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一緒に


 

 

 ランディが立っていた。

 いきなり抱きしめられ、屈んだランディの顔がフェリの肩の上に来る。そのままフェリの髪に顔を埋めるようにしてランディは大きく息をした。

 

「ああ──」

 ランディの声がフェリのすぐ耳元で聞こえる。

「疲れが消えていく──」

 そのまましばらくじっとして、ようやくランディは顔を上げた。

 少し目元が赤い。


「……大丈夫ですか?」

 フェリが訊くと

「昨夜はほとんど寝なかった」

 そう答えが返ってきた。やけにきっぱりとしている。

「……え!」

「だから今日の仕事はない。今日はずっとフェリといる」

「……」


 寝てない……? 寝ないで仕事……? 大丈夫……? でも会えて嬉しい……。

 フェリが瞬間いろいろ考えていると、ランディにひょいと抱き上げられた。


「出かけよう!」

「ラ、ランディ寝てないんでしょう? あの、だ……」

「大丈夫! フェリと会って、今、私の足りないものは全て補充された!」

 ランディは素晴らしく美しい笑顔を浮かべた。


 ランディはそのままフェリを連れてどんどん進んで行く。

「あの、ランディ、私……歩けます……」

 そう抗議してみるが、それへの反応は全くなく……。

 向かった邸の裏手には、馬車があった。

 ランディが耳元でささやく。

「今日は猫ではなく、人の姿で馬車で来たんだ。フェリも乗れるように」

 

 立派だが、貴族としては質素な馬車だった。

 中に入ると、ランディはフェリを見た。

「一緒に離宮に行こうと思うんだが──どうだろう」

「は、はい」

「どうだろう──と言っても、もうそこにむかっているんだけれど──その、フェリはもっと違うところが良かった? バザールとか、劇場とか──」

 ランディはそう言って、申し訳なさそうに目を伏せる。

「もし、そういう所がいいなら、それは、またに──」


 フェリは首を振った。どこでも……そう言おうとしたら、ランディが言った。

「その、つまり──私は──今はとにかく、フェリだけを見ていたいんだ」

「……」


 フェリは思わず顔が熱くなり、扇を広げるとばさばさと扇いだ。これは涼を得るためのものではありません……というアラベラ先生の言葉はどこかに消し飛んでいた。


「フェリ」

 ランディは立ち上がると、向かいあわせに座っていたフェリのすぐ前へ来て跪いた。そのまま、じっとフェリの顔を見上げる。


「……ラ、ランディ?」

 ランディの姿が不意に消え、美しい猫が現れた。

 猫のランディはぴょんとフェリの膝に乗ると丸くなって喉を鳴らす。

 フェリは思わずその滑らかな背中を撫でた。


「毎日仕事をするのはかまわないんだけど──」

 やがてランディは顔を上げると、今度はフェリの肩に飛び乗った。

 そのままフェリの顔に頭を擦り付け、

「フェリとずっと会えないのは、もう我慢ならないんだ」

 きっぱりとそう言う。


「ランディ……」

 と、今度は急に人の姿へと戻ったランディに、フェリが膝に載せられ抱きしめられる。

「こうして何度もフェリを補充しないと、私はもう仕事が出来ない」

 フェリは何だか目が回りそうだったが、そのままランディの胸に顔を埋めていた。

 フェリもまた、猫のランディを抱きしめたときのような、満ち足りた気持ちになっていた。

 

「フェリ」

 ランディがフェリの頭の上で言った。

「もう、このままずっと私と一緒にいてくれ」

 

「はい」

 考えるより先に、フェリは答えていた。

 フェリもまた、ランディとずっと一緒にいたかった。

 

「──ありがとう──」

 ランディの声が少し震えていた。

 

 フェリは初めて自分からランディの広い背中へ、そっと手を回した。

 ランディが驚いたように顔を上げる。

 それからこの上なく幸せそうに微笑むと、フェリの唇に口づけた。

 フェリが絶句して硬直する。

 すると、それを楽しそうに見つめてもう一度。さらに顔をあげてからもう一度、ランディは口づけを落とす。

 

 フェリは真っ赤になりながら掌を差し挟んだ。

「ラ、ラランディ……」

 すると今度は、その手に。それから額に、髪に、耳に、ランディは唇を落としていく。

「ラララ……」

 フェリが棒のように突っ張っていると、馬車が止まった。

 目的の場所に到着したようだった。

 

 ランディは「うーーん」と残念そうな声を上げた。

 フェリをもう一度ぎゅっと抱きしめて、

「降りよう」と手を取る。

 

 はい、と答えたつもりが、掠れた声しか出せず、ランディがにこっとした。

 結局立ち上がることも出来ずに、ランディに抱き上げられて馬車から降りると、美しい離宮が目の前にあった。


「ここは母の宮だったんだ」

 ランディがそう言った。


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