父と兄
今日も朝から楽しそうな声が聞こえる。
アラベラとエドニが来て、フェリシアに社交界での礼儀作法などを教えているようだ。
ランドルは今、皇宫近くの瀟洒な邸宅にいた。もちろんフェリシア、グリッグ、それにアビと一緒だ。
ここはラムズ公爵家所有の邸宅で、公爵が仕事が深夜に及んだ際などに使っていた所らしい。
ランドルはここではほとんど猫の姿で暮らしている。フェリシアやグリッグだけなら人になるのだが、中々その機会がない。
女性たちの楽しげな声を聞きながら、ランドルは窓から街中を見下ろしていた。
辺りは随分と活気に溢れている。元々春は陽気になるものだが、今年は大きな祭が近づいていて、皆浮かれているようだ。
どうやら、皇帝陛下が突然建国祭を開くと宣言なさったらしい。
大きな祭典のようだが、御布令が出たのが祭のわずか二月ほど前だったため、貴族たちに限らず、女性方は大騒ぎのようだ。
どうして? とフェリシアが不思議そうにエドニに聞くと、
「ドレスです!」
とエドニは笑って答えた。
「皆、建国祭で新しいドレスを着たいのです。なのでどこの仕立て屋も大騒ぎで……。それからどこの宝石商も靴屋も小間物屋も女性が殺到しています」
「エドニとアラベラ先生も、その、いろんなお店に行かなくていいの?」
と、アラベラが微笑んだ。
「フェリシア様、私たちには構いませんが、そこは一応……いいのですか? にしましょうか」
「あ……」
フェリシアは口を押さえた。
話し方はなかなか治らないようだ。
ランドルはそのままでもいいと思うのだが。
「いいのよ、フェリ」
エドニが微笑む。
「徐々に慣れれば大丈夫よ。……そうね、今回の建国祭では、とりあえず、にっこり笑って黙っていましょうよ」
「そうですねえ。ええ。と、いいえ。と。お父様にお聞きください。この三つで通しましょうか」
アラベラも穏やかにそう言った。
フェリシアは神妙に頷いていた。
そう──。
どうやら、フェリシアもその建国祭に参加することになりそうなのだ──。
こうなるまでの十日程は、本当に目まぐるしかった。
フェリが木から落ちて、ランドルが人に戻れたその同じ頃、フェリシアの館に現れたあの薄紅色のマントを羽織った騎士たちは、そこらじゅうめちゃくちゃに打ち壊していった。
主に、唯一体裁の整っていた玄関ホールや客間を破壊し、そこにある美術品を持ち去っていったようだ。
本当に許しがたい。
暴虐を極めた騎士の顔は、木の上からしっかりと目に焼き付けた。もしも会うことがあったらただではおかない。ランドルは心に誓った。
フェリシアの過ごしている部屋は気づかれず、そのままだったからよかったが、館の荒廃はかなりのものだった。
どうしたものかと思っていたら、それから二日後。館に公爵とリンジーが来た。
やっと来やがったな。
グリッグがそう言った。