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緑の館 2




 父と一緒に馬車に揺られながら、リンジーの頭の中は目まぐるしく色々なものが浮かんでは消えていった。


 ラティーシャの大騒ぎの後、緑の館へ行くという父についてきたのだが、違和感が拭えなかった。


 緑の館は、異母妹フェリシアがいる館だ。

 フェリシアは、長らく病に伏せており、見舞いも断っているという。

 その妹が盗賊に襲われ、拐われたというのか。

 

 ……それにしても、あの、ラティーシャの騒ぎようはなんだろう。

 

 リンジーはあまり関心を持たなかったが、ラティーシャは帝国の薔薇などともてはやされている妹だ。

 美しいし、賢い、最高の令嬢などと言われているが、割と計算高く、気が強いことをリンジーは知っている。

 だが、さっきは……。

 

 父が来る前と、来てからでは態度が一変した。

 

 少なくとも、リンジーと話しているときは、恐ろしくて泣いてなどいなかった。

 しかし。

 

 私が館を見てこよう。

 父がそう言ったときのラティーシャは涙を浮かべて止めたのだった。

 

 ……そんな恐ろしいところへ行かないでください。

 ……私、怖くてたまらないんです。

 お父様やお兄様まで何かあったらと思うと。

 

 それは、一見、心からそう言っているように見えるが、リンジーは違うと思った。

 

 わからないのは、なぜ、この館のことでそんな態度をとるのかだ。

 

 リンジーの頭に一つの名が浮かぶ。

 

 ネイハムか。

 

 ラティーシャの護衛だという、あの騎士たち。

 今や、薄紅色のマントは、ネイハムの追従者の証だ。

 おまけにラティーシャまであの色のドレスを着ていた。

 

 ネイハムがどう関わっているのかわからないが、婚約するというのは、どうやら本気らしい。

 

 リンジーはそこで、ふと、父もさっきから黙り込んでいることに気づいた。

 父も、かつてグランデ騎士団で、騎士団長だった今の皇帝陛下を支えていた。陛下と父は幼馴染だった。

 カーシー皇太子が亡くなり、ランドルが皇太子となったとき、自分もまた陛下と父のようになるのだと、そう思っていたが……。


「父上」

 リンジーは口を開いた。


「あの薄紅色のマントはどうにかならないものですか」

 父はしばらく窓の外を見ていたが、ようやくこちらを向いた。

「ネイハム殿下か」

「そうです。ネイハムをグランデ騎士団長にと言っている者たちが得意になってつけております」

「……ネイハム殿下が団長になるのか?」

 どうしたのか。父にいつもの覇気がない。

「ネイハムが皇太子になったなら、そうなるでしょう。だが、まだそうと決まった訳ではありません」

「……」

「私はネイハムが皇太子になり、騎士団長になるのなら騎士団をやめます」

「副団長なのにか」

「構いません」

「……」

 父は押し黙った。


「それより……、あの薄紅のマントをつける者が、急に増えています」

「大公家、……それとカーヴィル公爵家の者か」

「ご存知でしたか」

 リンジーは少しほっとした。

「そうです、特にその両家縁の者たちがこぞってつけています。それに倣うように他の家でも……。スファル騎士団でも増えてきていると聞きました」

「……」

「まるで、もうこの国も騎士団もネイハムの物だと言わんばかりに……」


「リンジー」

 父が制するように言った。しかしリンジーは口をつぐむ気はなかった。

「父上、彼らはランフォード大公と利害を共にしております、……彼らは……」


 と、そこで馬車が止まった。着いたようだ。

 リンジーはやむなく口を閉ざす。


 ここが、緑の館か。

 祖母が愛したという瀟洒な館だと聞いていたが。


 父に続いて降り立ち、館を見上げた。

 少し古い様式だが窓の形が美しい。青みがかった壁に白い窓が並ぶ可愛らしい館だった。

 リンジーもほんとに幼い頃、来たことがあるらしいのだが、記憶にはなかった。

 ここが賊に襲われたのか……。

 

 護衛の騎士を待たせ、父と二人で館へ向かう。


 玄関ホールは扉が壊され、傾いでいた。


 中に入ると……もう、辺りは嵐の後のようだった。

 飾り戸棚、飾り台が引き倒され、粉々になった大理石、飛び散ったガラス、壊れた戸棚の木片が散らばっている。おまけに雨の中馬で乗り入れたかのように、そこら中泥だらけだ。


「これは……」

 思った以上の様相に、リンジーは思わず声をあげた。

 父は何も言わないが、やはり顔が青ざめている。

 館の使用人たちは無事だったのだろうか。


「……しかし、変ですね」

 だが、この事態にどこか違和感があった。

「この辺で盗賊が出るとは。そんな話は最近聞いたことがありません。何年か前にこんな被害がありましたが、あのときは貴族の邸宅の他に豪商宅も続けて襲われました」

「そうだったな」


 破片を避けながら奥へと進むと、まるで廃墟のような有り様だった。壁を飾っていたであろう絵画もタペストリーも、何もない。部屋を覗いてみても、どこも飾り物どころか、机も椅子も何もなかった。


 そのまま二階へ向かう。父は二階の廊下をまっすぐ進んだので、リンジーはさらに上へと昇っていった。


 やはり、下の階と同じ有様だ。

よほど大規模な盗賊だったのか。


 右手の一室を覗き込むと、突然大きな羽音をたてて鳥が飛び立った。こちらに向かってくるかと、リンジーは腰を落としたが、鳥は消えていた。

 よく見ると窓が壊れており、そこから飛んでいったようだ。


 部屋の中は、壊れた長椅子の上、窓の下のベンチ、あちこちに鳥の巣が作られている。こんな所に巣を作るとは。ヒヨドリだろうか……。

 ひどいものだ。


 ぼんやりそれを長め、リンジーはハッとした。


 盗賊が入ったというのはいつだった?


 数日前らしいとラティーシャは言っていた。


 長椅子はボロボロになるまで突かれ、綿を抜かれている。小枝と一緒にその綿も巣の材料となっていた。

 これを作るのに、一体何日かかる?

 よく見れば、壊れた窓から吹き込む雨風のためか、床が腐りかけている。


 リンジーの顔が青ざめた。

 この部屋は一体いつから……?


 リンジーは二階へと降りた。

「父上!」

 父を探す。すると

「こっちだ」

 父の声がした。

 廊下の奥の扉が開いている。そこに父の姿が見えた。


「父上」

 リンジーは駆け寄った。


 そこは庭へ向かって降りていく階段があった。美しい彫刻を施された優美な手すりがなだらかなカーブを描いている。父はそこにしゃがみ込んでいた。


「懐かしいな」

 父がそう言った。

「ここから裏庭へ降り、お茶を飲むのがエイディーンは好きだった」


 エイディーン?

 ここに住んでいたという、フェリシアの母か?


「父上、それより……」

 リンジーがそう言いかけると、父は

「これを見てみろ」

 と指を指した。それは階段の端だった。階段の両端はひどく苔むしていた。


「階段の中央だけは苔がない。誰かがここを行き来していたんだろう。だが、この階段は何年も掃除などされていない。なぜだ?」


 やはり。

 リンジーはそう思った。


 父に続いて階段を降りると、胸に浮かんでいた懸念がはっきりと形となった。


 裏庭は……。


 まるで森だった。


 何年も人の手が入っていない庭は、春の光の中ベンチもガゼボも何かの彫刻も、全て緑に覆われ、飲み込まれていた。

 

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