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お客様 3



「それよりも」

 グリッグは続けた。


「そんな訳で、フェリシアはもうずっと何も学ぶ機会がなかったようなのです」

「ええ、ええ」

 アラベラは半ば憤りながら頷いた。

「それで、厚かましいかとは存じますが、……ストリンガー男爵夫人、もしも宜しければ時々フェリシアに色々なことを教えて頂けませんか?」

 アラベラはパッと顔を輝かせた。

「もちろんです! 私でよろしければ喜んでやらせていただきます」


 グリッグは貴公子のようににっこり微笑んだ。そして次にエドニをみると、

「エドニ様」

 と声をかけた。

「これも厚かましいお願いと承知しておりますが……。もし宜しかったら、フェリシアのお友達になって頂けたら嬉しいです」

「まあ」

 エドニはちょっと目を見開き、それから心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「嬉しいです。私の方からお願いしたいと思っていました」

「ありがとうございます」

 グリッグも笑顔を浮かべる。


 なかなかの役者だな。ランドルはそう思った。

 いつもの様子とまるきり違う。


「ここにおいでの際は、こちらから迎えの馬車をやりますので是非お願いします」

 グリッグはそう言うと、フェリシアを振り返った。

「良かったね、フェリ……。フェリ?」

 フェリシアは顔を赤くして、恥ずかしそうにうつむいていた。


「どうしたの?」

 グリッグが顔をのぞき込むと、フェリシアはうつむいたまま、小さな声で返事をした。

「だって、グリッグ、……こんな綺麗なお姫様が、……友達って……」

 そしてそっと顔を上げてエドニを見るとまたパッと顔を伏せた。


「すごく綺麗……」

 するとエドニも顔を赤くした。

「で、でもフェリシア様。フェリシア様こそ、とてもお美しいです……。ほんとにお綺麗で、驚きました」

 しかしフェリシアは、エドニの言葉は耳に入っていないのか、ひとりでもじもじしている。


 ランドルも、エドニの声はいったん耳から入って消えていき──、それからようやく形になった。


 ────美しい?


 フェリシアが?


 ランドルはエドニを見て、フェリシアを見た。

 エドニはとても美しい。濃い茶色の髪は艶やかで、紫色のリボンがよく映える。同じ紫色にレースがついたドレスも上品だ。とても洗練されている。


 エドニに比べるとフェリシアは、髪もただおろしたまま。ブラシもろくにかけず、いつもそのままそこらを走り回っている。

 ドレスこそグリッグに可愛いものを着せてもらっているが、まだ丈の短い子供のドレスだ。まあ、少年の服よりはいいが──。


 だが──。


 あらためてフェリシアを眺めてみる。


 ──よくよく見ると、フェリシアは確かに整った顔立ちをしていた。


 もしかしたら、美しい──かもしれない。いや、ひょっとしてエドニと同じくらい美しいのではないか。

 いや、これは──。



 エドニよりも可愛い。



 不意にランドルはそう気づいた。



 美しいし、可愛い──。

 

 

 それからアラベラとエドニは、グリッグが用意したお茶を飲みながら、今後の話などをして帰って行った。

 途中、アラベラは何度も憤り、フェリシアを見て涙を浮かべ、また次には泣き笑いのような顔をし、落ち着かない様子だった。エドニも一緒に涙ぐんでフェリシアの手を取ったりしていた。


 フェリシアはずっと嬉しそうだった。

 最初もじもじしていたが、途中からすっかり打ち解けたようだった。


 ランドルは、何か急に目が開かれたような気持ちでずっとフェリシアを見ていた。


 フェリシアの髪は黄金のようにきらきらしている。大きな緑色の瞳は五月の森のように輝いている。薄いピンクの唇は艶やかでまるでベリーのようだ。


 どうして今まで気づかなかったのか──。


 いつの間にかランドルは部屋の隅からフェリシアの足元まで進み、フェリシアを眺めた。エドニがそれに気付き、「まあ! なんてきれいな猫!」と声を上げた。


「ランディ」

 フェリシアがランドルを見て笑う。ランドルはいつもの事なのになぜか驚いてまた部屋の隅まで走って戻った。


 気づけば無意識に自分の手を舐めていた。まるきり猫だ。

 ──猫、だけど──。


 帰っていく二人を見送ると、フェリシアはとんできて、嬉しくてたまらない様子でランドルを抱き上げ頬ずりした。

 ランドルは慌てて身をよじって床に飛び降りた。


「ランディ!」

 フェリシアが、にこにこしたままランドルの顔がよく見えるようしゃがみ込む。

「先生が来るなんて! びっくりしたねえ。ほんとに、ほんとにびっくりしたなあ。

 さあ、今度はランディが元に戻れる石を探さなくちゃね! 私、絶対見つけて見せるから!」


 そしてちょっと顔を曇らせた。

「それにしても、ここから持っていった色んな物……売ってたなんて……」

 と呟く。


 さっきアラベラがそんな事を言ってた。

「きれいな、立派な物だから自分のところに持って行って飾るのかと思ってた……。売れるんなら、私が売りたかった……」

「え」

 ランドルは思わず声を上げた。

「売りたかった?」

「うん」

「どうして?」

「だって、そしたら鶏とか買えたかもしれないし……」


 鶏──。


「卵産むでしょ?」

 ランドルはぷっと吹き出した。

「でなきゃ牛とか……」

 ランドルはまた吹き出した。ハッと笑い声がでた。

「牛?」


 するとフェリシアは、やけに嬉しそうな顔をした。

「ランディが笑うなんて……。鶏とかどうでもいい、嬉しい」


「はいはい」

 グリッグが呆れたような顔をした。

「盗んでいった物はきっと売られてねえから。あの先生が見つけたような、小さい物くらいは売っぱらったんだろうが、貴族でもない者が、立派な美術品やらたくさん売りに来たら怪しすぎるだろ」


 グリッグは二人が帰ったら、すっかり元通りだ。服もまたいつものシャツ一枚に戻っている。

「じゃあ、どこに? 捨てられた?」

「おそらく、その公爵夫人か……」

 そこでグリッグは口を閉じた。


 つられてフェリシアもランドルも口を閉じ、耳をすませていると……。


 階段下から足音が聞こえた。


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