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建国祭 2




 広間の男性は全員胸に手を当て、頭を下げた。

 女性は全員片膝を軽く曲げ、目を伏せる。

 

 奥の扉から現れた陛下は玉座に向かう。

 静かに腰をおろすと広間を見渡した。

 その目が父、ラムズ公爵のところで止まった。

 

「ラムズ公爵、そちらの実に美しい令嬢はどなたかな?」

 

 広間は静まり返った。


 ……陛下、なんてことを。

 ラティーシャは震える手を握りしめた。

 

 皇室主催の催しだと、陛下は大貴族にまず声をおかけになる。だが、それは身分の順だ。まずランフォード大公、ネイハム殿下と声がけされるはずだった。

 そして、今日はそこで、ネイハムの皇太子即位決定が告げられるはずではなかったか。

 

 父、ラムズ公爵はもう一度お辞儀をし、そばにいる少女を手招きした。

「娘のフェリシアでございます。

 この度、長い病が無事快癒しましたので、陛下にご挨拶に参りました」

 

 その、フェリシア、と紹介された娘は頬を染めて、はにかみながらお辞儀をすると、

「フェリシア・ベル・ラムズにございます。

 お目にかかれて光栄です」

 と言った。

 

 陛下が破顔した。

「なんとこれは……。美しく、愛らしい。薔薇の花のようだ」

 

 帝国の薔薇の花、それは、私のことなのに。

 ラティーシャは奥歯をギリギリと噛んだ。そうしていないと、体が震えて倒れてしまいそうだった。

 

 陛下は目を細めて、その娘を見ると、立ち上がった。

 

「さて、我がジグラード帝国の建国の皇帝はランドル一世、そして皇后フロレラ様だ。

 

 皆も知っている通り、フロレラ様はこの扉の向こうよりいらしたお方である。

 

 そしてそのお二人の御代は、この扉の石が緑色に輝いていたという。

 

 そして今、まさにこの扉の石が輝きを取り戻した。

 よってこれより、石の輝きを祝い建国祭を執り行う」

 

 広間が一斉に拍手で湧いた。


 ラティーシャは、本当に石が光っているのか訝しんだ。

 ここからじゃ、石が付いてるのかどうかもわからないじゃない。そんなお伽噺、バカみたい。と心の中で毒づく。


 陛下が拍手を制した。

 

「さて、この石だが、昨日までは緑色のように見えた。だが、本日その色が赤に変わっている。

 ランドル一世よりの言い伝えでは、その石が赤い場合、何事も決めてはならない、とのこと。よって、本日はこのまま建国祭を始めよう」

 

 ……え?

 

 何も、決めない?

 

 ネイハムの皇太子即位は?

 

 ラティーシャは呆然とした。



 ……すっ飛ばされた?



 宰相ザカリーが手をあげた。

 音楽が始まる。

 

「お待ちください!」

 声がかかった。

 ネイハムだった。

 陛下がゆっくりそちらを見る。

 見たが、無言だった。そこには有無を言わせない雰囲気があった。

 

 しかしネイハムも引き下がらず、陛下の前に跪く。

 

「本日、何事も決定はされないこと、よくわかりました。

 なれど、一つだけお願いの議が。

 私、ネイハム・エト・ランフォードと、ラティーシャ・ブロー・ラムズとの婚約をお許し願います」

 

 ネイハムが申し立てる。ラティーシャはほっとした。せめて、これだけでも……。

 しかし、陛下が口を開く前に、声が上がった。

 

「恐れながら」

 それは、父ラムズ公爵だった。

「陛下。私は、この婚約を娘に許可しておりません。なのでネイハム殿下、今日のところはまだこの話はご遠慮ください」

 

「お父様!」

 ラティーシャは悲鳴のような声をあげた。

 

 ネイハムも呆然と父を見る。

「殿下。私からの許可はまだのはずです」

「…………」

 確かに、父ははっきりと認めるとは言っていない。だが、それはもう暗黙の了解だろうと、ネイハムもラティーシャも思っていた。

 いや、なんなら父の許可などいらない、とさえ思っていた。だが、とてもこの場では口に出来ない。


「それより」

 と父は続けた。

「このような状態では、皇太子に失礼に当たると存じます。なので、まずランドル皇太子との婚約は破棄とお願いいたします」

 皇帝陛下はふっと笑った。

「わかった。だが、それはランドル本人に委ねよう」

 

 再びザカリーが合図し、本格的に音楽が始まる。

 建国祭晩餐舞踏会が始まった。

 

「お父様」

 ラティーシャは父に走り寄った。

「なぜです?」

 父はなぜかひどく冷たい目でラティーシャを見た。

 しかしラティーシャも怯まず父を睨みつけた。

「ひどい、お父様、今日はネイハム様と……」

 そこで、父はラティーシャの腕をぐっと掴んだ。その腕を掲げると、ラティーシャに訊いた。


「この腕に巻いているブレスレットはどうした?」

「な……」


 ラティーシャは何を言われているのかわからず、自分の腕を見た。

 あの猿に壊されなかった、エメラルドのブレスレットだ。


「これは、フェリシアの母の持ち物だ。それを私がフェリシアの誕生日に贈ったはずだが?」


 ……え?


「それをなぜお前が持っている?」


 ラティーシャは咄嗟に頭が回らなかった。

 父は、そんなラティーシャの腕からブレスレットを外した。

 それをポケットに入れると、背を向け立ち去った。

 

 あの娘の館から、いろいろな物を横取りしていたこと……。

 どうやら、父は知っているらしい。

 悪いのは、母なのに。そこははっきり言わないと。

 ラティーシャはブレスレットまで外され、剥き出しとなった腕を見て怒りがたぎった。

 構わない。

 

 明日は、絶対にネイハムが皇太子になるはず。そしたら、なんとでもなるんだから。

 

 父も、あの娘も。


 許さない。


 そこでラティーシャはハッとした。

 あの娘、本当にフェリシア……?

 なら、捕らえてきたあの、猿娘は、一体……。


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