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父と兄 2




 どうもグリッグは、フェリシアと父親を会わせる機会を探していたようだ。


 何やら館を検分している二人に、まずグリッグがそっと近づいて、声をかけたのだが、そのときの彼らの驚きようは──、こう言っては何だが面白かった。


 二人は気づきもしなかっただろうが、ランドルは猫のまま、ずっとそばで見ていたのだ。


 そして、それに続いてフェリシアが顔を出したときときたら──。


 ランドルは今でも笑いが込み上げてくる。


 驚天動地とはまさにああいうことを言うのだろう。


 二人とも、あごが外れそう──いや、あごが落っこちそうに口を開け、目がまんまるになった。

 思い出してランドルの髭が震えた。

 エイディーンの実家の者、と名乗ったグリッグは、最初からものすごい嫌味を並べ立てたのだ。

 

「ええ。もちろん、フェリシア姫の母方である当方にも落ち度がありました。それは本当に申し訳ない」

 

 そう言い置いてから、しかし──。と続けた。


「エイディーン様は、公爵のことを良い人だと仰ってましたが、全くの見当違いだったと申し上げる他ありませんね。

 

 今、お二人の声が聞こえてきたのですが──、


 何がここは何年も人の手が入っていないようだ? ですか?

 その通りですよ。

 

 この館は使用人は皆解雇され、誰もいなかったのですよ?

 

 だ れ も、です。

 

 誰も!」

 

 グリッグの背後に真っ黒い雲が渦を巻き稲妻が走り抜けているようだった。

 

「そして、その使用人もいない、侍女の一人も、料理人もいないこの場所で、姫は一人で暮らしてたんです。

 

 隣の国でもありますまい、せめて一度だけでも姫の顔を見に館に足を運ばれたら、何が起きているのか分かったのではありませんか?

 

 でもいらっしゃらなかった。

 お父上、それに兄上も。

 

 姫は、庭で自ら野菜を育て野草を取り、井戸の水を汲み、やっと命をつないでいたのです。

 

 公爵、聞こえておりますでしょうか。失礼ながら頭は働いておりますか?

 もう一度最初から説明いたしますか?」

 

 ランドルが思い出せる量の三倍位の説明をグリッグは二人にした。それはいつもの乱暴な口調ではなく、嫌味なくらい貴族っぽい話し方だった。

 グリッグが話しているうちに、公爵もリンジーも真っ青になっていくのがよくわかった。

 

 公爵は幼い頃からよく見知っているし、リンジーとは幼馴染で近しい気持ちがしていたが、正直ランドルはまるっきりグリッグの味方だった。


 全くその通り、もっと厳しく問い詰めろ! と心の中で声援を送りながら聞いていた。なんなら足でも踏んでやりたい位だった。


 その後出てきたフェリシアは二人を見ても、ぽーっとしていたが、ようやく

 

「……あ……。お父さんって本当にいた……んですね。……嬉しいな」

 

 と言ってぽろりと涙をこぼした。

 

 その瞬間、公爵は号泣したのだった。

 

「申し訳ない……。私はエイディーンが突然消えてしまい、あまりに……辛くて。

 フェリシアはエイディーンにそっくりで……それで、顔を見ると辛くて……。

 その後、フェリシアは病で顔が……そう聞き、また辛くて……」

 

 公爵は涙を流しながら、そんなことを言っていた。グリッグに言い訳にもなりません、と断罪されていたが。


 リンジーは、やはり詫びの言葉を言っていたが、最後にグリッグに尋ねていた。


「その、先ほどから、フェリシアを姫、とおっしゃってますが……」

「姫ですから」

「では、母君は……」

「皇族です」

「……」

「女王陛下です」


 答えを聞いて、二人の顔色はますます青ざめた。


 まあ、ランドルはグリッグがフェリシアを姫と呼んでいるのを聞いたことはなかったが──。姫というのは間違っていない。


 色々思い出しながら、ランドルが髭を振るわせているとフェリシアがやってきた。


「先生たちは?」

「帰ったの。やっぱり仕立て屋さんに行くんだって」

「フェリシアはドレスはどうするんだ?」

「グリッグが心配するなって」

「そう」


 見上げていたフェリシアの顔が揺れ、次の瞬間ランドルはフェリシアを見下ろしていた。

 途端にフェリシアはパッと顔を伏せる。

 ランドルはかがみ込んで、その顔を見る。


「──ねえ、フェリシア、その目を細くするの、やめない?」

 フェリシアはランドルを見ても息ができるようになったのだが、今度はすごく細くしか目を開けない。

「……もう少し、慣れたら……」

 フェリシアの答えに、ランドルは首を傾げた。

「ねえ──。私が眩しいからって言ったけど」

 フェリシアはこくこく頷く。

「私はフェリシアが眩しいよ」

「……え?」

 わからないかな。


 ランドルはフェリシアをすっと抱き上げた。


「フェリシアは、私にとって光なんだ。とても眩しくて、愛おしい」


「お……皇子……?」

 フェリシアは真っ赤になって頬に手を当てる。顔が見たくてランドルはわざと抱き上げた体を傾けてみた。

 慌ててフェリシアがランドルのシャツにしがみついた。目もパッと開く。──とても可愛い。


「その、皇子って呼ぶのはやめようって言ったじゃないか」

「皇子、ち、近すぎます!」

「猫でいる時と同じだよ。いつもこのくらいだったろ?」

「ね、猫とは違います!」

 フェリシアが叫ぶ。ああ、また目を細めて──。


「ランドル──、ああ、ランディでいいよ。いつもそう呼んでくれるじゃないか」

「そ、それは猫……のときは……」

「どちらも変わりないじゃない?」

「変わり、あります……、お、おう……」

「ランディ」

「お……」

「ランディ」

「そんなに顔を近づけないでください」

「敬語もやめよう」

「……」

「猫のときと一緒だ」

「そ、それは」

「それと──」


 ランドルは思い切って言った。

「私もフェリ、って呼んでもいいかな」

「え、え?」

「──エドニ嬢はそう呼んでいるよね。私の方が長い付き合いなのに」

 ちょっと意地悪く言ってみる。

「え……」

「いいかな」

 フェリシア──フェリは小さく頷いた。

 ──可愛い。

 と、ホールの方で物音がした。

 誰かが階段を上がってくる。

 ランドルはチッと思い、フェリを床に下ろすと猫の姿となった。


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