建国祭へ
建国祭の朝……。
フェリはアビに起こされた。
「さあ、始めるわよ!」
アビの目がキラキラと輝いている。
「何……?」
まだ寝ぼけ眼のフェリは、アビに急き立てられバスルームへと向かった。
「アビ、皇宫に行くのは夕方だよ」
そう言いながら窓の外を見ると、いつもと様子が違っていた。
石畳の道に沿って花が置かれ、小さな出店がいくつも軒を連ねている。少し先の広場では、大道芸でも来ているのか、人だかりが出来、鈴の音と共に楽しそうな声が響いていた。
気づけばどの家の窓にも花が飾られ、小旗が飾られ、辺りは様々な彩りで溢れている。
「アビ! 見て、もうあんなに人がたくさん!」
目を輝かせるフェリを、アビがしっかり腕を掴んで連行していく。
「フェリ! 今日が何の日か忘れたの?」
「建国祭でしょ! ちょっと外に……」
「建国祭、つまりフェリのお披露目の日でしょ!
ぐずぐずしないで、さあ、行くわよお」
「フェリ」
心配そうに付いてきた猫のランドルも、もちろんリンジーも公爵も、
「支度ができ上がるまで、男性立ち入り禁止です!」
とドアを閉められた。
そしてそこからが大変だった。
ただドレスを着ればいいと思っていたフェリは、お風呂に入れられ全身……顔にも髪にも体にも何かを塗られ、マッサージされ、粉をはたかれ……。
「アビー、目が、回る……」
フェリがぐったりしていると、
「ちょうどよかった、さあ目を閉じてください」
薄くお化粧され……。
ドレスを着る前に、軽食も取り、すっかり支度が出来上がったのはちょうど出立少し前だった。
鏡に映った自分を見ると、フェリは口を開けた。
「そんなに口を開けちゃダメ」
アビに言われる。
「でも……」
鏡に映る自分は、まるでお姫様のようだった。
これはアビの魔法だろうか。
フェリは本当に自分なのか、ちょっと動いてみた。
「……動いた。私だ……」
「それからこれを」
アビが薔薇を一本出すと、フェリの腕に巻いてくれた。
「ランドル皇子からです」
フェリはパッと顔を上げた。
「私が入っちゃダメと言ったので、これを」
アビはにっこりした。
棘を抜いた可憐な薔薇は、吸い付くようにフェリのブレスレットの隣に収まった。
扉を開けると、公爵、リンジー、猫のランディがそわそわと待っていた。
「仕上がりました」
アビがにっこり微笑む。
フェリがそっと顔を出す。
正装をした公爵とリンジーを見てフェリは目を丸くした。
二人とも、初めて見る立派な装いだ。
「お父さ……様もお兄様も、とても素敵です」
「な、に、を……、何を言ってる、フェリシア……」
しばらくポカンと口を開けていた公爵の目が、みるみる赤くなっていく。
リンジーもしばらく小さく口を開けたまま動かなかったが、やがて微笑むと、
「フェリ、とても綺麗だ」
と言った。
フェリは何だか恥ずかしいけど、嬉しかった。
そのまま外へ出て、見たこともない綺麗な馬車に乗って皇宫へ向かう。
馬車の扉が閉まる寸前、ランディが飛び込んできた。
公爵が驚くと、リンジーが慌てて
「フェリの猫なのです」
と言い添えてくれた。
フェリはランディが来てくれて嬉しかった。が、大丈夫だろうか、人に戻ったりしないのか不安にもなった。
リンジーも同じだったようで、目をぱちぱち、口もパクパクさせていた。
そうして。
馬車はあっという間に皇宫へ到着した。
真っ白い扉の前に案内される。
扉には金で縁取られた太陽と月。そして星が彫刻されていた。
ここが建国祭の会場なのだろう。
中からは楽しげな音楽。人々のざわめきが聞こえてくる。
すでに多くの貴族たちが集っているはずだ。
一緒に馬車から降りたランディも、きっとどこかすぐ近くにいる。
フェリは腕に巻きつけた薔薇にそっと触れた。
「フェリ」
リンジーがにっこり笑って腕を差し出す。
フェリはリンジーに笑みを返し、その腕にそっと手を絡めた。
前に立つ公爵が振り返る。
公爵はフェリを見てやはり微笑むと、こう言った。
「さあ行こう、我が姫のお披露目だ」
傍らの侍従が声をあげる。
「オークリー・シア・ラムズ公爵閣下 御入来。
リンジー・サムエル・ラムズ卿 御入来。
フェリシア・ベル・ラムズ公爵令嬢 御入来」
扉が開く。