建国祭
それより少し前。
待ちに待った建国祭なのに、ラティーシャは気持ちが晴れなかった。
昨夜は怒りのあまりほとんど眠れなかったのだ。
あの化け物のような猿娘は、今日身につけるはずだった宝石だけでなく、ラティーシャの宝石の棚のほとんど全てをめちゃくちゃにしていた。
「今すぐあれを殺しなさい! 殺して!」
ラティーシャは絶叫していた。
館の者が総出で追いかけたのだが、とうとう朝まであの化け物を捕らえたという報告はなかった。
「ラティーシャ様」
声をかけられ反射的に笑顔を作り、そちらを向く。
「なんてお美しい」
「今日はまた一段と輝いておられる」
薄紅色のマントを羽織った騎士たちだった。
今日の舞踏会会場は、薄紅色のマントが圧倒的に多い。古い色のマントの者たちは、会場の片隅に所在なさげにいる。意地を張らずにこちらへ付けばいいものを。
ラティーシャは心の中で蔑んだ。
「ラティーシャ様」
今度は令嬢たち。いつもラティーシャを取り巻いている者たちだ。
「今夜のドレスのお美しいこと」
「まるで本当に一輪の薔薇ですわ」
「この結い上げた髪もなんて素晴らしい」
ラティーシャの気持ちがほんの少し上向きになる。
しかし同時に、あのルビーのネックレスとブレスレットがないことを思い出し、また怒りが込み上げる。
今つけているのは、宝石の中で被害がなかったごくわずかの物の中から選ぶしかなかった。
「ラムズ公爵夫人もさぞ嬉しいことでしょう、帝国一のお嬢様……そして……ねえ」
令嬢の母たちが、ラティーシャのそばに立つ母テルシェに目を向ける。最後の、ねえ、は、ラティーシャとネイハムとの婚約の噂を聞いてのねえ、だろう。
それにしても、父は随分遅れている。兄もまだだ。
もう皇帝陛下がいらっしゃる頃ではないのか。まさか、陛下より遅れて来るつもりじゃないだろうか。
そういえば、二人ともしばらく顔を見ていない。母でさえ今日はラティーシャと一緒にとっくに皇宮に来ているのに……。
父には執事を通して今日、陛下にお許しをいただく事を伝えてあるが……。
その時、来場者を告げる声が響いた。
「オークリー・シア・ラムズ公爵閣下 御入来……」
やっと到着ね、お父様。
ラティーシャは心の中で安堵する。
今日は大切な日なのだから、来てもらわないと。
「……リンジー・サムエル・ラムズ卿 御入来。
フェリシア・ベル・ラムズ公爵令嬢 御入来」
…………何、ですって?
今なんて?
ラティーシャは来場の扉を振り返った。
父に続いて入ってきた兄が、誰かをエスコートしている。
会場がざわめいた。
あれは誰?
あちこちから感嘆の声、どよめきが、さざなみのように広がっていく。
……なんて愛らしい。
……ラムズ公爵令嬢?
……あの金髪を見て? あんなに美しい髪を見たことがないわ。
……あのドレス!
……あんなスカート初めて見るわ!
隣でぱらりと扇が開いた。
母が開いた扇の陰から、すがめるように父たちを見ている。
ラティーシャの手が震えた。
フェリシア?
冗談でしょ、フェリシアは下品な化け物みたいな、猿みたいな……。
父に続き、兄がゆっくりとやってくる。
兄の隣にいるのは。
あれは。
誰?
自然と三人に道を開けた人々の中、……輝くような娘がいた。
あ……あのドレスは何?
その娘の着ているドレスは目にしたことのない型だった。
ウエストから何重にもなって広がるスカートは薄く柔らかそうな布地が幾重にも重なりあっている。
淡いピンク、白、薄いピンク、濃いピンク……。
濃い緑色のサッシュがウエストに巻かれ、まるでその娘自身が薔薇のようだ。
そしてすっきりとした上半身は、胸元、両手首に繊細なレースが……。
いや、違う、あまりにも光りすぎる。
あれはもしかすると、全てダイヤモンド……?
本物の金のように輝く金髪は、ウェーブを描きながら背中に下され、その上にもどうやって止めているのか、無数の輝くダイヤモンドレースが……。
それ以外の飾り物は、手首に巻いた赤い薔薇の花だけ……。
何?
何? あの娘?
私のルビーを、引きちぎったのが、あんたじゃないの?
ラティーシャは怒りのあまりか、両手が、体が、震え出した。
と、奥の扉の前で鐘が鳴った。
ラティーシャはビクッとした。
「グラディス・アーク・シアドラー皇帝陛下 ご入来」