建国祭前夜
……明日はいよいよ建国祭。
ラティーシャは早めに休もうと思ったのだが、なかなか寝付けなかった。
横になっても目が冴えるばかりだ。
少し気持ちを沈めようと、寝室を出て隣のドレッシングルームへと向かう。
とうとうネイハムが皇太子に即位する日が来る。そしてそれは同時に婚約も陛下に願い出て、ラティーシャが皇太子妃になる日でもあった。
そして、その次の日は……。
ラティーシャは微笑んだ
目の前に輝く未来が待っていた。
明日身につける物は、もうこの部屋に届いている。
準備したドレスを眺め、ラティーシャはまた微笑んだ。
今回、建国祭の御布令が出たのは二ヶ月前。そのため令嬢方はドレスをオーダーするのが大変だったらしい。
ラティーシャは早くから準備していたため、ドレスも装飾品も申し分ないものが出来上がった。
深い赤のドレスは金の糸で蝶の刺繍が施されている。袖は大きく膨らませまるで花弁のよう。
前面に見えるアンダースカート、それからブラウスは白地に薔薇の花が刺繍してあるが、それはみなルビーとエメラルドだ。
そしてさらに素晴らしいのが、ネイハムより届いたネックレスとブレスレットだった。
素晴らしいカットのルビー、そしてダイヤモンドが惜しみなく使われた見事な品だ。
これを身につけたときの賞賛の声が聞こえてくるようだ。
……なんて素晴らしい!
……見事なルビー、もしかしたら贈り物でしょうか?
……ネイハム殿下?
そこでラティーシャは、恥ずかしそうに俯くのだ。それが答えになる。
そのときのことを思い浮かべると、わくわくした。
そのためにも、もう休まなくては。
ラティーシャは寝室へ戻ろうとした。
どこか、遠くで何か物音がした。
なんだろう。
ラティーシャはこめかみを揉んだ。頭痛がする。薬を飲んだが効かないようだ。
なんだか最近よく眠れない。朝目覚めると忘れてしまうのだが、なんだか嫌な夢を見ている気がする。
いつからだろう。
ラティーシャは眉をひそめた。
そうだ、あの猿が来た頃からだ。
あの下品な猿のような娘、フェリシアを捕らえてきてから……。
騎士たちがフェリシアを捕まえてきたとき、ラティーシャは目を疑った。
猿のような娘と聞いてはいたが、まさかこれほどとは。
痩せ細り薄汚れた体。ばさばさと絡まった髪。その髪の間から覗くギラギラとした目。奇声を発し、その口から涎が流れるのを見て、ラティーシャはゾッとした。
この猿と自分が少しでも血のつながりがあるとは思いたくなかった。
すぐに殺すよう命じたのだが、そういえば死んだのだろうか。
そのときだった。
何かが壊れるような大きな音と共に、悲鳴が上がった。
何人か走り回る足音、怒号……。
ラティーシャが振り返った瞬間、何者かが部屋のドアをすごい勢いで開けた。
そこに現れたのは……。
あの、猿の娘だった。
何かくわえている。
口から垂れ下がっているのは、金の鎖……その先にダイヤの……。
どういうこと?
ラティーシャは悲鳴をあげた。
それは、ラティーシャのダイヤのペンダントだった。
いったい何が起きたの?
私のクローゼットルームに入ったの?
廊下の向こうからバタバタと足音が聞こえる、その瞬間その娘は本当の猿のように飛び上がり、壁を蹴るとテーブルに跳んだ。そこには明日つけるペンダントとブレスレットがビロードの台に乗せてある。
娘はそれを鷲掴みにすると口を開けた。そこから不気味な声が響く。
「……オ ネ エ チャン、コ レ、……チョウ ダ イ」
そして、にっと笑うと引きちぎった。
ダイヤモンドが、ルビーが弾けてラティーシャの顔に飛んできた。
ラティーシャは絶叫した。