フェリの誕生日 3
抱いていたチャービーを外へ出して部屋へ戻ると、薔薇の花が床に散らばっていた。カードはご丁寧に踏みつけられている。
そして、ブレスレットのケースはどこにも見当たらなかった。
まあ予想通りだった。
もう滅多に姿を見ることの無いステラだが、こうしてフェリの誕生日にはやってくる。そして、ラムズ公爵から届いたプレゼントを持ち去るのだ。
フェリは薔薇を拾い集め紐で括った。
……花瓶なんて気の利いた物もないし、乾燥させてしまおう。
ブレスレットは、別に構わない。食べられるわけじゃないし。
でも、綺麗な緑色だったな……。
フェリは小さなため息を吐いた。
フェリの住まいは、父のラムズ公爵が持っている広い館だ。緑の館、と呼ばれている……らしい。
フェリが小さい頃はたくさんの人が働いていたのだけれど、今は執事のレオンと家庭教師のステラしかいない。あとは庭師と、たまに何人かが玄関ホールと応接間の掃除に来るくらいだ。
そしてそのレオンとステラも、最近は滅多に見ない。
この館のどこかにいるのか、それとも別の場所にいるのか。フェリにはわからなかった。
たまに食べ物や薪、蝋燭を厨房に置いてくれるのはレオンだと思う。
でもそれも、裏庭のキッチンガーデンを知られてからは、持ってくる食べ物がぐっと少なくなってしまった。
ステラは時々女の人が玄関の辺りを掃除しに来るときだけ様子を見に来る。
それとフェリの誕生日。それから新年祭。その日はいつもラムズ公爵からプレゼントが届くので、それを勝手に持っていく。
フェリは会うと怖いから、気配がするとすぐに隠れてしまう。
だから一年以上二人の顔は見ていなかった。
プレゼントの他にも、館の中の物は全部、この二人か、それとも消えてしまった使用人たちか……、誰かが持って行ってしまったようだ。今は調度品などほとんど何も残っていなかった。
たまに来る公爵の使者を通す玄関ホールと客間。
そこだけは昔と変わらず立派だが、あとは今やがらんとした、埃だけが積もった部屋ばかりだった。
しかし、フェリはこの暮らしがそれほど嫌ではなかった。前の暮らしをほとんど覚えていないということもあるが、フェリの部屋には一応ベッドがあるし、厨房やフェリの部屋の暖炉で煮炊きもできる。(薪があればだが)
ついでに大きな流しを使って、井戸から汲んできた水で体も洗える。
裏庭の、多分噴水だったあたりに生えているソープワート草で作る石鹸液で洗濯もできる。
それに、部屋だけは数えきれないほどあるので、そのいくつかを使って、庭から摘んできたハーブを乾燥させていた。ほんとうはここで鶏が飼えたらな……と思っているが、少々難しい。
そして、図書室だ。
図書室の本だけは、誰も持ち出さずそのままあったので、フェリは自由に読むことが出来た。
ずいぶん前だが、読み書きを教えてくれる先生が来てくれていたので、だいたいできる。
辞書もある。
なので、別に今さらブレスレットなどどうでもいい。お腹の足しにならないし。
フェリは窓の外を眺めた。
エメラルドがなくても、外は美しい若葉が輝いている。
この館の庭はそれは広かった。
広大な牧草地の中、真っ直ぐな並木道が館の正面まで続いている。
並木道のまわりは、館に近づくにつれ、色とりどりのいくつもの庭が現れてくる。
裏庭と違って前庭は庭師が世話しているので、それは見事だった。
ちょうど二階西端のフェリの部屋からは、低い生垣に囲まれたローズガーデンが見える。
ピンク色の薔薇のアーチを潜ると、小さなガゼボを囲むように薔薇が咲きこぼれている。その香りはフェリの部屋まで昇ってくるのだった。
東の方にはキングサリの花で作られた小さな部屋のような庭もあったし、それからクレマチスのきれいな庭、アスチルベとアリウムの揺れる庭もあった。
庭はいくつもあって、それなのに庭師は一人だったから、裏庭があんなふうなのは仕方がない。でも、フェリは裏庭も前と同じか、それ以上に好きだった。
とにかく五月の庭はどこもかしこも美しく、それだけでフェリの誕生日は充分だった。
そして五月の太陽はもう随分高い所にある。そろそろ出かけないと。
フェリは外へ飛び出した。