ランドル皇子 2
フェリが、十歳になった頃だった。
その日フェリは庭にいたが、使用人らが近づいてくる気配を感じ、植え込みの陰に隠れた。何人か、また玄関ホールの掃除にきたらしい。
静かに彼らが通り過ぎるのを待っていると、不意に
「ランドル皇子」
と言うのが耳に飛び込んできた。
フェリが驚き、息を殺して聞き耳を立てていると、どうやら、ランドル皇子の宮で何かパーティーが開かれる。そんな噂話だった。
その間、宮の旗がいつもの青から青と黄色の物になる、そんな事を話していた。
フェリがどきどきしながら、続きを聞いていると、なんと皇子の宮は、割と近くにあることを初めて知ったのだった。
驚いたフェリはすぐに館の一番高い塔の窓までかけ登り、その方角を見た。
確かに美しい宮が見えた。
ランドル皇子の髪のように銀色に輝き、屋根は皇子の瞳のように青く、突き出た尖塔が陽の光を反射して輝いていた。
そして、確かに青と黄色の旗がひらめいていた。
ランドル皇子……。
フェリは胸が苦しくなって涙が滲んだ。
あそこに行けば皇子に会えるかもしれない。
その日から、フェリはランドル皇子の宮へ潜り込むようになった。
窓から見えた皇子の宮は、すぐ近くにあるように見えて、実際は結構遠かったが、フェリは頑張って歩いた。往復一時間程かかったが平気だった。
フェリが一日中館を抜け出していても、誰も気づかないし、気にしないことがつくづくありがたかった。
何日か続いたパーティーの間は流石に人も多く、忍び込むのは諦めたが、パーティーが終わってからは、意外と人の出入りもなく、潜り込むのは簡単だった。
しかし、中はあちこちに剣を持った騎士たちがいる。フェリはロイに頼んで、息子のものだったという男の子の服を譲ってもらった。スカートなんか履いていたら身動きが取れない。
茂みに隠れたり、木に登ったり。
さすがに宮殿の中は怖くて入れなかったが、騎士たちに見つからないように用心しながら、フェリはもっぱら庭をうろついた。
それにしても、皇子宮はとんでもなく広かった。フェリはいくら皇子の姿を探しても、長い間、髪の毛一筋も目にすることはできなかった。
だから、しばらくして初めて遠乗りから帰ってきた皇子を目にした時は、嬉しさのあまり卒倒しそうになった。
気絶したら皇子が見えなくなる。
泣いたら涙で皇子が見えなくなる。
フェリは必死に自分に言い聞かせ、皇子の姿を、目で追った。
それからはフェリなりに皇子宮を研究した。
あちこち動き回って身を隠すのに最適な茂みや、登れば皇子の部屋の窓が見える木も見つけ出した。また、厩舎の辺りで聞き耳を立てていると、皇子の予定がわかることも知った。
皇子はひと月の半分も宮にはいなかったが、皇子の滞在中は必ず通いつめ、ごくたまにその姿を目にすることが出来た。
今までで一番近くから皇子を見ることができたのは、ある夏の日に皇子がバルコニーに出てきた時だ。あの時は、皇子が胸元に着けていた、金のブローチの細工まで見えたほどだった。
そして今日、フェリの十四の誕生日。
ケーキもビスケットもなくていいから、皇子を見ることができるといいな。
そう考えて、フェリはご機嫌で出発した。
その後あんな恐ろしいことが起きるとも知らずに……。