フェリが
素晴らしい、輝くような朝だった。
世界中が自分を祝福しているような気がする。
颯爽と執務室へ向かうと、朝早いのにもうリンジーがいた。
「あー」
ランドルは声をかけた。
忙しそうだ。
「あー」
もう一度言ってみる。
「なんですか?」
リンジーは、首を傾げた。
「あー、その、フェリシアから、聞いているかもしれないが、私たちはこの度、結婚の約束をしたから──」
思わず赤くなるのを感じながら、いかにも当然のこと、という風に切り出す。
リンジーはきょとんとした。
「結婚……? それはまた……、お相手は何方とおっしゃいましたか?」
「フェリシアだよ、君の妹の」
リンジーは不思議そうな顔をする。
「妹……?」
「そうだ、君の妹だ」
「……」
「──」
リンジーが苦しげな顔をする。
「……あの不祥の妹は、もう幽閉されておりますが……」
「リンジー、いい加減にしてくれ、そっちじゃない、フェリシアだよ!」
「……殿下?」
リンジーが二人だけの時にランドルを殿下と呼ぶのは、皮肉を込めた時が多い。
「殿下、失礼ながら、私には妹は一人しかおりませんが……?」
「リンジー、ほんとに変な冗談はやめてくれ──」
そう言い、ランドルはふと口を閉じた。
なんだか嫌な予感がした。
リンジーは本当に戸惑っているようにみえる。
これは一体──。
何か胸騒ぎを感じランドルは部屋を飛び出した。
「殿下?」
後ろからリンジーの声がする。
そこでちょうどラムズ公爵と出くわした。
「公爵、そちらのフェリシア穣の事だが──」
そう切り出すと、公爵もまたぽかんとした顔をする。
「え、何とおっしゃいましたか?」
「フェリシアだ! そなたの娘のフェリシアの事だ!」
公爵もまた苦しげな顔をする。
「……ラ、ラティーシャの事ですか……?」
「違うと言ってるだろう!」
嫌な感じがザワザワと背中をはい登ってくる。
ランドルは首を傾げているラムズ公爵を残し、公爵邸まで馬を飛ばした。
なんだろう、なんだろうこの嫌な感じは。
──この不安は。
公爵邸では突然の来訪に執事が転がるように出てきた。
「フェリシアはどこだ?」
と訊くが執事からも答えが返らない。
そこらの侍従を捕まえても、侍女長を呼び出しても、誰もがおろおろするばかりだ。
「フェリシアだ、ここの令嬢だろう! どこへ行った!」
ランドルは怒鳴り散らした。
嫌な、不安な、恐ろしい予感が背筋を這い登ってくる。
狼狽えるばかりの者たちを後に、ランドルは再び馬に飛び乗った。
どういうことだ。
フェリシアはどこだ?
ランドルはそのまま、緑の館を目ざした。
わからない。
いったい何が起きているのかわからない。
今や嫌な何かが胸をギリギリと締め付ける。
だが、そこへ行けば何かわかるような気がした。
緑の館は、修復工事がもうすぐ始まると聞いていた。
今はまだ、荒れた建物のままだ。
「フェリ! フェリシア!」
叫びながら、ランドルは邸内を進んだ。
そのまま裏庭へと出る。
「フェリ! フェ──」
ハッと足を止める。
そこに居たのはアビだった。
「アビっ!」
ランドルは吠えるように叫んだ。
アビは悲しそうな顔をした。
「やっぱり皇子に術は効かなかったね」
術──。
ランドルは拳を握りしめた。
「当たり前だ、フェリはどこだ!」
「フェリは、グリッグが連れていったの」
「どういうことだ」
ランドルはアビに掴み掛かった。
「エイディーン様がとうとうお亡くなりになって……。グリッグは、フェリを次の妖精の女王にって……」
それを聞いたランドルの毛が逆だった。
「こちらのことは、もう、すべて忘れ……」
アビが話終える前に、ランドルは猫に、それも巨大な猫の姿になっていた。
「アビ、頼む、フェリのところへ連れて行ってくれ」
アビは辛そうな顔で俯いた。
「フェリは私と結婚してくれると言ったんだ」
はっとアビは顔を上げた。
「皇子……」
アビは意を決したように飛び上がると、その姿はいつかの羽のある人形へ戻った。
「こちらへ」
光となって飛んでいくアビを、猫の姿のランドルが追った。
フェリ、頼む、どこれも行かないでくれ。