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ラムズ公爵


 

 

 ラムズ公爵は王宮を出て公爵邸へと馬車を走らせていた。


 建国祭。


 思いがけない話だった。

 大掛かりな祭典となるようだが、今回は皇太子の問題もあるし、他の国々を招くことはせず、国内でのみ行うらしい。

 そしてその日程は、ちょうどランドル皇子が行方不明となって一年となる五月の十日と重なっていた。


 他国を招待しないというのは、よかったが、しかしこれは大変な催しだ。準備は間に合うのだろうか。間違いなく忙しくなる。


 ラムズ公爵は目を閉じた。


 ラムズ公爵……オークリー・シア・ラムズは、皇帝グラディス・アーク・シアドラー陛下と幼馴染だ。年も同じで、オークリーはずっとグラディス皇帝の一の騎士だった。

 グラディス皇帝が結婚されてから、ラムズ公爵も妻を娶り、それぞれの子供達も知っている。

 カーシー皇太子が亡くなったのは四年前。ランドル皇子はたしか十六だったはず。


 ランドル皇子がカーシー皇太子を毒殺しただと?

 馬鹿げた話だ。


 公爵は顔をしかめた。ランドル皇子は物静かな方だ。だが暗い性質という訳ではなく、無闇にはしゃぎまわらないだけで、賢く真面目な方だ。

 兄の事を妬んだり、貶めようとする方ではない。むしろ、兄の皇太子に憧れ尊敬している、そんなふうに見えた。

 兄弟喧嘩をなさったりしたのも見たことがない。間違っても兄を亡き者にするなどとは考えられなかった。


 今回の馬鹿げた噂は、一体誰が流しているのか。


 そして、同じくらい……、嫌、それ以上に馬鹿げているのが我が娘のラティーシャだ。


 ランドル皇子の行方が分からなくなってすぐ、ラテイーシャはネイハム殿下と婚約したいと言い出した。

 ランドル皇子は許嫁とは名ばかりで冷たく、女性に関心がないのではないかとずっと思っていた。

 その点ネイハム殿下はとても優しく自分を大切にしてくれると。


 とんでもないと、公爵は娘を叱った。


 行方不明の皇太子から新たな皇太子へと乗換える。そうとしか見えない。と。

 しかも、ネイハム殿下には婚約者がいるのだ。


 しかし、ラティーシャはそれのどこが悪いと開き直った。

 あの時の娘は、父親であるラムズ公爵に向かって恐れげもなく詰め寄った。美しく、たおやかな娘と思っていた公爵は、正直驚いた。

 


「今までラムズ公爵家から多くの皇后が出ているのは事実しょう?

 そして今この帝国で一番皇后にふさわしいのは私です。

 ネイハム殿下が皇太子になるのなら、最も相応しいのは私なのです」


 

 公爵は呆気に取られた。

 


「それにネイハム殿下と婚約者の間にはもう婚約破棄の話が決まっております。

 お相手の令嬢も、すぐに了承なさったと伺っています。ネイハム殿下が皇太子になるとの噂で、ご自分は皇后の器ではないとお分かりなのでしょう。

 お父様は、なぜ反対なさるのですか?

 私が皇太子妃、未来の皇后になるのが喜ばしくないのですか?

 私、何かおかしいことを申し上げておりますか?」


 

 畳み掛けるように訴えるラティーシャに驚きながら、それでもかろうじて表情は崩さず、公爵は「ダメだ」と言った。


 言い分はわかった。

 だが、ランドル皇子の生死がハッキリと分かるまでは、決してそんな話はしてはならない。


 そう言い聞かせた。のに、なぜこの話が巷で噂になっているのか。

 皇帝がこの話を不快に感じていたのは間違いない。


 公爵は思わずこめかみを揉んだ。


 ランドル皇子が行方不明になってから、仕事が山積みだ。

 疲れが溜まっているのか、考えがうまくまとまらない。

 様々な話の断片が浮かんでは消えていく。


 カーシー皇太子……。

 ランドル皇子……。

 ネイハム殿下……。

 ラティーシャ……。

 建国祭……。

 そうだ。

 あの扉。

 石が……。 

 あの扉の話。


 石が光り出したと聞いて、他の諸侯は不審な顔をしていたが、ラムズ公爵は、その有様をすんなりと思い浮かべる事が出来た。


 昔……、十何年か前、やはり大きな晩餐会があの部屋で催されたとき、……見たような気がするのだ……。

 石が光るのを……。


 ……。

 いやいや。


 公爵は頭を振ってその考えを振り払った。

 見たとしたら、なぜ自分だけなのだ。

 あそこには、他にも大勢の人がいた。


 ……そう、あの時自分は酔っていたのだ。

 他国の客人が献上した珍しい酒を呑みすぎてしまい……、朦朧としていたのだ。

 だからきっとおかしな夢を見たのだろう。


 扉の石が淡く光っていた……などと。


 そして、自分があの扉をくぐって向こう側へ行った……などと……。


 ない。

 そんな事はない。


 だいたいあんな小さな扉をどうやってくぐると言うのだ。

 やはり夢だったのだ。


 だから、もちろん扉の向こうで世にも美しい女性と出会ったなどというのは……。


 その女性、エイディーンを連れ帰り側室にしたなどというのは……。


 それは夢だ。

 おかしな話だ。


 エイディーンはあの晩餐会に来ていた他国の姫だったのだ。間違っても扉の向こうから連れてきた訳ではない。

 どこの国の姫なのか……。


 エイディーンはそれを聞くと、いつもはぐらかし、はっきり答えてくれなかったが、エイディーンもまた、公爵と一緒になることを望んでくれたのは事実だった。

 だから……。


 そこで公爵は、エイディーンが産んだ娘、フェリシアのことを思い出した。


 エイディーンを心から愛していた。


 グラディス皇帝に少し遅れて娶った妻アイラは、幼い頃から結婚相手と決まっていた。

 優しく可愛らしいアイラ。彼女のことを嫌っていたわけではない。本当に大切に思っていた。

 

 テルシェはあれの実家ダイアス伯爵家からのあまりの押しに、根負けした形で側室にした。

 

 どちらも大切な妻だったが、……だが、恋ではなかった。

 エイディーンに会ってそれがわかった。


 エイディーンが突然姿を消した時、公爵はあまりに辛く、考えるのをやめてしまった。


 フェリシアを見ると、どうしてもエイディーンを思い出してしまう。


 もしかしたら、この子を産んだ、それが原因で消えてしまったのか。


 出産が重かった。それで体を壊したのか。


 それで実家か……どこかへ消えたのか。


 フェリシアを見たくなかった。

 エイディーンのことを思い出したくなくて、フェリシアのことも考えないようにした。


 フェリシアのことはアイラに任せ、アイラが亡くなったあとは、夫人となったテルシェに任せきりだった。


 天疫痘に罹ったと聞いた時も、テルシェに費用だけ渡して任せきりにした。

 命は助かったものの、痕が残りずっと寝たきりだという。


 最後にフェリシアに会ったのはいつだっただろう。


 体が辛いからと、家族が集まるような日でも、姿を見せなかった。

 あの子は今どうしているのだろう。

 エイディーンに与えたあの緑の館。あそこにいるはず……。


 ラムズ公爵は本当に久しぶりに、館を訪れてみようかと思った。


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