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息ができない 3




 あっ。


 フェリは心の中で声を上げた。


 グリッグが鳥になって、飛んでいってしまった。

 お、皇子と二人だけ……。


 食べようと思ってフォークで刺したオレンジを、急にどうしたらいいのか分からなくなる。アビを探すが、こんな時に限って姿が見えない。


「フェリシア」


 ランドル皇子に名前を呼ばれて、フェリはビクッとした。皇子の声はランディと同じだ。なのにドキッとするのは、声が高い場所から聞こえるからだろうか。


「そのまま前を向いてて」

「……は、はい」


 ランドル皇子が立ち上がり、こちらへ歩いてくるのが分かった。

 皇子はすぐ隣の、さっきまでグリッグが座っていた椅子に腰を下ろす。

 フェリはひたすら、テーブルの向こうの台座の花瓶を、花瓶から溢れるような水仙を、見つめた。


「フェリシア。──その」

 ランドル皇子はつかえるように言葉を区切った。


「──そ、その、まだ一度もお礼を言っていなかった。ありがとう」

 ……え?

「フェリシアに助けてもらわなければ、私は今頃死んでいたのだ。本当にありがとう」

「えっ、皇子! 私は別に何もしていません。助けてくれたのはお母さんです」


 そう言ってフェリは思わず隣の皇子へ顔を向けてしまう。目が合ってふっと微笑むランドル皇子の顔がフェリの視界いっぱいに広がり、フェリはまた慌てて前を向いた。


「お母様は、フェリシアが頼まなければ助けてくれなかっただろう?」

「で、でも……」

「それに、お母様の魔力のこもった石も見つけてくれた」

「そ、それはロイが……」

「本当にありがとう」

「いえ、あの、……えと……」


 フェリはしどろもどろになった。助けた、なんて思ってなかった。でも……そう言われるとなんだかとても嬉しくて、でもなんて答えたらいいのか、もう訳が分からなかった。


「フェリシア。フェリシアは、私の顔を見るとどうして息を止めてしまうのかな──」


 そ、それは……。


 それは、きっと皇子が眩しすぎるから。


 フェリはそう思うが、言葉に出来ない。


「フェリシアが嫌なら、私はずっと猫のままでもいいのだが──」

「だ、ダメです! そんなの!」

 フェリはそう叫んだ。


 皇子の方を見ないように、水仙だけ見つめる。白と黄色の二色。フェリが切ってきた水仙……。


「猫のままでいいのだが、──フェリシアのそばにいる時は猫でいようと思ったりするのだが──。なぜか、フェリシアのそばに居ると、人の形になってしまうのだ」


 どうして……? 水仙を見つめながら、フェリは心の中でそう尋ねる。


「この一年、ずっとフェリシアは私のそばにいてくれた」

 皇子の指がフェリの小指に触れた。

「いつもフェリシアと一緒だった」

 皇子の指がそっと動く。

「急にフェリシアの顔が見られないのは、寂しいんだ」


 皇子の顔を見ていないのに、フェリはまた息が止まりそうだと思った。


「どうして息を止めてしまうの──?」

 フェリはうつむいた。

「そっ、それは……」

 皇子は黙っている。

「それは、それは、多分……皇子が……まっ眩しく、て……」

「眩しい?」

 不思議そうな声がかえってくる。

「それなら、顔に刀傷でも付ければいいかな──。二つ──いや、三つくらい──」

「ダメです!」

 フェリは思わず立ち上がった。

 椅子が後ろにひっくり返る。


 と、皇子がフェリの手を取ってあっという間に抱き寄せた。

 フェリの体がすっぽり皇子の腕の中に収まってしまう。


 フェリの顔は、皇子のシャツに押し当てられ、そのまま皇子の手が優しく頭の後ろを支えた。


「これなら顔は見えないね」

 皇子の声が、フェリの頭のすぐ上から聞こえる。

「でも、僕はフェリシアの顔が見たい」

 

 皇子の手が緩んでフェリは皇子から離れようとした。……したが、背中に回った皇子の腕までしか動けない。

 皇子の顔がフェリのすぐ前に寄せられた。

 と、皇子が言った。


「目をつぶって」

 フェリは慌てて目を閉じた。

「いい? こんな顔、傷があっても私は全然かまわないから」

 フェリは目をつむったまま必死で首を振った。

「眩しいっていうなら、そうだ、髪と顔を黒くしても──」

フェリはさらに首を振った。

「ダメです! そ、そんな……」


「じゃあ、息をして。できる?」

 自分でも止めようと思って止めている訳ではないのだ。頑張ればできるだろうか……。

 フェリは、小さくうなずいた。


深呼吸……。深呼吸…………。


吸って……吐いて……。


「じゃあ目を、開けて」

 言われて、そっと目を開ける。

 目の前いっぱいにランドル皇子の顔……。


 近い!

 フェリはまたギュッと目を閉じる。


「フェリシア──目を」

 フェリは、細く、少しだけ、目を開ける。

「それだけ?」

 細い視界の向こうで、皇子が可笑しそうな声を出した。

 

「息は、出来る?」

 すぐ目の前の皇子の青い瞳をぼんやり見ながら、吸って……吐いて……。

フェリはうなずいた。

 

 息ができた。

 

 ゆっくりとフェリが吸い込んだ空気は、なんだかとてもいい香りがした。


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