あの話
「フェリ、何か食べるか?」
グリッグが呼びに来た。
フェリはぐったりと長椅子に横になっているところだった。
ランドル……ランディはグリッグのすぐ後に、猫のまま部屋へ入ってきた。
「ちょっとまだ……」
フェリは天井を見上げて答えた。
今、アビと一緒にダンスの復習をしていたら、目が回ってしまったのだ。
それでなくても、お父さん、お兄さんがやって来てから目が回るような毎日だった。
二人と会えたのは本当に嬉しかった。
正直顔もおぼろげだったが、話しているうちに、確かに自分の父であり、兄なのだという感じがして嬉しかった。
でも……。
それから、立派な馬車に乗せられて、立派なお屋敷に連れてこられて、その上何か……、もう少ししたらお城で皇帝陛下にお会いする、とかで……。
アラベラ先生とエドニとまた会えたのは良かったけれど、礼儀作法って……。
ダンスって……。
グリッグとランドル皇子とアビがいてくれたからよかったけれど、あんまりびっくりして、最初の日は熱が出てしまったほどだ。
「フェリ、大丈夫?」
アビがフェリの顔を覗き込んだ。
「アビのダンスが上手すぎるんだよー」
フェリはぼやいた。
アビはここに来てから、グリッグに大きくしてもらって、普通の女の人になっている。でも、赤茶のふわふわした髪と榛色の瞳は一緒だ。紺色の服に白いエプロンをつけて、「フェリシア様のお世話を致します」ってお父さんに言っていた。
「グリッグ」
ランディが小さいテーブルに飛び乗った。小さいけどすごく立派なテーブルだ。このお屋敷はどこもかしこも立派なものだらけだった。
「さっきリンジーが話していた、あの話、とはなんだ?」
グリッグは「ああ、あれ」と言って口の片方だけで笑った。
あの話……?
なんだろう、とフェリもそちらを向いた。
「どうも、今この国では皇太子をネイハムってのにしようとしているんだが、それに賛成する奴と反対する奴がいるようだ」
……え?
「そのネイハムってのは、皇子の従兄弟か?」
「そうだ」
「そいつとそいつを皇太子に、って奴らは皇子が前の皇太子を毒殺したって言ってる」
グリッグがあんまりあっさり言うので、フェリはその言葉が疲れた頭に染み込むまで時間がかかった。
……染み込んだ途端、フェリは飛び起きた。
「それはつまり……」
ランディが背筋をすっと伸ばす。
「私が、兄を殺した、ってことか?」
「そのようだ」
「そんなはずないでしょ!」
フェリは立ち上がっていた。長椅子があれほど重くなければ蹴倒していたところだ。
「証拠があるらしい」
「……証拠?」
「毒使いのレピオタ・ドーとランドル皇子との契約書だ」
「……何?」
「皇子の印璽が押してある」
ランディは黙り込んだ。
いんじ……? ってなんだっけ? フェリは立っていられず座り込んだ。