公爵邸
今度はアビではなく、グリッグが先頭に立ってくれることとなった。青い鳥になって、フェリとランディの少し先を飛ぶ。
フェリはいつだったか、この青い鳥のあとを心臓が破れるほど追いかけた日のことを思い出した。
あれも妖精の通り道だったのだろうか。今も、あたりは静かな森としか見えないけれど……。
フェリは周りをみまわした。なんだか皇子宮へ行くときに通ったのと同じ場所な気がしたが、やがて三人(正確には鳥と猫とフェリ、あとアビ)は初めてみる邸宅の前に出た。
いきなり正面玄関の前に出たのだが、フェリは驚いて建物を見上げた。
すごい……。
フェリのいる館とは比べ物にならないほど立派な……いや、お城のようだった。
「これがフェリの父親、ラムズ公爵の邸宅だ」
「私のお父さんが住んでるの?」
「そうだけど、忙しくて滅多に帰らないようだ」
父親の顔は全く浮かばなかった。
「……じゃあ、その元側室の公爵夫人がいるの?」
グリッグは首を傾げた。
「元側室の公爵夫人は、どうかな。公爵領とここを行ったり来たりらしいからな。でも、その娘はいる」
娘……。
「……ラティーシャ」
フェリは呟いた。
こちらも正直顔もよく覚えていない。フェリより三つ四つ年上だったはず。数えるほどしか会っていないと思うが、……なんだかいつも怖かった。
ぼんやりとそんなことを思い出す。
「どれ、行くか」
グリッグが羽ばたきながら、ピクニックにでも出かけるような声で言った。
「うん」
フェリは答えてぎゅっと手を握りしめた。
「あ、フェリ」
グリッグがフェリに声をかけた。
「今、フェリの姿は誰にも見えない。でも、ぶつかったり触れたりしたら気付かれるから、気をつけろ」
「うん」
ちょっと緊張する。
しかし中に入ってみると、フェリの館とは違って、どの廊下もやたら広かった。これなら大丈だろう。誰か来たとしても余裕で避けて歩ける。フェリはほっとした。
磨き上げられた床。金の燭台、美しい絵画、目を見張るようなものばかりだ。そして、あちこちに香りのよい花が飾られている。
フェリは思わず駆け寄った。
「きれい! いい匂い……。それに、この花瓶すごい……」
「フェリ! そんなのいいから」
グリッグが声をかける。
「わあ、グリッグ、天井に絵が描いてある!」
「だから、どうでもいいから」
グリッグが呆れた声をだすが、しかしフェリは少し先に飾られている絵を見ると、また走り出した。
「見て、この子すごく可愛い。すごく昔の子供服かな、きれい……」
グリッグがフェリの髪を咥えて引っ張った。
「そんなのどうでもいいから!」
いたたた……、フェリは頭を抑えた。
「その絵のこどもみたいに、腰紐つけて引っ張るぞ!」
グリッグがそう言ったところで、すぐ先のドアが一つ開き、中から女の人たちが出てきた。グリッグはさっと天井近くに舞い上がった。
フェリは咄嗟に壁に張り付いてじっとする。
心臓の音が大きい。この音、聞こえないよね……。フェリは青ざめた。
と、一人の女の人が、声をあげた。
「あら、猫」
フェリの足元にいたランディを見つけたようだ。
「ほんと、なんて綺麗な猫なの!」
「どこから入ったのかしら」
何人かがランディの所に近づいていく。ランディは廊下を走って逃げた。
「ラ……」
声を出しかけたフェリーの耳元で、アビが
「しっ」と言った。
天井にいたグリッグが開いている窓から外へ飛んだ。
「あ、鳥もいたのね」
「きれいな鳥だったわね」
ランディを追って行った女の人が戻ってきた。
「どこかに行っちゃったわ」
「お嬢様に見つかったら、大変ね……」
「そうね……」
そこで女の人たちは急に黙り込み、それから廊下を歩いて行った。
なんとなく沈んで見えたが、気のせいだろうか。みんなどこか不安そうに、窓の外を見ていた。