11.あくまでこれは理想論だから
ダンスの授業後に今回は追いで確認したいことも特になかったので、そこからら1時間くらいは先生と話していた。先生をイメージして買った、イルカをモチーフとしたブローチが目に入ると、早速つけてくれてるんだな、と嬉しくて顔がにやけてしまう。
テイラー先生と、気楽に話をしながら運動後のお水を飲んだあと、彼女は部屋を後にした。
私も、そろそろご飯の時間になるので1度部屋に戻って、汗や何やらを洗い流したあと普段着になる。その後、昼食をして閣下のところに行かなくては。勿論、エルガーの件についてと、もう少しだけ話したいことがある。ここに暮らしていて思った。使用人たち休んでる?って。休みは申告制だけど、ほとんど働き詰めに見える。
私は一般企業に勤めてないから分からないけど、あの当時のSNSで求めてる理想像的なのはよく流れていたので、なんとなくはわかる。私ができる範囲では何とか出来ないかと悩みながら、それでも予算はいくらなのかも踏まえて理想は投げてみようかと思う。
そうして私は滅多に渡ることの無い本館へと足を踏み入れたのだ。ルーナーに案内をしてもらいながら、閣下のいるだろう執務室を数回叩く。すると、返事が届いたあとにゆっくりと扉が開いた。閣下が自ら連れてきた補佐官、ハルシュタイン氏が開けたらしい。補佐官をしているが、彼は列記とした侯爵家の3男だ。私の家よりも格は上。しっかりと礼をとると、普段はキリッとしてカッコイイ顔が甘くとろけて破顔した。どうやら子どもが好きなのだろう。カッコイイ補佐官が台無しである。
私はそんなハルシュタイン氏の事は見無かったことにして入室すると、閣下は走らせていたペンを止めて私の所へ来てくれる。そして、片膝を着いて私の目線になってくれるのだ。この人は本当に紳士だと実感する。
「どうしたんだい?」
「お忙しい中ありがとうございます。えっ……と、いくつか子どもの我儘だと思って、理想論とお願い事を話していいですか?閣下が実現可能と思うものは実現したいと思ってるのですが、難しかったら切り捨てて構いませんから」
言うのが少し恥ずかしい。視線を少しだけ下げながら、手を前に組んできゅっと強く握る。私が考えていることは、正直にこの国の人たちや時代の内容がらは随分と突飛してる。ずっと下町に住んでいたが、ちゃんと街を見たの昨日が初めてだ。それでもあまりちゃんと見れてないところもあって、前世を元にした私の理想論が必ずしも正解ともいえない。それでも、今考えてる事は話しておかないと。
私は意を決して、少し下がった視線を持ち上げると閣下と視線を交わした。
まずはエルガーの件。次に、雇用の件を話していく。エルガーがお願いの件で、雇用が理想論の件だ。
私が真剣な顔で言葉を選びながら話していると、閣下の目は次第に鋭くなり、エルガーの話の途中で待ったがかかった。途中から、閣下は私を抱き上げると、執務机の立派な椅子に腰かける。同時に私を膝の上に座らせると、紙を1枚用意して私の話していた内容をスラスラと書き始めた。どうやらメモを取っているらしい。私の願いごとがかれこれ買って欲しいというものでは無いと分かり、かつ大事な事だと思ったのか形に残し始める。私は閣下の手元を見ながら書く内容の区切りを見て整理した言葉を並べていく。
最後、ペンが止まって私もこれ以上ないと伝えるように、小さく頷くと書いた内容を吟味し始めた。ハルシュタイン氏もそっと閣下の手元を覗き込みながら思案顔。私は、居心地が悪くて閣下の膝の上でモジモジしてしまう。
「うん。君の意見は最もだと思う。まず、エルガーの件だけど、この屋敷はもとより君のだ。君が決める権利があるから、温室は好きに使っていいよ。そして薬師の先生になる人なのだけど、1人心当たりがある。ただ、研究熱心だから、彼女も温室で研究して、その横で助手として働いてもらう形になるかもね。そうなると、庭師は辞めてもらった方がいいかも。うーん、人員増やすとなると、君の理想論側の話。この、3交代制だっけ。昼勤務、夜勤務、夜勤早朝勤務だっけかな。これにするには人員をかなり増やさないとだね。そうなると、少し寮も手狭な気もするんだけど……拡張するのもそうだけど、人員配置も考えないとか」
うーん、と考えながらさっきから口と手が動いている閣下を見る。
「今、本館と別館で働いてる人達もお給金を上げることは出来ますか?お給金あげた人達は今後私たちの、生活空間の方に移すこと前提で、これから増える人達は本館の方に入ってもらいたいです」
プライベート空間に危ない人は入れたくない。今いる人たちは割と顔も名前も覚えているから、その人たちの信用はある。
「それで、これから増やす方々は商家とかのいい所の出身以外で、雇用であぶれて困っている平民の人たちも混ぜてもらっていいですか」
「それはなんで」
「人員には限りがあるからです。結局人が足りなくなるので、出自が安心している人たちがいいのは勿論ですが、結局はそれだけでは回らなくなりますから。教育は入った後にしっかりとして貰えたらいいと思います。文字の読み書きが出来ないなら、今は私の家庭教師もいますし。先生方に話して、問題がなければ勉強を教えたっていいと思うんです。あと、そういう人たちは下働きに近いですが、廊下や貴重品のない部屋の掃除と洗濯や買い出し、庭師など他諸々を中心に働いてもらい、偉い人に給仕することや、貴重品のある部屋とかの掃除などは、身元がはっきりしてる方を就かせるとして、分別ハッキリさせてしまえば棲み分けは出来るかなって。あと、そういう教育をしっかりと叩き込める貴族の家で奉公できたという実績は、今後の職にも繋がりますから。退職時はちゃんと退職金も出してフォローもしてあげたいですね」
頭の中でこねくり回しながら話をするのと同時に、閣下も手を動かしてはメモを続けてくれた。その目元は少しだけ細められ、ハルシュタイン氏の視線は少しだけ鋭くなってることを私は気が付かなかった。
一口メモ:テイラー編
名前:エルモリア・テイラー
年齢:21歳 独身
恋をしたことがない。勉強よりも体を動かすことが好き。
授業は厳しいが、それ以外はとてもフレンドリー。八重歯の可愛らしい先生




