そうして、税金も少し上げたところで公共施設として病院とか学校とか、幼稚園とか。前世にあったものが作れないかと悩むが、賃金も税金も上げる方法が分からない。お金って、簡単に湧いてくるわけではないから。先建つものがないなら、どうやってそれを生成するのか。私は貴族だから、普通だったら税金を上げて領民から搾り取るという流れなのだが、それをするとどんなに善行をしてもいい方向にとらえられない。むしろ、私の父と母の印象があまりにも強い領民にとっては、更なる嫌悪感を持たせてしまうだろう。それはダメだなと思いながら、私は楽器の置かれている別館の部屋へと入っていった。
頭は悩んでも、時間のある今は音楽に触れていたい。近いうちに、歴史の授業の後に土地に関する勉強ができないかを相談しようと思うと同時に、年齢を重ねるとこうやってピアノの練習も、ギターを触る時間もが限られてしまうんだろうと思う。それなら、今触れるうちに触ってしまいたい。
私は、小さな私の体に合わせた高さの椅子に腰を掛ける。それでも座るときには踏み台が必要だ。ルーナにピアノの蓋を開けてもらいながら、私は鍵盤カバーを開けていく。埃除けにかけてあるクロスを畳んで端っこに置いてしまうと私は背筋を正した。最初は指の運動のためにスケールを5分くらい繰り返す。5歳児の私には、鍵盤は重たいし、オクターブは未だ弾けない。今は基礎的な音階をなぞって上がって下ってを繰り返していくだけの単調なものだ。指の動きをつけるものだから、いろいろなパターンもある。それを繰り返して5分から10分は毎日絶対にしていた。
「お嬢様、ずっと気になっていたのですが」
私がいつもの基礎的な練習を終わらせて、実際に与えられた課題の楽譜を広げている時にルーナに声をかけられた。普段、こうやって音楽に没頭している時は声をかけることはあまりないのだが、今日は珍しく声をかけてきたので私は手を止めてルーナを見た。
「お嬢様が始まり真っ先に弾かれておりますそれは何という曲なのですか?」
何と言われても。曲ではないので、首を傾げる。
「指の動きの練習用のものだよ。私はまだうまく動かないから、スムーズに動かせるようにしたいの。それに、将来的に難しい曲をするとして、それを可能にするのってこういう地道な基礎練習だと思っているから」
そういって楽譜を広げていた私が、伸ばしていた手を鍵盤に戻した時だ、
「それは楽譜はないのですか」
とルーナが問いかけてきた。そこでふと思ったのだ、そういえば、スケールの楽譜が今現状手元にない。先生に聞けばもしかしたらあるかもしれないけれど、持っていたら私に渡して、これで基礎練習してほしいと言われるだろうと思ったが、今のところは目にしていない。
「うーん。先生に聞いたらもしかしたらあるかもしれないけど……聞いてみようかな。今先生って呼んでもらえたりできる?」
ルーナにそれを伝えると、恭しく一礼すると彼女は部屋を後にしていった。
一口メモ:スティルス編
名前:スティルス・ハルシュタイン
性別:男
年齢:20歳
黒い髪にキリッとした目元。しゅっとした顎のライン。筋肉はなく、痩せ型ですらっとしている




