表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/71

衝撃




 私が兄を毒殺した。

 そんな話が出回っているのか。

 

 しかし、それを信じてしまう者がいるのならば、それは自分の不徳が招いたことなのかもしれない。

 

 ランドルはそう思った。

 しかしフェリはきっぱりと言い切った。

 

「それは、信じる者が莫迦者なのです」

 

 ランドルは笑ってしまった。

 こんな時なのに、フェリがそう言ってくれるのが、そして目を開けてちゃんとランドルを見てくれるのが、嬉しかった。

 だが、何とかしなくてはならない。父上は信じて下さっていると思うが──。

 もう少しこの身が安定すれば、すぐにでも皇宫へ行くのだが。


 そんな事を思いながら、ランドルはフェリを見ていた。

 フェリは今、リンジーとダンスの練習をしている。

 公爵は、フェリを公爵令嬢として建国祭で披露するらしい。エスコートはリンジーのようだ。


 ランドルはそれが面白くなかった。

 自分がエスコートしたい。

 自分がフェリを披露したい。

 リンジーは兄だし、自分はまだ色々な意味で姿を出せないから仕方ないのだが。

 ランドルはダンスの練習を見ながらもんもんとしていた。

 

 じっと二人を見ていると、リンジーと目が合った。

 リンジーがフェリに尋ねる。

「あれは、フェリの猫?」

 フェリは、え……と言葉を詰まらせた。

「あ、はい。……でも、私の、っていう訳ではなくて、その……」

 顔が赤い。

 ほんとに可愛い。


 ランドルは、思わずフェリに近づいた。

「ランディ」

 フェリがそう名前を呼んでくれる。

「綺麗な猫だな」

 リンジーがそう言うと、フェリは嬉しそうに、

「はい!」

 と答え、いつものようにランドルを抱き上げた。

 あ、これは──。


「まずい」

 

 思わずそう言ったときはもう遅かった。

 ランドルは人の姿に戻っていた。

 

「──どうも、フェリのそばに来ると、コントロールが効かないな」

 そう言ってフェリを抱き寄せる。

「……」

 フェリはランドルの腕の中から、怖々リンジーの方を向いた。

 ランドルもフェリからリンジーへ目を向ける。

 

 リンジーは固まっていた。

 

 ここで明かすつもりはなかったのだが──。どうだろう、ごまかしたりは──。


 三人でしばらく身動きせずにじっとしていると、リンジーが叫んだ。

 

「ラ! ……ラ、…………ランドル……?」

 

 最後は囁くような、震えた声になった。


 仕方ないか。


「──久しぶりだな」

 ランドルはそう答えた。

「い、今までどこに……」

 リンジーはそう言い、まじまじとランドルを見た。


「今、猫だったか?」

「気のせいじゃないか?」

 リンジーは穴のあくほどランドルを眺め、言った。

 

「猫だった」

 

 そして、その目が潤み、リンジーはランドルの肩をガシッと掴んだ。

「生きていたのか。

 無事だった。

 無事だったんだな!」

 と叫ぶ。


「幽霊でも猫でも何でもいい。

 無事だったならいい」

 ランドルもリンジーの肩を掴んだ。

「ああ。この通りだ。

 無事だ」


 ランドルは喜んでくれているリンジーを見て、胸が熱くなった。

 彼は昨日もランドルを信じると言ってくれていた。


「リンジー──。

 ありがとう」

 ランドルはその言葉だけ、押し出すように言った。ふと見ると、フェリが涙を流していた。ハンカチも使わず、手のひらで一生懸命涙を拭っている。

 ランドルはフェリの肩を抱き寄せた。


「ランドル、殿下」

 リンジーが、今度はひどく真剣な目で言った。子供の頃のような口調も直してしまう。


「それで……一体何があったのです?

 誰かが、殿下に何か危害を加えたのですか?」

 ランドルは、それには小さく頷いたが、

「それより、リンジー」

 と返した。

 ランドルも真剣な表情だ。


「お前、フェリシアになんてことをしてたんだ」

 表情が険しくなる。


「え?」

 リンジーは呆けた顔をした。

「自分の妹のことを、何年も放置するとはなんてやつだ」

「え? あ、……いや、それは本当にすまなかった……が……、どうしてランドル、いや、殿下が?」

「妹なのに、気にもしなかったのか?」

「や、それは、病気だからと……」

「なら、余計に気にならないのか」

「か、顔を見られたくないと聞いて……」

「それでも不憫に思わなかったのか」

「でで、殿下?」


 そこでフェリがランドルの袖を引っ張った。

「あ、あの、お兄様はたくさん申し訳ないと言ってくれました」

「フェリはいいから」

「でも」


「ランドル!」

 リンジーは両手を揚げた。敬語が崩れていく。

「本当にすまなかったと思っている。

 言い訳にしかならんが、それでも見舞いの品を届けたりはしていたんだ。ただ、義母経由だったので……」

「どうして直接届けないんだ」

「ランドル! だって考えてみろ、妹ってのはあんなものと思ってたんだ」

 

 あんなもの。

 

 ──ラティーシャ。

 

 ランドルは、少し怒りを鎮めた。


「そうだな。──私も、女とは、あんなもの、と思っていたからな」

「しかし、ランドル、まさかお前……」

 リンジーはフェリを見た。


「フェリシアが好きなのか?」

 

 ──好き?

 

 ランドルは驚いた。

 

 フェリが可愛くて可愛くて、見てると幸せで──。

 愛おしくて──。

 

 ──そうか。

 

 ──そうだ。

 私はフェリが好きなんだ。

 

 ランドルは頷いた。


「もちろんだ」

 フェリがひゅっと息を呑むのがわかった。

 フェリの顔を見ようとすると、リンジーに腕を掴まれた。

 

「なんだ」

 

 リンジーは呆気に取られていた。

「あ……いや、……」

 口をぱくぱくさせている。

 そのリンジーに言った。

 

「建国祭だが、二日目は仮面舞踏会にしてくれ」


「……え?」

「私もフェリをエスコートして、一緒に踊るから」

「皇宮に来るのか」

「行く」

「……」

「フェリと踊って、それと、私を斬った者を捕らえる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ