創造奇譚〜異能力者シュンの心は溶け切らない〜 第2話「自由な空に縛られる小鳥」
異能力バトル系、連作短編第2段です。
前作はこちらから↓
創造奇譚〜異能力者シュンの心は溶け切らない〜 第1話「見え隠れする慈善と偽善」
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太陽が空高く昇っている。燦々と照りつけるそれは、一種の鬱陶しささえ感じる。
葉月がもうすぐ終わりを迎えようとしていて、学生は地獄を見ることになるのは数日後の話だ。
地獄と呼べる長月───具体的に言えば新学期はもう目前に迫っていた。
そんな中、一人の少年はこんな暑いのにも関わらずシャツの第一ボタンまでしっかりと閉じて襟はみっちりと首に付いている。その上から黒いスーツを着ていて見ているこっちも汗をかいてしまいそうだった。
だが、実際その少年はそこまで暑いと言う訳では無かった。
それは、その少年が持つ異能に関連する。
この少年の名前は、シュン。木村旬。
齢17歳の彼は、高校を中退しとある組織に入団しようとしていた。
先程、「彼の持つ異能に関連する」と説明したが、まずはクリエイションと言う存在自体の説明をしなければならないだろう。
クリエイションとは、簡単に言ってしまえば「超能力」であった。
だが、超能力者のように複数の能力が使えるわけではない。ただ、特出した一つの能力のみ使用できるのだ。
この少年───シュンを例にしてあげるならば彼の異能名は『冬の花』だ。
その能力内容は「氷を作り出し操ることができる」と言うものだった。
この、氷を作り出す能力によってスーツの中をヒンヤリさせることを可能にしていたのだ。
もっとも、彼がこの異能に目覚めたのはほんの数日前であり、この異能に目覚める前までは異能を持たぬ一般人とは何ら変わらない平々凡々とした生活を皆と同じように営んでいたのだ。
彼の場合は、高校生だったから毎日毎日同じように高校に行って勉強をして家に帰り飯を食って寝るという単純な生活だ。もっとも、彼が異能に目覚める直前は、夏休みだったので家でダラダラと自堕落な生活を送っていたと言うのが正しいのだけれど。
「氷を作り出し操ることができる」という夏場にはうってつけの異能だが、一つ欠点があった。それは、「作り出した氷に触れているものも少しずつ凍ってしまう」というものだ。
今、シュンがスーツの下に薄く伸ばしている氷も2分に一度ほど能力を解除して氷を消さないとシュンはみるみる間に氷像に早変わりしてしまう。例えるならば、氷の伝染病とでも言えばいいだろうか。
スーツ姿で歩き続けたシュンは、一つのビルの前に辿り着く。シュンは、唾を飲み込むとそのビルの中に入っていった。ここがシュンの人生を変えることとなる組織───『ecifircas』のアジトであった。
───これは、シュンが数々の異能との出会いとの果てに成長していく物語である。
***
シュン───俺は、『ecifircas』のアジトに辿り着いた。
扉を開けて、中に入ると一人の少女が待ち構えていた。
「あ、リーダー!シュン君が来ました!」
大きな声でそう報告するのは、可愛らしい声をした茶髪の少女───ナツキだった。
彼女は、俺を助けてくれた命の恩人のような人だ。出会ったのは数日前だが、1歳違いと言うこともあってか少し仲がいい。
───と、勘違いされては困るから言っておくが俺は17歳で、ナツキは16歳だ。
「シュン。2階に来てくれ」
姿が見えず声だけがする。この、落ち着いた声の持ち主が『ecifircas』のリーダーであるサエカさんであった。
俺は彼女の指示に従うように、階段を登り彼女の元へと移動する。
今日、俺はこの『ecifircas』に入団する。ここ『ecifircas』は異能を持つ人物が集まってできた集団であり、政府の公認らしい。
主な仕事は、異能に関連する事件の捜査の協力や、異能を利用し暴れる者への制裁だ。
異能は、世間一般には知られていない。その理由は、一般に認知されてしまうと社会に悪影響を及ぼすなどで、隠されているのだ。
「スーツなんか着て、畏まらなくてもいいんだぞ?」
サエカさんは、こちらに微笑を向ける。
「入団面接と言ったって、合格は確実。10割なんだ。だから、お遊び程度でお喋りに付き合ってくれればいい」
「わ、わかりました…」
サエカさんはそう言うと、俺を手招きして一室に呼び込む。
俺は、サエカさんに連れられてその部屋に入る。
「し、失礼します」
「まぁ、座ってくれ」
俺は、サエカさんの目の前に座る。彼女のツリ目が、その双眸で俺のことを捉えている。
「んじゃ、面談と言うことで。高校は卒業───じゃないね。中退したけれど、後悔はない?」
「はい。どうせ、父さんが死んで大学には行けそうにないし、ここで働けるのなら働いた方がいいかなって…そしたら、父さんも喜んでくれるだろうし」
父さんは、つい数日前に無くなった。葬式やお通夜はもう終わらせてある。父さんの兄───俺の叔父が全てを取り仕切ってくれたのだ。
父さんの死の起承転結を大雑把に語るとするならば、家が火事になり父さんは焼け死に、俺は『冬の花』と名付けてもらった異能が覚醒した。そして、その後すぐに『ecifircas』に助けられて仲間にならないかと誘われる。そして、今に至る。
叔父さんは「オレ達のところで一緒に暮らさないか?」と優しく声をかけてくれたが、オレはその提案を断り、『ecifircas』に入団することを決めた。
───叔父さんの名誉のために言っておくが、俺は叔父さんの事が嫌いなのではなく『ecifircas』に唆られたからだった。『ecifircas』の方が魅力的だったのだ。
「ここでは、死ぬ可能性もあるけど───いや、私は仲間が死ぬところをたくさん見てきた。私は私の能力のせいでここまで生き残っているけど、君は仲間の死や自分の死を乗り越える覚悟はある?」
彼女の目の色が変わる。本気の目だった。嘘偽りない覚悟を求める目。生半可な覚悟で「yes」と言ってもすぐにバレるような気がした。
「父さんが死んで、正直とても悲しいです。でも、だからと言って父さんは俺が後を追って死ぬなんてことは望んでないのは確かです。だから、まだ乗り越えられるとは言い切れない…でも、乗り越えられるように成長します」
「───そうか。君は───シュンは私の求める答えをくれる模範生だな」
サエカさんの目が少し優しくなったような気がした。彼女は椅子に座り直すと少し目をつぶった。そして───
「君を『ecifircas』に入団することを認める。団員番号No.2大沼冴香」
そう、言い放った。俺は認められたのだ。
「シュン。いや、木村旬。君にも団員番号を授ける」
俺は少しワクワクしていた。男子ならば、組織の番号など夢見るだろう。番号を体に刻み込むなんてことは、奴隷みたいなのでしたくないが番号をつけられることは憧れる。
───世の男子が勘違いされないように言っておくが、決して囚人番号などの不名誉な番号のことではない。
「木村旬。今日から君は『ecifircas』の団員番号No.4だ。よろしく頼むよ」
俺は、サエカさんからNo.4の番号を授かった。
「No.4ですね…ありがとうございます!」
「あぁ、頑張ってくれ。私は私の身しか守れないもので」
サエカさんはそう言うと、自虐的に笑った。彼女のその意味深な言葉の意味が、俺にはわからなかった。
「それで、入団したら最初は何をしたらいいですか?」
「そうだな、シュンの能力『冬の花』は情報分析だったり、精神攻撃だったりせず、現地に行って暴走した異能を止める役割の方が大きいから私やナツキと一緒だな」
俺を助けてくれた、サエカさんやナツキは現地に行って異能を執り行う班であった。
サエカさん曰く、『ecifircas』の中にも精神に直接訴えかけるような能力を持つ人物や、戦闘要員として優れた能力を持つ人物など多種多様な異能持ちがいるようだ。俺の氷を作り出し操る『冬の花』は、戦闘要員として優れているらしい。
「───俺も現地に行って戦うんですか?」
「いや、被害者の救助だったりの方が多いかな。戦う極稀だ。情報分析をするような能力ではないから戦闘要員として組み込まれるのだけれどな」
サエカさんはそう説明してくれた。
「戦闘要員は明るいけど、情報分析班は若干暗いからテンションの落差には気をつけてくれよ」
そう、アドバイスしてくれた。
「そうだな…シュンはまだまだ素人だしシュンを含めた3人のトリオにしようと思う」
サエカさんはそう説明してくれた。
「私とナツキの2人チームか、ショウゴとミレイのいるチーム───って、名前を言ってもわからないな。私以外の3人を招集することにするよ」
彼女はそう言って、俺に微笑む。
「わかりました…」
『ecifircas』のメンバーで喋ったことがあるのはサエカさんとナツキの2人と、ショウゴと言う少年だった。姿を見ただけの人物は数人いるが、どこかどんよりとした雰囲気だったので声をかけづらかったのだ。
「少し待っていてくれ。今、招集をかけるからな」
彼女はスマホを取り出し、どこかに電話をかける。きっと、他の3人を呼び寄せてくれているのだろう。
”ガチャッ”
一番最初に部屋にやってきたのは、ナツキだった。
「私にも後輩ができたんですね!」
部屋に入ってくるなり、そんな嬉しそうな声を出した。
「あぁ、年齢で考えれば先輩はシュンだけどな」
サエカさんはそう言ってクスリと笑う。彼女の長い黒髪が揺れた。
「でも、『ecifircas』に在中していた歴では私の方が多いです!だから、私が先輩です!」
「そうか、そうか。ごめんな、シュン。ナツキが入ってから、君が入るまで一人も入団者はいなかったから」
サエカさんは、俺に事情を説明してくれた。俺は「大丈夫です」と言い、静かに頷いた。
「後輩君、これからよろしくお願いしますね!」
ナツキ───先輩は、俺の両手を握りブンブンと上下にブンブンと振るう。もし、ナツキ先輩に尻尾が生えていたならば、はち切れんばかりに回していただろう。
「それでそれで、後輩君はもう決めたんですか?」
「決めたって…何を?」
「誰の班になるかですよ!ほら、私と同じ班になりたいって言ってもいいんですよ?私は先輩なので後輩には寛容なのです!」
そんな事を言っているが、ナツキ先輩はきっと同じ班になって欲しいのだろう。
「ショウゴ───さんとミレイさんのいるチームも見てから決めようかと…」
「そうかぁ…」
ナツキ先輩は少し俯いてしまう。空想の尻尾が垂れ下がっていた。
「あ、でもショウゴ先輩と一緒にいたいですか?」
ナツキ先輩はそんな事を言いだす。ショウゴさんとは、俺も何度か話したことがある。
ショウゴさんは、このチームでのボケだ。そして、サエカさんからよくツッコまれている。もっとも、ツッコミと言うよりも軽い暴力と言ったほうが近い気もするが───。
”ガチャッ”
部屋の扉が開く。そこに立っていたのは、一人の少年だった。黒髪で朱色の目をしたその少年とは何度か話したことがある。ご察しの人もいると思うし、どうせすぐに正体は明らかになると思うので勿体ぶらずに発表する。彼が、何度も会話に出てきたショウゴさんだった。
「よ」
彼は、そう言って右手を挙げる。左手はズボンのポケットに突っ込まれていた。
「って、ミーちゃんはまだ来てないんだな」
「ミーちゃん?」
俺は思わず聞き返す。
「ミーちゃんはミレイの事だ。ショウゴは、団員にあだ名をつけて呼んでいる」
「そうなんですか…」
「あ、そうそう。シュンも正式に団員になったんだろ?」
「あ、はい。そうです」
「それで、サーちゃん達のチームになるかオレらのチームになるかで迷ってる。そういう事?」
「はい…端的に言えばあってます」
「そうか、ならばオレのチームには来ないでくれ」
「「は?」」
俺と、サエカさんは思わず驚きの声をあげてしまう。
「どうしてだ?」
「そりゃあ、勿論ミーちゃんとラブラブな雰囲気を壊してほしくないからだよ!」
ショウゴさん───ショウゴはそんな事を言い出す。
「ショウゴとミレイさんって付き合ってるんですか?」
俺は、サエカさんに近付いてそう小声で問う。
「ふふふ、そんな訳ないじゃないですか?」
「まさか。ショウゴに彼女がいると思うか?」
俺は首を振る。
「おい、シュン!お前、失礼だぞ!」
「ショウゴに彼女はできない」という言葉を俺が認めたことにより、ショウゴがそれに若干怒る。
彼は、このチームのギャグ要員でありムードメーカーであり不憫役なのだ。彼の扱いは、大体悪い。
「んとまぁ、冗談はおいておいてシュンはどっちがいいんだ?」
「そうですよ!私達のチームに入ってくださいよ!」
ショウゴとナツキ先輩は、そんな事を聞いてくる。
「別に、シュンがいようがオレらはラブラブムードを貫き通して気まずいのはシュンだけだけど───」
”ガチャ”
「私は別にショウゴとラブラブしてると思ったことは一度もないわ!」
そう言って、部屋に入ってきたのはピンク色の髪をした少女。その瞳は桜色で、背中にはギターを背負っていた。
「ミレイ、待っていたぞ」
「ミーちゃん、来るの遅いよ?新入りを待たせて先輩としての自覚はないのかなぁ?」
「ショウゴの方が、先輩としての威厳は無いと思うのだけれど」
「なっ!お前、言ったな!」
「ふん、事実じゃない?それとも文句があるとでも言うのかしら?」
「え、あ、いや…えっと…」
ショウゴはしどろもどろになってしまう。
「ショウゴが喋ると、このチーム全体に被害が及ぶから部屋の隅で体育座りして待っていて頂戴!」
「───はい…」
ショウガはそう言って、小さくなってしまった。もちろん、これは比喩だ。
「これでラブラブとかよく言いますね…」
俺は思わずそう呟いてしまう。
「とある界隈ではこういう言葉もご褒美なのだよ…」
ショウゴがしおらしく答える。
「あれ、ショウゴってドM?」
「失礼な。ドMな訳ないだろ。扱いが悪いオレが忠実にオレの役割をこなしてるだけだよ!」
ショウゴはそんな言い訳をする。
「私が自己紹介するから、ショウゴは本当に黙って頂戴?」
「あ、はい…すいません…」
彼は、部屋の隅っこに追いやられる。その会話を、サエカさんとナツキ先輩はほっこりした目で見ていた。
「それじゃ、私から自己紹介することにするわ!私の名前は村上美玲よ。まぁ、ミレイとでも呼んで頂戴!」
「何度か話したことはあるし、自己紹介は必要ないかもしれないけど一応。オレの名前はショウゴ。國分翔吾だ。まぁ、好き勝手に呼んでくれ!」
2人は、そう自己紹介を済ます。
「俺はシュン。木村旬です。えっと、好きなように呼んでください!チームは…今の所、ショウゴと同じチームに入ろうと思ってます」
「え、なんでですか!」
俺の発言にいち早く反応したのはナツキ先輩だった。
「男がいると、安心感が違うので…」
「そうですか…後輩君は私達と仕事がしたくないですか…」
「ち、違います!そうじゃないです!」
「じゃあ、後輩君は私と一緒に仕事しましょうよぉ!」
ナツキ先輩が、俺に泣きついてくる。俺は、困り果ててショウゴ達の方を見る。
ショウゴは吹けない口笛を吹くフリをして誤魔化していた。ミレイさんは、ギターのチューニングの調整をしている。そして、サエカさんは微笑ましい目でこちらを見ていた。
「ちょっとぉぉ!皆さん、助けてくださいよぉぉ!」
俺は、そんな叫び声をあげる。昼下りのアジトで、そんなヘルプを促す声が響いた。
***
俺達は、ビルの2階の一室を出て、1階の談話室に移動していた。入口から真っ直ぐ進むと広い談話室に到着し、皆はここに集まるようになっている。他の部屋は狭いので、全員が集まるにはこの部屋が最適なのであった。
「それじゃ、団員番号No.3のシュンは、団員番号No.5のショウゴと団員番号No.11のミレイのチームに属することをここに宣言する」
部屋には、『ecifircas』のメンバーが全員集まっていた。見たことのない顔ぶれも数人いた。
赤髪の少年や、サングラスをかけた青年。パジャマを着た少女や、白髪の女性などだ。
赤髪の少年は、ソファーに深く座っておりパジャマを着た少女は彼に寄りかかっている。
サングラスをかけた青年は、奥にあるダイニングテーブルに座っていて、その隣には白髪の女性がいて、青年の真正面にはミレイさんがいた。
「よろしくです!」
そう声をかけてくれたのは、白髪の女性だった。
「えっと…俺を除いた8人で全員でいいんですか?」
「あぁ…そうだが?」
「なのに、ミレイさんは団員番号No.11なんですよね?俺も含めて9人なのに番号は11までっておかしくないですか?」
「おぉ、無知なシュン君に慈悲深いオレが教えてあげよう!」
そう言って、ショウゴは俺の肩に手を乗っけてくる。
「オレら『ecifircas』にNo.1とNo.10はいないんだよ。相変わらず空白で。いやぁ、仲間になる人も少ないんだよねぇ…」
そう言って、ショウゴは一人うんうん頷いている。
「そうなんですか…」
現在、No.11までいると言うことは昔はNo.1からNo.11までの全員が集まっていた時があるということだ。
俺は、『ecifircas』がいつからありこれまでにどんな経緯があって今に至るのかなどという事は知らない。
それに、そんな重要なことを今すぐに聞いていいとも思わない。
「詳しいことは、また今度聞きます」
「あぁ…そうしてくれ!」
ショウゴはそんな事を言っている。
「チームが奇数になったのさ。分断を生むのさ」
そう言ったのは、黒髪黒目のパジャマを着た少女だった。彼女の目の下には、クマがある。
「まぁ、リカ。そんなことは言ってやるな。どうせ、すぐに一人減るんだぜ?」
そう言うのは、サングラスをかけた青年だった。彼らの会話は、俺には理解ができなかった。
「そんなひねくれたことを言うのは違うと思うのです。新入りの彼には優しくしてあげるのが私達先輩の役割だと思うのです」
そう言って、小さく手を挙げたのは白髪で、瞳が水色の女性だった。
「おいおい、カインちゃんはぬるすぎだよ?僕達の強さを理解らせておかないと」
ソファに深く座った赤髪の少年がそんな事を言っている。
「4人は情報分析班なんですか?」
俺は、隣りにいたサエカさんに聞く。
「あぁ、そうだな。彼ら彼女らは情報分析班だ」
「おいおい、リーダー。情報分析班なんて気前が良すぎるんじゃないか?」
そう述べたのは、サングラスをかけた青年。
「そうなのさ。そんなキッパリとしたカッコいい仕事じゃないのさ」
「では、どういう?」
俺は思わず問うてしまう。赤髪の少年が口角を上げて答える。そして───
「───拷問班。そう言っちまった方が正しいと、僕は思うんだよ」
赤髪の少年は、そう答えた。
「拷問班?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「あぁ、そうだよ。拷問班だ。例えば、こんな風に」
赤髪の少年は、肩に寄りかかっていたパジャマの少女を退かして立ち上がる。そして、俺の目の前にまでやってきた。灰色の瞳には、俺が映っていた。
「───んじゃ、見させてもらうよ。『アンハッピーリフレイン』」
彼が、そう呟く。そして、俺の頭の中を逡巡するのは数日前の記憶。
───そう。父さんが死んだ時の記憶だった。
***
黒とオレンジの2色に染め上げられた俺の家。リビングの扉を開けて、そこに寝っ転がっていたのは俺の父さんだった。いや、寝っ転がっているのではない。
死んでいるのだ。
体が焼き焦がされたか、一酸化炭素中毒になったか。原因はわからない。なんなら、俺も10秒後には死んでてもおかしくない状況。父さんが死んだという事実だけが目の前に転がっていた。
───思い出したくない。
俺の頭の中にやってくるのは、数日前の記憶。これまでに考えていた物全てを抜かして、前面にやってきたのは父さんの死体を見た時だった。記憶のフラッシュバック。無理矢理引き出されているようなこの感覚。
唯一の家族を失い、驚きと悲しみのアンビバレンスに押し潰されそうになる。どうして、思い出してしまったのか。いや、理由はわかっていた。これが、赤髪の少年の異能なのだ。
そして、記憶と共に再来するのは、罪悪感。後悔。憎しみ。そんな負の感情に、押しつぶされてしまいそうだ。思い出したくないこの記憶が、頭の中で逡巡する。
もう、いっそこのまま燃え尽きてしまえば───。
「やめてやれ」
そんな、記憶の再来はサエカさんの声で唐突に終りを迎えた。
***
「───ッ!」
「やめてやれ、後輩をいじめるのは。ハヤト、後でお説教だ」
「えぇ…僕はただ立場を…」
「何か、シュンは悪いことをしたか?」
ハヤトと呼ばれた、赤髪をした少年はサエカさんに怒られてしまう。
「あ、あの……」
「すまなかった、シュン。私がこのハヤトの代わりに謝らせて頂く」
「い、いや…いいんです!大丈夫、大丈夫ですから!」
「ハヤト、そいつの記憶はどうだったのさ」
「無味乾燥な過去だったよ。これじゃ、背中も疼かない」
「多分、そいつの見た記憶は、異能が発動した時の記憶だろ?」
「そうだったと思う」
「そうかいそうかい、じゃあ弱っちいんだろうな」
「コジロウもハヤトと一緒にお説教してやろうか?」
「いやいやまさか、そいつは勘弁だぜ?」
サングラスをかけた青年が、半笑いでそんな事を言う。
「じゃあ、後輩にも優しくしてやれ。心が狭いぞ」
「ッチ!わーってるよ。優しくすりゃあいいんだろ?優しくすりゃ!」
”ピンッ”
そんな、軽快な音があり何かが指から発射される。それが、俺の指にストンと落ちていった。
「これは…」
俺の手の中に落ちたのは、500円硬貨だった。
「なんか好きなもん食ってこいや。遠慮はいらないぜ?」
「え、あ、ありがとうございます!」
俺は、頭を下げる。
「こうしなきゃ、俺もリーダーに怒られちまうんだ。その代わりおあいこだぜ?」
そう言って、コジロウと呼ばれていたサングラスをかけた青年は「ニシシ」と笑った。
「騒がしいから、ミーち達のチームは見回りにでも行ってほしいのさ」
「何よ、その言い方、心外だわ!私のほうが歳上なのに、命令しちゃって!もう、ショウゴ、シュン君!行くよ!」
「へいへい」
「あ、はい!」
俺とショウゴは、ミレイさんの後を追って、アジトの外へ出ていった。
「えっと、ミレイさんは情報解析班のこと...どう思ってるんですか?」
「あんまり好きじゃないわ!カインは、優しいし穏やかだからまだ仲良くできるけど───って、カインがわからないか」
俺は静かにうなずく。
「んじゃ、説明するわ。情報解析班は全部で4人。白髪で目が水色の女の人がいたでしょ?その人が、カイン。彼女は頭がいいけど運動音痴なの。そして、リカ。あの、パジャマ着てた貧乳の子よ!私よりも年下なのに命令してきて、いけ好かないわ!」
「そんで、サングラスを付けてんのがコジコジだよ」
「コジコジ?」
ショウゴが「コジコジ」と呼んでいるが、俺にはわからない。コジコジはコジコジなのだろうか。
「ショウゴ、ちゃんと名前で教えてあげなさいよ。コジロウよ!コ・ジ・ロ・ウ!彼は、チームでリーダーとカレイの次に昔からいるらしいけど、尊敬はしなくていいわよ。ぶっちゃけ私はアイツが嫌い」
「……そうなんですか」
「えぇ、そんで最後がハヤト。アンタに、『アンハッピーリフレイン』を───って、異能名じゃわかんないんだったわね。えっと...シュン君にトラウマを思い出させたのがハヤトよ」
俺は、赤髪で灰色の瞳をした彼のことを思い出す。
「『アンハッピーリフレイン』が能力名なんですか?」
「えぇ、異能は全て、創作物から名前が付けられるわ。私の異能は『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』って名前だし、シュン君のだって『冬の花』でしょう?」
「あ、はい」
俺はそう返事をする。
「あ、オレの異能は『裏表ラバーズ』って名前な!」
ショウゴがそう追加した。同じ作者の曲が多い気がするが問題はないのだろうか。
「んまぁ、オレも正直情報解析班とはあんまし仲良くないから。と言っても、対立しているわけじゃないけどよ?」
そう述べた。今頃、ハヤトはサエカさんにお説教でも受けているのだろうか?
「───んまぁ、そう詳しく考えてもしょうがないわ!ブラブラと歩き回りながら見回りをしましょう!」
そう言って、俺達3人は他愛もない話をしながら、街を散策し続けた。
───3時間ほど、歩き続けて足が棒になっていた時だった。
”プルルルルルプルルルルル”
「何かしら?」
ミレイさんのスマホに着信が入る。ミレイさんが、ポケットからスマホを取り出し電話に出る。
「もしもし?リーダー、何か問題が?」
「どうかしたの?」ではなく「何か問題が?」と聞くとあたり、電話がかかってくる時には必ず問題が起こっているのだろう。
「え、嘘?」
ミレイさんがぎょっとしたような顔になる。
「わかった、今すぐいくわ。場所を教えて!」
ミレイさんの声により、ショウゴの顔もこわばる。先程まで、ふざけたジョークを言っていたのが嘘みたいだ。
「あそこね、わかったわ。すぐに向かう。対処はどうする?シュン君がいるから氷漬けにもできるかも…だけど」
ミレイさんは大真面目な顔で話をしている。まだ、俺は能力をマスターしているとは言えないので失敗する可能性も大いにある。それに、氷漬けにしてしまえば5分も立たずに氷が伝染して死んでしまうだろう。
「あ、そう。わかったわ。それじゃ、失神程度にしておくわ。解決まで事が進んだら、再度連絡するわ。警察の方々に異能の説明はしておいてちょうだいね」
そう言って、ミレイさんは電話を切った。
「どうかしたんですか?」
「事件が起こったわ!」
「えぇ?どこで?」
「銀行強盗よ。犯人は今立てこもっているらしいわ!」
「そんな、ヤバいじゃないですか!」
俺は、そんな声を出してしまう。
「ヤバいから、オレらが助けに行くんだろ?いちいち驚いていたらキリがねぇ」
ショウゴがそんな事を言っている。
「んじゃ、飛ぶから。準備オッケー?」
「オレはいつでも」
「え、あ、飛ぶ?」
ミレイさんが「飛ぶ」と言っている。飛ぶ?どういう事だ?飛行機かヘリコプターでも来るのか?
「『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」
ミレイさんはそう呟いた。すると、背中に翼が生える。だが、蝶や鳥のようなキレイな翼ではない。
例えるならば、悪魔の翼だろうか。翼は、肩甲骨の辺りから生えている。その翼は、少し千切られていてボロボロになっていて、飛べるかどうか怪しい。
”バサバサバサ”
ミレイさんは、翼を動かして空に浮いている。
「2人も持ち上げられるかしら…」
そんな事を言いつつも、ミレイさんは俺達2人を手招きする。
「じゃあ、掴んでくれ」
「わかったわ」
俺とショウゴはミレイさんに抱きかかえられる。そして、空を飛んだ。
「靴を落とさないように、気をつけて頂戴!」
俺は、驚きのあまり声が出ない。バサバサと、羽ばたく音が聞こえながら俺達は上昇していく。
ビルに囲まれたこの街を、ビルの最上階の上から見ている。きっと、落下したら即死だろう。
そんな事を考えている間も、どんどん高度が上がっていく。
「え、え、こんなに上がる必要ないんじゃない?」
「なんだ?シュン、怖いのか?」
「い、いや…怖いってわけじゃ…」
「いやぁ、オレは別に文句は言わないぜ?高所恐怖症とかもあるよな。うんうん、大丈夫。認めてやるから」
「こ、怖くないから!大丈夫だから!」
俺は、恐怖を薄めるために特段デカイ声で否定をした。
「はいはい、2人共。これからは人の命がかかった仕事をするんだから、真面目にね!」
「あぁ、わかってるよ。俺だって、わざとふざけてる訳じゃない。それは、ミーちゃんが一番わかってくれてるだろ?」
「……そんなふざけたあだ名で呼んでくる辺り、理解ができないのだけれど」
そんなツッコミをする。十分な高度まで上がったらしく、滑空するように翼を広げてビルの多いこの都会の街の空を優雅に飛んでいった。
「立てこもってるってことは、銀行内にいるってことか?」
「えぇ!リーダーから聞いた情報によれば現在、犯人の男と警察は膠着状態らしいわ!犯人の男は、逃走用の車と拳銃を要求しているらしいの!」
「そうか…なら、どうにかして外に出さないとオレの『裏表ラバーズ』は使えないな…」
2人の真面目な会話に、俺は参加することができなかった。隣で、俺と共にミレイさんに抱きかかえられているショウゴの表情は至って冷静で真面目だった。
俺達3人以外の人の声───人為的に作り出した物の音が聞こえなくなっていた。
街を包んでいる喧騒の範囲外に出た俺達はそのまま事件現場へと移動する。
「うひょー!本当に刑事ドラマで見るような感じだ!」
俺は、上空から見る銀行の立てこもり現場に驚きの声をあげてしまう。銀行の入口を囲むように警察車両が止められており、最前線では警察官が持つ盾───ライオットシールドが構えられている。
「かなりヤバそうね…犯人は爆弾を持っているのかしら?」
ミレイさんのそんな声。俺は、目を凝らして地を見た。だが、何も見えない。
「一回、降りてみるか?ポリスメンと話を付けたほうがいいだろうしよ…」
「えぇ、そうね!それじゃ、降りるわよ!」
突如として、俺を襲うのは落下したような感覚。
「落ち───、」
俺は、叫ぼうとしたと同時に舌を噛んでしまった。悶絶しつつも、体は落下する感覚に支配される。
バサバサと服がなびく音がすぐ近くで聞こえる。落下するという恐怖。ジェットコースターとは全く違うそんな感覚。自殺を選んだ人は、最後にこんな恐怖の中にダイブするのか、と考えると自殺を選択した人たちの勇気を称賛してしまう。
「刑事さーん!到着しましたわー!」
ミレイさんがそう叫ぶ。驚いたような顔をして、こちらを向く警察官が数人。野次馬も皆、事件現場そっちのけでこちらを見ていた。
地面ギリギリまで降下したミレイさんは、地に足をつけること無く俺らを離す。俺とショウゴの2人は華麗に地面に着地した。
「おや、彼が話に聞いた新入りですか?」
声をかけてきたのは、いかにも警察が着ていそうな紺色のノースリーブのベストに水色のシャツを着ていた。
「えぇ、そうよ!シュン君、挨拶しなさい!」
「あ、どうも。『ecifircas』の団員番号No.4シュンです。よろしくお願いします」
「私は異能が引き起こした事故や事件を調査する専門部隊───異能対策本部第二支部長の平山だ。これから、何度か関わることになるだろうから。よろしく頼むよ」
「平山さんですね、お願いします!」
俺は、頭を下げる。そう言うと、平山さんは少し笑った。
「礼儀正しい子だね。隣りにいるショウゴ君とは大違いだ」
「ほっといてくれ。あんまし敬語は得意じゃないんだ!」
「社会に出た時、大変だよぉ?」
「もうオレは、働いてんだ。政府直属の犬としてな。だから、平山さんと一緒だよ」
「ちょっと、ショウゴ!平山さんに失礼でしょう!」
「いや、いいんだ。ショウゴ君のジョークは面白いからね。政府直属の犬だなんて、ショウゴ君以外が言っても、ただの皮肉だろう?」
「うーん、なんかオレはバカにされているような気がする…」
ショウゴは腕を組みながらそんな事を言う。
「それで、ショウゴ君がいると言うことは『アレ』を使うんだね?」
「あぁ、だから外に出してくれ!」
「わかった、上手くこっちでやるから空中で待機していれくれ!」
「おうよ!」
「じゃあ、ショウゴ!捕まって!」
「え、あ、俺は?」
ミレイさんとショウゴが空中に舞い上がりそうになって、俺は少し焦って留める。
「うーん、ここで待機しておいて!まぁ、見ててちょうだい!」
「え、えぇ?」
「シュンは、平山さんと一緒に中で立てこもっている奴を外に出してくれ!」
「そんな、急に言われても!」
俺を置いて、ミレイさんとショウゴの2人は空へ空へと上がっていく。首が痛くなるほどまで高いところまで上がっていった。2人が、ゴマ粒みたいに見える大きさまで上がっていた。
「ははは、シュン君だっけ?も、大変だね」
俺は、平山さんに愛想笑いをされた。
「ミレイ君もショウゴ君も突っ走る正確だから…って、私が知った口を聞いていいとは思えないんだけどね」
平山さんは、そう言うと目の色が変わる。
「それじゃ、シュン君は私と一緒に立てこもり犯を外に出すのを手伝ってくれ」
「えっと、俺も手伝っていいんですか?」
「当たり前だろう?君は『ecifircas』に入団したんだろう?団員番号No.4だなんて言ってたし!」
「そうですけど...一般市民と変わらない俺ですよ?まだ、未成年ですよ?」
「警察官も一般人だ。未成年でも警察官になれる人はなれるよ。ほら、高卒の人もいるだろうし。それに、ショウゴ君もまだ未成年だ!」
ショウゴがまだ未成年だと知り、俺は若干驚いた。20代前半のイメージがあった。ノリのいい兄貴分的な存在───いや、お調子者と言ったほうが正しいだろうか。
「え、ショウゴって何歳なんですか?」
「確か…今年で19歳だったかな?」
「へぇ…そうなんですか…」
「だから、教えちゃっていいんだよ。子供としてではなく、一人の人物として私は『ecifircas』の皆を扱うことにしているし」
「わかりました…では、初めての事件ということで抜けてるところもあるかもしれませんがお願いします!」
「他に言うことは?」
「え…あ、できるなら痛くしないでほしいです!」
「違う。聞き方が悪かったな。君の異能は?」
「───話していいんですかね?」
「ははは、流石にまだ信用してもらえてないか。異能を教えるということは自分の急所を晒すと言うことだからね。無理に言わなくてもいいよ」
平山さんは目を細めてそう言った。期待に応えられないかもしれないと、思ってしまった。
「───俺の能力はこれです」
俺は、平山さんの目の前に氷柱を作り出した。
「氷?」
「はい、俺の異能は『冬の花』で、氷を作り出し操ることができるというものです!」
冬の花・・・氷を作り出し操ることができる。作り出した氷に触れているものも少しずつ凍ってしまう。言わば、氷の伝染病。
「そうか…氷か…」
平山さんは顎に手を当てて何かを考えるような素振りをする。平山さんの黒い瞳は、どこか遠くを見ているような気がした。そして、顎から手を外し一度目を瞑った。
「よし、まずは銀行の中の情報から伝えよう。まず、立て籠もっているのは、大村長弘、42歳。上下共灰色の服を着ている。そして、人質として捉えられているのは店員と客を含めて13人。彼は、人質を鉄製の鎖で捕らえている事が中から確認できた」
「鎖?」
「あぁ、鎖だ…」
「え、鎖ってあのジャラジャラした、何かを捕らえる?」
「そうだ…」
平山さんはそう説明してくれる。
「それで、立てこもり犯───ナガヒロの異能は?」
俺は、平山さんに質問した。『ecifircas』の俺らが呼ばれたという事は、異能に関連があるのは確定事項だ。
『ecifircas』の仕事は、事前にサエカさんに聞いたので間違いはないだろう。
「何かを鎖に変えて、その鎖を操るという能力だな」
鎖が持ち込まれたのではなく、その場で用意されたと考えるならば納得がいく。鉄製の鎖ならば、持ち運ぶだけで重いのだし、用意するにしても大変だ。だが、立て籠もっている銀行で異能を使い用意したとなると、納得できる。
「───鎖ですか…捕らえられたら中に入れられて捕まりますね…」
「そうだ。だから、慎重に行かなければならない」
平山さんは真剣な眼差しで、銀行の入口を注視している。
正直、唐突に初任務───初陣が開始されて先輩であるミレイさんやショウゴと別れて心細かった。平山さんは、いくら警察官として素晴らしくても言ってしまえば「無能」なのだ。異能を持っていれば、また話は別だったかもしれないが。
「立てこもり犯である大村長弘は、数ヶ月ほど前に家に強盗が入ってね。妻と娘を殺されて、家の金品も全て盗まれたらしい。丁寧に、強盗が盗んで帰れない新車は見事に破壊されてね。その衝動で、きっと今回の銀行強盗事件を起こしたんだろう」
平山さんは、そう説明してくれる。
「───どうして、急に?」
「君の目が、どこか不安そうだったから。私達の仕事は、殺人じゃない。更生なんだ。犯人を捕まえて、話を聞いて刑務所に捕まえて更生───反省させることなんだ。だから、犯人を殺すなんてのはあってはならないことなんだ」
そう言って、平山さんはどこか遠くを見る。
「私達はいつ殺されてもおかしくないのに…不平等だけど、当たり前のことさ。決して、殺してはならないよ。君の目は、今にでも誰か殺しそうだった…」
「───そうですか」
俺の目は、そんな目をしていただろうか。
「君の蒼い瞳に映るのはなんだい?憎悪の対象かい?」
「え、蒼い瞳?」
「え、そうだけど…」
「俺の瞳が蒼いんですか?」
「う、うん。ほら!」
平山さんは、スマホのインカメで俺の顔を見せてくれる。確かに、俺の両目は蒼色になっていた。
「───嘘…蒼い…」
俺は、自分の瞳に驚かされる。今日、仮屋を出た時は目は黒かった。いつ、目の色が変わったのか。
「わからない…いつ変わったんだろう…」
そんな疑問を持ったその時だった。
「なにか出てきたぞ!」
「鎖、鎖だ!」
俺は、スマホのインカメを目を剥がし、銀行の入口の方を見る。そこには、ウネウネと揺れ動く一本の線───鎖があった。
鎖は生物のように動き、警察官の1人に近付く。
「何か、書いてあります!」
警察官が声をあげる。鎖の先端に貼り付けられていたのは一枚の紙だった。
「え、えぇ!」
「何が書いてあったんだ?!」
平山さんが一人で驚いている警察官に聞く。
「『人質を開放してほしければ、20時以内に車と、どこか海外へ飛べる飛行機を用意しろ』と書いてあります!」
「───ッチ、海外に逃げる気か!」
平山さんは嫌な顔をして舌打ちをする。立てこもり犯───ナガヒロからの要望。
「即刻、車を用意しろ!だが、飛行機は用意しなくていい!車に乗った時がナガヒロの最後だ!」
平山さんはそんな事を言う。そして、空に向かって大きく手を降った。空にいるミレイさんとショウゴに合図をしているのだ。
”ビュウウウ”
風を切る音が、空から聞こえてくる。空から降ってきた───否、降りてきたのはミレイさんとショウゴだった。
「どうかしたのかしら?平山さん!」
「犯人からの要望で車を用意することになった。車にまでは乗せるから、そこを『裏表ラバーズ』で頼んだ!」
「了解だ、要件はそれだけか?」
「あぁ、それだけだ。呼んでしまってすまない」
「私達なら臨機応変に対応できたけど、確かに逐一報告は大事よね!」
2人はそう言うと、再度飛翔する。正直、俺は先程の飛行で恐怖を覚えたのでできるなら、飛行での移動は極力少ない方が嬉しい。落下がなければ、問題はないだろう。低空飛行をお願いしようか───などと考えていると、現場に動きが見られる。
「どうやら、車が来たようだ」
「───早いですね!」
「まぁ、近くの廃車となるはずだった車を持ってきてもらったからね。ここからすぐのところからもらってきたし。あ、廃車と言ってもここまで来たようにしっかり運転はできるから」
「すごいですね…」
そんな、小学生並みの感想しか言えなかったが、確かに立てこもり犯───ナガヒロが要望した車がやってきたのであった。
その車は、警察官の1人よって銀行の前まで移動する。そして、警察官は車を降りて車から離れる。
”ジャラジャラジャラ”
銀行の中から、立てこもり犯であるナガヒロが出てくる。その腕には、刃物を突きつけられた女性がいた。
人質だった。
その女性を盾にして、自らを庇いながら車の中に入っていく。彼───立てこもり犯であるナガヒロは人質の女性に何か言っているようだが、会話の内容までは聞こえない。
車の運転席に乗り、女性を手から話した。
「今だ!」
平山さんが、突如声を張り上げる。すると、車が宙に浮き始めた。
「───え?」
中から、飛び出てくるのは立てこもり犯であるナガヒロ。だが、地に落ちたのは車であった。
”ドォォン”
下にいた女性は、少し地面から浮いた車に潰されそうになるも一心不乱に逃げた為に助かった。
───都市の真ん中で、警察に囲まれながら宙に浮く立てこもり犯の男。その男の手には、鎖とアタッシュケースがあった。
「浮いてる?」
「これが、ショウゴ君の異能───『裏表ラバーズ』だよ」
平山さんが教えてくれる。
「シュン君は力学的エネルギー保存の法則は知っているかい?」
「えっと...運動エネルギーと位置エネルギーは足したら、どこでも一定ていう?」
「正解だよ。ショウゴ君の異能はそれに関連する」
平山さん曰く、ショウゴの能力は、自分の保有する位置エネルギーを、視認した相手に付与する能力だそうだ。位置エネルギーを付与しているので、自分が落下して地面と激突しても運動エネルギーは増えていないからダメージはない。
だが、ショウゴの代わりに空中に浮いた相手は、ショウゴが地面に着陸した瞬間に、位置エネルギーの付与が終了し、重力に従って落下───位置エネルギーの減少が開始される。落下すればするほど運動エネルギーは増えていくので落下した時に攻撃できると言ったものだった。
「ほら、ショウゴ君は降りてきているだろう?」
俺が、空を見ると落下してきているショウゴがいた。ショウゴはポケットに手を突っ込んでいていかにも余裕そうだった。ショウゴは、空中を低速で落下している。落下は、40秒ほど後だろうか。
───そして、気付く。ショウゴとミレイさんは最高のペアだったのだ。
落下する時に能力が発動するショウゴの『裏表ラバーズ』と、空を飛ぶ能力であるミレイさんの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、最高に相性抜群なのだ。
───そんな事を思っていると、一人の警察官に鎖が襲いかかる。
「おい、やめろ!やめろ!」
”ギチギチギチ”
警察官の首が鎖によって絞められる。首を絞められた警察官は、口から泡を吹いて失神した。
「え、あれ…」
俺は、驚きのあまり行動できない。その間に鎖は警察官の体をまさぐり、黒いなにかを───拳銃を手に入れる。
「───まずい!」
「『冬の花』!」
俺は、思わず異能の名前を叫んでいた。俺の本能は言っていた。彼に拳銃は持たせてはいけない、と。
地面から生える木のように、鋭利な氷柱が鎖に襲いかかる。俺の出した氷は、見事に鎖を飲み込んだ。ナガヒロに銃を手渡すことは阻止することができ───
ていない。
「───ッ!」
鎖の素子が増えていた。知らない間に、鎖の阻止が伸びて拳銃のあった場所が変わっていた。そして、ドンドン鎖阻止は増えていきナガヒロの手元に拳銃が渡ってしまった。
「───おいおい、嘘だろ?」
「拳銃を盗られ───」
平山さんの顔が一気に青褪める。そして、平山さんは自らが保持していた拳銃の銃口を空中にどんどん上がっていくナガヒロに向ける。
”パンッ”
躊躇いのない発砲。だが───
”キンッ”
弾かれる。鎖によって、銃弾が見事に弾かれた。
「───なっ!」
平山さんの喉から本能的に出たような驚きの声。
”パンッ”
「───ッ!」
ショウゴに向けられて、ナガヒロの持つ拳銃からは弾が飛び出る。
裏表ラバーズ・・・自らの高度を下げる代わりに、相手の高度をあげることが可能。地に足がついている場合は、能力が発動しない。能力を解除しても、自らの高度は元に戻らず相手が重力に従って落下する。
───欠点は、空中を落下している際に行動ができないという点。
「まず…」
ショウゴの額から浮かび上がる汗。一瞬、自らの死を覚悟する。だが───
”ビュンッ”
直後、ショウゴが何者かに上から押され地面に着陸する。上から押したのは、ミレイさんだった。
「ショウゴ、怪我はない?」
「あぁ…オレにはないけど、ミレイは…」
ショウゴは、ミレイさんのことを「ミーちゃん」ではなく「ミレイ」と呼んでいる。彼が、ふざける状態ではないと判断したのだろう。
「私は大丈夫よ。羽に少し穴が開いちゃったけどね…」
直後、落下音がする。落下した車の上に落ちたのは、ナガヒロだった。
「───あ……が…」
ナガヒロは、車の上でうめき声を上げる。すぐに、警察の方々がナガヒロを捕らえた。
「8月28日13時57分、逮捕!」
警察官の一人がドラマのような言葉を実際に言う。
「───す…凄い…」
俺の口からこぼれ出るのは、感嘆する言葉だけであった。
「2人共、怪我が無くて何よりだよ。でも、無理しちゃ駄目だからね?」
一瞬、平山さんの視線が鋭くなる。
「わかってるわかってる。一瞬ヒヤヒヤしたけど、まぁなんとかなったし!」
「私がいなかったら死んでたわよ?どうしてそんなに楽観的なのよ…」
「もちろん、ミーちゃんが助けてくれることを想定して行ったんだよ!」
「絶対嘘ね…」
「絶対嘘だな…」
俺とミレイさんは「嘘」だと断定する。
「なぁ…まぁ、嘘なんだけどさぁ…ここは、{お互い信用しあってるのね}みたいな感じじゃないの?」
「死にかけている人を助けるのは当然じゃない?」
「んな、誰が死にかけだと?!」
ショウゴとミレイさんがそんな会話を繰り返す。
「───にしても、俺は何もしてないな…」
「そりゃあな。最初からバリバリに戦場に立ってもらったらオレらも困るよ。それに、何も知らずに事件の第一線に出たら本当に死ぬぞ?」
ショウゴに、そう言われる。
「命を奪われるかもしれないし、命を奪ってしまうかもしれないわ。まだ、私達は命を奪われていないだけって考えるほうがいいわよ。本来、人間に異能なんてないんだし」
ミレイさんもそう言い放った。
「んじゃ、オレ達はもう戻るか?」
「そうね」
「あ、それならシュン君は来てもらえるかい?」
「───え、あ、はい」
俺は、平山さんに呼ばれる。
「ショウゴ君とミレイ君はサエカ君とハヤト君に留置所に来るように伝えてくれるかい?」
「わかったわ」
「合点承知の助!オレに任せてくれ!」
「ほら、つまらないこと言ってないでとっとと帰るわよ!」
「へいへい!」
そう言うと、ミレイさんが『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』で翼を広げて、ショウゴを掴んでそのまま飛んでいった。
「それじゃ、パトカーに乗ってくれるかい?」
「は、はい」
俺は、平山さんと共にタクシーに乗り込む。もちろん、助手席ではなく後部座席だ。
「タクシーなんて、乗るのは初めてでしょう?」
「はい、そうです」
「別に緊張しなくていいよ。悪いことをしたわけじゃないんだし」
「はい───」
緊張しなくていいとは言われたが、パトカーに乗る時は悪いことをしてしまったのではないかと言う気持ちになってしまう。交番の前を通るだけでも、少し意識してしまうのだし。
「───それで、どうして俺は平山さん達と一緒に行くんですか?」
「通過儀礼でね。『ecifircas』に入団して最初の事件に立ち会った時の調査には立会が許されているんだよ。国からね」
「国から?!」
俺は、驚きの声をあげてしまう。
「あぁ、異能力を持つ集団なんて少ないからね。他にも、異能集団はあるけど、普通は人目に付かないだろうから知らなくて当然ですよ」
平山さんはそう言うと、目を細めて笑った。
俺ら以外にも異能を持つ者がいる。会ってみたいとも思いつつも一概に善人かどうかは言えないので少し怖い部分もあった。
そして、俺は40分ほど車に揺れる。俺らがやってきたのは、留置場であった。
「来たか」
車を降りたところにいたのは、サエカさんとハヤトであった。
「うわ、君もいるんだ…」
ハヤトは露骨に嫌そうな顔をした。きっと、サエカさんに俺関連で怒られたからであろう。
「サエカさん、そしてハヤト君。お待ちしてすみませんね」
平山さんがそう述べた。そして、俺達は留置場の中に入っていく。
「───んだよ、クソ…ガキなんかゾロゾロ連れやがって……」
ドラマで見るような取調室の中に俺達は入る。そこにいたのは、銀行強盗をして客や銀行員を人質に立てこもり事件を起こした犯人である大村長弘───ナガヒロがいた。
本来は、取調べする人・される人を合計して2人か3人位しか入ることが想定されいないためか、5人も入っているとかなり窮屈に感じた。
「どうして、銀行強盗なんてしたのですか?」
「…………言わない」
何度か、平山さんとナガヒロは押し問答を繰り返す。
「───ハヤト君」
「わかりました」
彼の能力は『アンハッピーリフレイン』だ。俺も体験した通り、記憶を追憶させる能力であろう。
「僕にも見せてくださいよ。アナタが経験した地獄を」
アンハッピーリフレイン・・・相手がもっとも思い出したくない記憶を引き出すことが可能。だが、この能力を使用するためには能力者自身もそれと全く同じ体験を脳内で引き起こされる。
「『アンハッピーリフレイン』」
直後、ハヤトとナガヒロの両者の脳内で、記憶の回廊の旅が開始される。
***
ナガヒロ───俺は、しがないサラリーマンだった。
テレビCMこそ見ないが、IT系の会社に勤めている人ならば誰でも名前は知っているであろう会社の経理部の課長にまで昇進できていたし、美人な嫁と世界で一番可愛い娘が2人いた。
もっとも、可愛い娘2人は思春期で優しくはしてくれなかったのだが。
だけど、苦痛ではなかった。思春期が来ることなどわかりきっていたし、そこに愛があったからであった。
───だが、そんな幸せな日常は一日で一変した。
8月23日。お盆休みも終えて、早数日。俺は、早めに仕事を終えて空が暗くなる前に家に帰宅する。
会社は、若干の夏休みムードだったし大きな業務も無かったので、早帰りが許されたのであった。
玄関を開けても、いつもと同じ風景だった。一足だけ、靴がキレイに並べられている。だが、残りの二足はゴチャッとしている。
キレイに並べられているのが、俺の嫁の靴でゴチャッと少し乱雑に並べられているのが娘2人の靴だ。
俺は、そのままリビングに行く。そして、リビングのドアを開くと───
「なっ───」
俺は、驚いた。
リビングに散乱していたのは、家中の小物であった。小物以外にも、衣服やカトラリーなどの色々な生活用品がばら撒かれていた。そして───
「う…う…」
リビングの奥で倒れていたのは、俺の嫁であった。腹を抑えて、体を小刻みに震わせながら浅い呼吸を何度も何度も繰り返している最愛の嫁。
「───んな…」
俺は、その姿を見た時に何も理解できなかった。何が起こったのか。何故、家中のものがばら撒かれているのか。何故、嫁が腹を抑えて倒れているのか。
全てを裏付けるように入ってきたのは、2人の覆面を付けた男。背丈も、体型も、覆面の奥から見える瞳も全てが見たことがなかった。まさか、娘な彼氏な訳がないだろう。
覆面を付けた2人の男は、2階へ上がる階段のある方からやってきてリビングに顔を覗かせた。
「んな、もう一人の帰ってきてるのかよ!コイツも殺るか?」
「もう十分盗ったからもうこの家から出ていくぞ!」
───男2人は、強盗であった。
人の家屋に侵入し、金目の物を盗んで出ていく強盗。真っ当な稼ぎ方じゃない。
だが、いつだって損をするのは誠実な人物だったし、得をするのはずる賢い人物であった。
俺は、その日に人間社会の「現実」と言う物を知った。
「逃げるぞ!」
「おう!」
そう言って、玄関から2人は出ていこうとする。棒立ちしていた俺は、気が狂ったのか2人を追いかけようと玄関の方へ走っていく。
だが、相手2人の方が先に玄関の方へ進んでいった。
「───ま、待て!待て!」
「待つもんか!悔しかったら捕まえてみな!」
若者2人の内の片方は、そんな小学生のような煽りをする。そして、玄関を出ていってしまった。
俺も急いで玄関のドアを開いたが、もうそこには2人の覆面の男は残っていなかった。
───逃げられた。
そう、逃げられたのだ。きっと、家にある金目の物はほぼ全て奪っていったのだろう。きっと、お金は全て盗まれたしカードも盗まれたかもしれない。
「あ───」
そして、思い出すのは腹を押さえて倒れていた嫁の姿。そして、強盗の「コイツも殺るか?」という言葉だった。
俺の嫁は刺されたのだ。そして、2階からやってきたと言うことは娘2人の部屋もある。娘2人も刺されているかもしれない。
───いや、信じたくはないがきっと刺されている。
「なんで…なんで……なんで!!!!!!!!!!」
自宅に入り、嫁のところへ走り出す。随分と不格好な走り方だっただろう。きっと、娘2人が見たら嘲笑されていたはずだ。
「大丈夫か、大丈夫か!」
そう声をかけるも、嫁からの返事はない。その代わり、滴る血が俺の履いていた靴下を湿らせた。
汗や、水溜りを踏んだときとはまた違う不愉快な感触が、俺の足を襲った。そして───
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
発狂。
たった数分の間に、脳に入ってきた情報はあまりにも凄惨すぎた。体が、受け付けない。
そして、狂ったように叫びだしてしまう。
───いや、狂っていただろう。
逆に、狂わずしていられただろうか。家に帰ると、最愛の嫁が死にかけていてそれを助けようとする暇もなく嫁を殺したであろう強盗が登場。そして、そのまま家中の金目の物を盗んで逃走。
誰が、冷静さを保てるだろうか。
冷静さが失われ、身を穿つほどの後悔が体に押し寄せる。
せめて、自分がいたらまだなんとかできたかもしれない。せめて、犯人が捕まえられさえすればどうにかなったかもしれない。せめて、犯人さえ捕まえられていたら嫁は報われたかもしれないのに───。
返せ。返せ。返せ。娘を。嫁を。返せ───
”キィィィィィィィィィィィン”
直後、世界に音が響く。耳鳴りのような、モスキート音のような、そんなけたたましい音。
「───どうして、どうして!」
俺はそう言うと同時に、重心が定まらないような走り方で階段を登り2階の娘の部屋に移動する。
───だが、そこに娘達はいなかった。
存在していたのは、荒らされたタンスと娘だったものだけ。
首がパックリと割かれて、人から流れ出るとは思えないほどの紅い液体が着ていた服を汚していた。
「───あ…が…」
俺は、娘の机の上に散乱していた貯金箱の破片を手に取る。家計のお金どころか、娘の貯金にさえ手を出したのだ。卑劣すぎる犯人。
───そして、床で何やら光るものを見つける。
俺は、それを拾った。そこにあったのは100円玉だった。この100円玉は、何を象徴していると言えるのだろうか。
───俺は、この100円玉は「人間の愚かさ」が象徴していると認識した。
「───ッ!」
俺は、娘の死体とこれ以上同じ部屋にいるのも嫌だったので、走って逃げ出してしまう。すると、足に何かが絡まった。
「これは……」
足に絡まったのは、鎖だった。100円玉は消え失せて、鎖素子10個が繋がった鎖に変わっていた。
「どうして、こんなところに?」
犯人が落としていったものだろうか。だが、他に鎖らしきものは見当たらない。
───この鎖が、自分に現れた異能だと理解するには時間がかからなかった。
この能力には「お金を全て捨てても、犯人を捕まえたい」という自分の姿が投影されているようにも見えた。
お金とは、即ち仕事だった。お金を稼ぐには、是が非でも仕事をしなければならなかった。
そして、家族を失った今、俺にとって仕事とはほとんど意味がない状態だった。
もう、家族のもとに飛び立ってもよかったかもしれない。だが、それは自分が赦さなかったし、死んでいった嫁や娘たちは赦してくれなかっただろう。
嫁や娘が報われるための最初の1歩。俺は、この能力に『足音』と名前を付けた。
足音・・・日本円を鉄製の鎖に変え、操ることが可能。10円で鎖素子一個。鎖から日本円に戻すことはできない。また、日本円と交換していない鎖は操ることはできない。
犯人探しが、「生きる意味」になると思っていた。だが、違った。
───俺は、銀行強盗をしてお金を手に入れて海外に飛び去ろうとしていた。
****
「これはまた…お気の毒に……」
ハヤトが「アンハッピーリフレイン」と言って数秒もしない内に、そんな事を述べた。
何が起こったのか俺にはわからなかったが、きっと俺に能力を使った時と同じように記憶を回ってきたのだろう。
「嫁は…私の嫁は…」
「ハヤト、私達にもなにがあったのか話してくれ」
「了解です、リーダー」
サエカさんに促され、ハヤトは俺らにナガヒロに異能が現れた原因を話してくれた。
「ナガヒロさん……」
平山さんから向けられる情報の目。だけど、俺は納得がいってなかった。
「ナガヒロさん、あなたの行動は間違っている!」
「───ッ!」
「シュン?」
「君に何がわかるって言うんだ!」
「俺も、両親と姉を失っている!俺にももう家族はいないんだ!」
「じゃあ、どうすればよかったんだよ…俺は、俺は…」
「少なくとも、自分を───アナタの嫁さんや娘さんを傷つけた強盗と同じことをするのを絶対に間違ってる!どうして自分がやられて本当に後悔したことを相手にもするんですか!」
「───ッ!」
「アナタの能力は、人を苦しめるためじゃない!悪い人を捕まえるために現れたはずです!なのに、どうして悪い事に使うんですか!アナタにとって家にやってきた強盗は本当に卑劣だったかもしれませんが、銀行員にとってもアナタは卑劣な人ですよ!本当に、それでいんですか!」
「それは───」
「天国で、家族が泣いていますよ!」
「───ッ!」
俺は、自分の思う気持ちを伝える。
「俺は……どうすればいい!これから、どうすればいい!天国にいる家族に顔を合わせるためには、どうしたらいい!」
「刑務所で罪を償ってください。犯人探しは、俺も手伝います」
「───わかった。何年刑務所入りにになるかはわからないが、頑張ってみるよ」
ナガヒロさんはそう述べる。どこか、悔しそうな。だが、どこかスッキリした顔立ちをしていた。
「君、名前を教えてくれ」
「俺ですか?」
「あぁ、そうだ」
「俺の名前は木村───いや、」
俺は、途中まで言ってから、思い出したかのように言い直す。
「───俺は『ecifircas』の団員No.4 木村旬」
そう述べた。俺はもう『ecifircas』の一員なのだ。
「───シュン君って呼ばせてもらうよ。シュン君、何年後になるかはわからないが俺みたいに間違っている道に進もうとしている人がいたら救ってあげてくれ。犯人探しは後回しでいいからね。シュン君にも家族がいないようだから、友達を───仲間を大切にするんだよ」
俺は、ナガヒロさんにそんな教えをもらう。ナガヒロさんは目を細めて笑った。その顔は、銀行強盗とは到底思えない、家族を愛した男の優しい笑顔であった。
「───なんて、銀行強盗をしてしまった俺が言えないんだけどね」
「誰にだって誤ちはあります。間違えた道に進んでしまったら、改心するのは難しい。だから、シュン君がしたことは大変立派なことですよ」
俺は、平山さんにも褒められた。その後、ナガヒロさんの取り調べを傍聴した。
そして、留置場から事務所に戻る時になった。もう、外は暗くなってきている。
「帰るぞ、2人共」
「気を付けて帰ってくださいね」
「あぁ、平山さんもお勤めご苦労様でした」
サエカさんと平山さんはそんな会話を交わした。
その後、留置場を出てサエカさんとハヤトの2人が乗り込んだ白い車に乗り込んだ。
「これは?」
「事務所の車だ。流石に移動手段が無いと困るだろ?」
「運転できるんですか?」
「勿論だ。シュンにも免許は取ってもらうからな」
「あ、はい」
どうやら、俺も免許は取れるらしい。そんなことを思いながら、後部座席に乗った。運転するのがサエカさんで、その助手席に乗るのがハヤトであった。
「初日だが、どうだったかい?」
「とても濃密な一日でした」
「まぁ、初日から現場入りなんてのは早々見てないよ」
「ショウゴ君から聞くに、君は何もしてない足手まといだったようだね。仕事辞めたら?」
そんな、ひどい言葉をハヤトから投げかけられた。
「こら、そんな事言うな。またお説教か?」
「うげぇ、それは勘弁」
「シュンも赦してやってくれ。ハヤトも、無闇に君を傷付けたい訳じゃないんだ。きっと、現場に行って死ぬかもしれないシュンのことが見てられないんだと思う。こんな態度だけど、仲間思いのいいやつなんだ」
「───な訳。僕はガキみたいな奴が嫌いなだけだよ」
赤髪が揺れる。
「でも、役に立たずに死ぬくらいなら仕事なんかやめちまいな。僕は仕事をやめたいよ」
「じゃあ、やめるか?」
「それは…居場所が無くなるから困る……」
そんな会話が繰り広げられた。きっと、『ecifircas』の皆はいい人だ。
──いい職場に就いたな、などと思いつつ俺は事務所に戻る。車は、事務所近くの駐車場に止めた。
今日から、この事務所が俺の家になるのだ。住み込み───と言うよりかは、家が燃えてしまって、無いので仕方なくと言った感じだが。
事務所の中に戻ると、数人の少年少女が俺と同じように暗い過去を持ちながらも健気に生きていた。
負けられないな。そんな事を思いつつ、こう言い放った。
「───ただいま」
「「「おかえり(なさい(です))!!」」」
多種多様なな返事が返ってきた。なんだかんだ言って、俺は認められているのだと、そう認識した。
───ここから始まった。俺と異能との波乱万丈な物語は。
最後までお読みいただきありがとうございます!
もう、連載にしちゃってもいいかなと思っています。読者がいるかはわかりませんが…
ナガヒロ(大村長弘) 異能 『足音』
日本円を鉄製の鎖に変え、操ることが可能。10円で鎖素子一個。鎖から日本円に戻すことはできない。また、日本円と交換していない鎖は操ることはできない。
元ネタ Mr.Children作 足音 〜Be Strong
能力名初期案 『Go straight』